第3話 快盗の先読みと計画

 怪盗の仕事は、盗みを働く前から始まっている。標的となる場所の下調べから始まって、そこの警備が一体どう言ったモノになるのか。様々な情報から推察し、そして、考察するのだ。今回の場合も、情報屋から得た情報を元にして、綿密な計画が立てられた。


「警備の責任者は……なるほど、クリス警部ね。ブルーホワイトの時には」


「まんまとやられたけどね、あなたに」


「フフフ。クリス警部は確かに優秀だけど、専門はやっぱり殺人事件だからね。殺人と窃盗では、事件の種類が違う。それこそ……まあ、良いか。クリス警部はたぶん、屋敷のあらゆる所に警官を立たせる筈。あくまで基本に忠実に、ね。それが向こうの最善策だから。それ以外の方法はない。警部は、その最善策を取った後」


「あなたを追い込めるわけね?」


「そう。例によって、偽物を用意してね。ブルーホワイト時と……厳密には、教皇庁の警官達が使っていた方法の合わせ技だけどね。偽物を使って、私の事を誘き寄せる。まるで本物を守るように、その場所まで私を誘導するんだ。警官達は、その場所に私を誘導すると」


「『パクッ』と、食べちゃうわけね?」


「攻められる側がやれるのは、侵入者に罠を張る事だけ。『防衛戦』の主目的は、自分の場所、財産を守る事だから。どうしても、防戦一方になってしまう。守る側が、攻め手に回る事はできないんだよ」


「確かに。その意味では、あなたは圧倒的に有利ね。科学の加護もあるし」


「特殊道具は、所謂切り札だよ。基本は……って、結構使っているか。変装では体型は変えられないけど、変身ならどんな姿にもなれるからね。絶対にバレない」


「仮にバレかけたとしても、相手を気絶させれば良いし」


「そう言う事。普通の犯罪者は、そこで相手を殺しちゃうけどね。私は、そんな事はしない。殺しは、最低の犯罪だから。何の浪漫も、美学もない。窃盗は犯罪の中で唯一……詐欺もある意味では同じだけと、相手の命を奪わない犯罪だからね。殺人とは、天と地ほどの差がある。私は、窃盗に美学を感じるよ」


「あたしもね、人殺しよりは泥棒の方がマシかな? 泥棒には、一種の浪漫があるからね。事件の謎を暴くだけの探偵とは、やっぱり違うよ」


 二人は、互いの考えに「うん、うん」とうなずいた。


「楽しみね」と、ロナティは微笑んだ。


「うん」と、ティアナもうなずいた。「本当に楽しみ」


 ティアナは楽しげな顔で、カップのお茶を啜った。


「今回の獲物を盗れば、世の中はまた元気になる。相手は何たって、帝国でも指折りの金持ちだからね。彼に不満を抱いている人も多い。今回の仕事も」


「絶対に上手く行くわ。あなたは、あの快盗少女なんだもの。快盗少女に不可能は無い」


「えへへ、ありがとう。でもね」


「ん?」


「私の仕事が上手く行くのは、ロナティのお陰でもあるんだよ?」


「あたしの?」


「ええ」


 ティアナは、テーブルの上にカップを置いた。


「ロナティが情報を集めてくれるから、私も仕事をやり切れる。情報は、どんな仕事にも必要だからね。情報を疎かにした仕事は、絶対に失敗する」


「ティアナ……」


 少女の瞳が一瞬、潤んだ。


「ありがとう」


「うんう」


 二人は、何処か照れ臭そうに笑い合った。


「さて」


「うん?」


「警備の中身も大方予想したし、次は」


「ええ、仕事の計画を立てましょう」


「最初は、いつも通り」


 からの声は、小さくて上手く聴き取れなかった。


「まあ、それが一番無難ね。下手に屋敷の関係者に変身したら」


「うん。バレはしないと思うけど、その分動きづらくなるからね。被害者側の人間に変身するのは、色々とリスクがあるから。警官に化けるのが一番安心。それから屋敷に務める……まあ、メイドさん辺りかな? その辺に化ければ、まずバレる事はない」


「メイドに化けた後は?」


「もちろん、お宝のある場所に行くよ? 屋敷の人から情報を集めてね。それを頂いたら、部屋の中に置き手紙を残す。有りっ丈の皮肉を込めてね。相手は、薬を密売している犯罪者だから。変な同情は要らない。薬の密売は、窃盗よりもずっと重い罪だからね」


「確かに。その所為で、人生を狂わされた人はいっぱいからね。薬は、人生を不幸にする。あたしは……調子が悪い時は別だけど、どんなに辛くても風邪薬しか飲まないわ」


「注射とかは、痛いからね」


 二人は、互いの言葉に笑い合った。


「今回も、絶対に上手く行く」


「あたしも、そう思うわ」


 ロナティは、自分のお茶を啜った。


「成功したらどうするの?」


「うーん、そうだね。博物館はまだ、修復中だし。お面を飾る趣味もないから、美術館とかに寄贈するかな? もちろん、匿名でね。その方がロナティも良いでしょう?」


「まあね。やっぱり、曰く付きのお宝は怖いし。元々は、寄贈される予定の物だったからね。下手に自分で持っているよりは、安心でしょう」


 ティアナは椅子の上から立ち上がり、窓の前まで足を進めた。


「曇り、か。予告の当日は、晴れると良いね」


「そうね。曇りの日は、どうしても憂鬱だから」


 ロナティは自分のお茶を飲み干すと、椅子の上から立ち上がって、彼女の隣にそっと立った。


「きっと晴れるわよ」


「うん」


 ティアナは彼女の顔に目をやり、ロナティも彼女の目に視線を移した。


 二人は無言で、互いの顔をしばらく見合った。

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