第2話 探偵への依頼

 探偵が警察と違うのは、依頼人に善悪を求めない事だ。依頼人がどんなに悪い人間であろうと、そこに正当な理由があるのなら、探偵は(人にも寄るが)喜んでその依頼を受ける。彼等にもやはり、生活があるのだ。「善」と「悪」ばかりを考えていては、この業界では生きて行けない。


 オルガ・ハヌマン氏(五十代の後半くらい)がロードの探偵事務所を訪れたのは、午後の三時過ぎだった。


 ロードは、テーブルの上に二人分のお茶を運ぶと、依頼者の正面に座って、少年らしい温かな笑みを浮かべた。


「新聞、拝見しました」と言って、朝刊の記事を指差す。「予告状が届いたんですね? 快盗少女から」


「ああ」


 オルガ氏も、朝刊の記事に目をやった。


「忌々しいコソ泥からな。屋敷の者も驚いていたよ。消印も何も押されていない手紙が、郵便受けの中に入っていたんだからな。驚くのも無理はない。私は、手紙の封を切ると」


「その内容を読んだんですね? 手紙の内容は、あなたのお宝を盗みに行く」


「チッ」と、オルガ氏の舌打ち。「ご親切にも、日時まで書きやがって」


「それが快盗少女ですから」


 ロードは椅子の上から立ち上がり、書斎の棚から「それ」に関する資料を持ってくると、テーブルの上に資料を置いて、その頁をペラペラと捲った。


「彼女の事は、ずっと前から調べていました。神出鬼没の大怪盗。彼女の狙った獲

物は、ほぼ100%盗まれてしまう。オレもいつかは」


「ロード君」


 オルガ氏は鋭い眼で、探偵の顔を見つめた。


「彼女の事、絶対に捕まえて欲しい。あの仮面は……たとえ模造品だとしても、私にとっては大事な宝なんだ」


 ロードは「模造品」の部分に目を細めたが、表情の方はあくまで真顔だった。


「分かりました。今回の依頼、受けさせて頂きます」


「本当か!」と、オルガの顔が輝いた。「うううっ」


 彼は祈るように両手を組むと、嬉しそう顔で何度もうなずいた。


「ありがとう、ありがとう」


 ロードは、彼の言葉に目を細めた。


「警察にはもう、この事をお話ししましたよね?」


「もちろん! 彼等は、捜査のプロだからな。一番にお願いしたよ!」


「そうですか。それは、良い判断です。警備の責任者は?」


「確か、クリス警部とか言う男だ」


「その人は、オレの知り合いです。クリス警部は、優秀な方ですよ」


「そうか。うん、それなら安心だな」


 二人は、互いの目を見合った。


「オルガさん」


「ん?」


「警備はおそらく、かなり厳重になる筈です。それこそ、蟻の這い出る隙もない程に。警察は、あらゆる場所に警官達を立たせるでしょう。ですが」


「ん?」


「その方法では、快盗少女を捕まえる事はできない。彼女は、本物の怪盗ですからね。屋敷の警備を厳重にしたくらいでは、すぐに突破されてしまう。お宝を盗まれないためには」


「ためには?」


「オルガさん」


 ロードは、彼の耳元にそっと囁いた。


「これから言う事をやってくれませんか?」


 オルガは彼の話を聞き、そして、「それは」と驚いた。


「そんな方法で大丈夫なのかね?」


「『はい!』とは言えませんが、一時的には彼女の犯行を防げます」


「うーん」と、悩むオルガ氏。「しかし」


「オルガさん」


「ん?」


「今回の依頼で最も大事な事は、あなたのお宝が奪われない事です。快盗少女を捕まえるのは、二の次に。あなたのお宝さえ守れば」


「彼女の事を捕まえられるのか?」


「おそらく。オレも自信は、ありませんが。その正体を暴く事くらいは、できるでしょう」


「そうか」


 オルガ氏は、テーブルの上に目を落とした。


「それじゃ、君のアイディアに従おう」


「ありがとうございます。オレも、できる限り注意するので」


「ああ。私も、細心の注意を払うよ」


 二人は真剣な顔で、互いの目を見合った。


 オルガは、椅子の上から立ち上がった。


「それでは、失礼するよ」


「はい、お気を付けて」


 ロードは下宿屋の玄関まで彼を送り、その背中が見えなくなった所で、自分の探偵事務所に戻り、先程の椅子に腰掛けて、資料の中から予告状を取り出し、その内容をじっと読みはじめた。



「親愛なるオルガ・ハヌマン様。来たる〇月△日。あなたの仮面を頂きに参上します。あなたの眠りを壊さぬうちに、なんて。そのお宝は、貴方には勿体ない。歴史的価値から鑑みても、貴方が持つには相応しくないのです。だから、それを奪いに行く。その仮面は、然るべき所に納めるべきなのです。

                                快盗少女X」


 を読んで、ロードの眼が鋭くなった。

 

 ロードは予告状の文章、特に「歴史的価値」や「然るべき所に」の部分に目を細めた。


「彼の持っているお宝は」


 おそらく、本物であろう。本人は、「模造品だ」と言っていたが。怪盗少女が、わざわざ模造品を盗む筈がない。彼女は……今までの資料が正しければ、本物を観る目には優れているはずだ。今まで盗んできた物を見てきても。オルガ氏は何らかの手を使って、本物の仮面を手に入れたのだ。それも、世間には知られてはいけない方法で。アウグストゥスの仮面は……。


「それ自体が盗品だから」


 ロードは事務所の中から出ると、その足で、町の警察署に向かった。

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