アウグストゥスの仮面
読み方は自由
第1話 アウグストゥスの仮面
近代国家が成立して尚、人間の生活は「犯罪」に満ちていた。街の真ん中でスリに勤しむ男を見ても分かるように。近代国家の世界には、犯罪は切っても切れない存在になっていた。
朝刊の見出しに眉を潜めたティアナは、不機嫌な顔でテーブルの上に「それ」を放ると、正面のロナティに向かって何度も溜め息をついた。
「はぁ」
ロナティは、カップのお茶を啜った。
「どうしたの?」
「これ」と、朝刊の記事を指差すティアナ。「ここの記事」
彼女が指差す記事を見たロナティは、その内容を見て、「なるほどね」と笑った。
「また、解決したんだ」
彼女が見つめる先には、ロードの活躍を書いた記事が載っていた。
「そう、周りの人がとっくに諦めた事件を。彼は、本物の探偵だね」
ロナティは、テーブルの上にカップを戻した。
「やっぱり気になる?」
「え? うん、まあ。歳も私と同じだし。やっている事は、正反対だけど」
ティアナは朝刊の記事をしばらく見つめたが、すぐに視線を逸らして、自分のカップに手を伸ばし、その中身を一気に飲み干した。
「いつかは、戦わなきゃならないのかな?」
「多分ね」と、ロナティは感慨深げに言った。「あなたが快盗である以上、探偵とぶつかるのは」
「ある意味では、必定?」
ティアナは、テーブルの上に目を落とした。テーブルの上には、今日の朝食が乗っている。
「まあ」と、ロナティは笑った。「そう言う可能性があるにしても」
「ん?」
「あなたは、快盗少女を辞めないでしょう?」
「ロナティが情報屋を辞めないようにね」
二人は互いの顔をしばらく見合ったが、やがて「フフフ」と笑いはじめた。
「朝ご飯を食べ終わってからでいいんだけど」
「ん?」と驚くロナティだったが、すぐに彼女の意図を察した。「また、獲物を見つけたのね?」
「うん」
ティアナは、楽しそうに笑った。
「今度の獲物は、ちょっとユニークだよ?」
今日の朝食を食べ終えると、二人はまたテーブルの椅子に座った。
「それで、獲物の情報は?」
ティアナは、相棒の質問に目を細めた。
「アウグストゥスの仮面」
の名前を聞いた瞬間、ロナティの顔が青ざめた。
「アウグストゥスの仮面って!」
「そう、あの」
呪われた仮面だ。アウグストゥスの仮面が発掘されたのは、今から丁度100年前。今は植民地になっている某国の遺跡後で、当時考古学者だった男が王家の墓から発見したのだ。仮面は金の素材で出来ており、仮面の表面には王の顔を模した装飾が施されていた。男は母国にその仮面を持ち帰り……当初は研究の後に国の博物館に寄贈される予定だったが、何者かに盗まれ、今でもその消息は不明になっている。
「そんなお宝を盗むなんて」
ロナティは前のめりになり、それから声を潜めた。
「本物なの?」
相手の答えは、「もちろん」だった。
「私の調べた限りではね。あの仮面は、間違いなく本物だよ」
言葉もないまま、椅子の背もたれに寄り掛かるロナティ。その表情には……驚きとは行かないが、困惑の色が浮かんでいた。
「仮にそれを盗めたとして」
数秒の間。
「呪われない?」
「ふぇ?」と、間抜けな声が出たティアナ。「呪われる?」
「そう! だって……曰く付きの仮面なんでしょう? それを発掘した人達が……教授は無事だったらしいけど、他の調査員は全滅してしまったって。そんな物を盗み出したら」
「大丈夫。そんなモノは、迷信だから。発掘に関わった調査員が死んだのも、現地の蚊に刺されたのが原因だし。蚊は、色んな病気を運んでくるからね」
「う、うん。でも」
「ロナティさん」
ティアナは、得意げに笑った。
「今は、科学の時代だよ? 私の特殊道具を見ても分かるように」
「うぅううう」
ロナティは彼女の笑顔を見た後も、何処か納得しない顔で、カップの取っ手に手を触れた。
「わ、分かったわ。今回も協力する」
「えへへ、ありがとう。今回は、割と近場だから」
「近場?」
の質問に対して、ティアナは街の地図を広げた。
「ほら、ここ。ここの角にある屋敷」
「そこって、ハヌマン家の屋敷じゃない?」
「そう。ハヌマン家は」
帝国でも指折りの大貴族だ。現当主であるオルガ・ハヌマンは、議会の立憲派(貴族だけで構成されている政党)として精力的に活動していた。だが……。
「どんなに輝かしい人材にも、何処かしらには闇がある。彼の場合は、麻薬の密売ね」
「薬の密売!」
「そう。帝国では使用はもちろん、その輸入すらも禁止されている。彼はその薬を密輸して、多額の利益を得ているの」
を聞いて、ロナティの表情が変わった。
「ねぇ、ティアナ」
「ん?」
「私は、あなたの相棒だけど。今回の仕事は、やっぱり止めた方が良いんじゃないかしら?」
「どうして?」
「うっ」と、ロナティは言い淀んだ。「今回の仕事は、危険すぎる。そんな危ない事に手を出している人なんて」
「だからこそ、だよ。彼から仮面を奪えば、それだけで世の中が元気になる」
ロナティは尚も反論しようしたが、彼女の真っ直ぐな目を見て、結局は「分かったわ」とうなずいてしまった。「それで、何を調べて欲しいの?」
「とりあえずは、屋敷の関係者全員かな?」
「とりあえず、って。うん、分かった。任せて」
「ありがとう。お宝の隠し場所は、私が探すからさ」
二人は「うん」とうなずき合い、そしてすぐ、それぞれがやる事をやりはじめた。
ティアナは、後日出す予定の予告状を書きはじめた。
「親愛なるオルガ・ハヌマン様。来たる(ここは、まだ空白だ)。あなたの仮面を頂きに参上します。あなたの眠りを壊さぬうちに、なんて。そのお宝は、貴方には勿体ない。歴史的価値から鑑みても、貴方が持つには相応しくないのです。だから、それを奪いに行く。その仮面は、然るべき所に納めるべきなのです。
快盗少女X」
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