第4話 先読みへの推理

 「探偵の弱点」と言うべきか。彼等は基本、依頼が無ければ動かない。どんなに難しい事件が、目の前にあったとしても。彼等の仕事は、依頼者の声に委ねられているのだ。依頼者が助けを求めた時、あるいは助力を必要とした時にだけ、その力を十二分に発揮する。探偵は(全員ではないが)、主体的な仕事ではないのだ。

 

 ロードは警察の人々と打ち合わせした後も、黙って予告の日が来るのを待ちつづけた。

 

 予告の日は、朝からとても晴れていた。空には美しい青が広がり、それを妨げていた雲も、今では空の片隅にふわふわと浮いているだけだった。

 

 警官は彼の下宿屋まで馬車を走らせると、恭しくお辞儀して、馬車の中に彼を導いた。馬車の中は広く、二人が話すには十分な広さがあった。

 

 警官は馭者の男に「頼む」と言い、その馬車を走らせてからすぐ、正面の彼に向き直った。


「とうとう来てしまったね?」


「はい」


「緊張していますか?」


「いえ。彼女は、絶対に捕まえるべき犯罪者ですから。犯罪者が目の前にいる以上、緊張している暇はありません」


「そうですか」


 警官は、窓の外に目をやった。


「ロード君」


「はい?」


 警官の顔が強ばった。


「これは……その、私の不安でしかないけれど。本当にコレで良かったのですか?」


「警官の人数を減らす事が?」


「はい。警官の人数を減らせば、それだけ警備の方も手薄になってしまいます。少数の人間に出来る事は限られている。僕は、君のアイディアが」


「不安なのは分かります。警備の基本は、その守りを徹底する事ですから。守りが薄くなれば、その分だけ屋敷に入り込める可能性も高くなる。オレなら、このチャンスを絶対に逃さないでしょう」


「なら? どうして?」


 ロードは、わざと前のめりになった。


「それが快盗少女の手口だからです。どう言う仕掛けかは分かりませんが、彼女は特定の他人に完璧になりきる事ができる。まるで……そう、変身みたいに。彼女はきっと、『警官』に扮してオルガさんの屋敷に入り込む筈です」


「なっ!」


「そして、屋敷の中に入り込んだ後は……『快盗少女』と言うくらいですからね。おそらく、屋敷のメイドに辺りに化けるつもりなんでしょう。メイドに化ければ、誰にも怪しまれませんからね。きっと、屋敷にいる全員の情報を入手しているのでしょう。それこそ、一番の下っ端からオルガさん本人まで。それなら」


「誰にでも変装……いや、変身できますね」


「彼女は、盗みのプロです。盗みに必要なのは、綿密な計画と確かな情報ですから。彼女にはきっと、優秀な助手または相棒がいるのでしょう。その助手が情報を集めて、彼女の事をバックアップしているに違いない。今までの事件を振り返る限りはね」


「それなら」と、警官の顔が青ざめた。「今回の事も、彼等にバレているかも知れません」


 ロードは、その不安に目を細めた。


「それはたぶん、大丈夫だと思いますよ」


「え?」


「快盗少女は確かにプロですが、その手口は意外とシンプルです。警察の誰かに変身して、標的の建物に侵入し、バレそうになったら、目の前の相手を気絶させる。計画自体は綿密かも知れませんが、やっている事はそこら辺の泥棒と変わりありません。彼女は、盗みに必要な情報は得ている。でも、警察側の動きについては調べてない。彼女が助手または相棒に頼んでいるのは、警備の主な情報と」


「標的の関係者だけ?」


「そう言う事です。彼女は……どう言う力かは分かりませんが、普通の人間とは少し違う力を持っている。どんな障害も乗り越えてしまう力を。彼女は、自分の力を過信している」


「『だから、今回の策にも気づいていない』と?」


「もし、気づいていたら」


 ロードは、馬車の背もたれに寄り掛かった。


「真っ先にオレが潰されています。仕事を妨げる妨害者として。妨害者の出現は、彼女にとって一番の問題だと思いますから。そのままにして置くわけがない」


「な、なるほど。快盗少女がもし、プロの盗み屋なら……。あなたの事は、いの一番に始末する筈でからね」


「実際、殺される事はないでしょうけど。何らかの方法を使って、その動きを封じる事くらいはする筈です。自宅の寝室に閉じ込めてしまうとか。あるいは」


 の続きは聞けなかったが、警官には何となく察せられた。


「隠し場所は、バレないでしょうか?」


 を聞いて、ロードの眼が鋭くなった。


「ええ、たぶん。仮にバレたとしても」


「バレたとしても?」


「返り討ちに遭う筈ですから」


 警官は、彼の言葉にブルッとした。


「君は」


「はい?」


「その、恐ろしい子だね。僕が君くらいの時は、ただの洟垂れ小僧だったのに」


 ロードは彼の言葉に首を振り、手の方も「違います」と扇いだ。


「オレは、普通の子供ですよ。探偵の仕事をしているだけで」


 二人は互いの顔を見合ったが、やがてその視線を逸らし合った。


 警官は「アッ」と笑って、外の景色を指差した。


「ロード君」


「はい?」


「見えて来ました。アレがハヌマン氏の屋敷です」


 ロードは、彼の指差す建物に目をやった。


 馬車が屋敷の前で止まった。屋敷の前には、数人の警官が立っていた。

 

 二人は馬車の中から降りると、それらの警官に挨拶して、彼等が本物の警官かを確かめた。


 彼等は、本物の警官だった。

 

 ロードはその事実に微笑み、隣の警官に目配せして、その場から歩き出した。

 

 警官は、屋敷の応接間まで彼を案内した。

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