どこまでも分解されたその先で

ちびまるフォイ

なにもないを分解する

朝起きると手のひらにスーパーボールがくっついていた。


「……昨日、寝ぼけて掴んだのかな」


スーパーボールを投げると壁に跳ね返った玉は

吸い寄せられるようにまた手のひらに戻ってきた。


玉がぶつかった壁は部分的に分解されて穴が空いた。


「な、なんだこれ!?」


思わずスーパーボールから手を離すと床に落ちたスーパーボールは

床に大きな穴を空けたあと、手元に戻ってくる。


どんなに捨てようとしても手元に戻ってきてしまう。


それより問題なのは……。


「この穴……どうなってるんだ」


新築でコンクリートの壁をスーパーボールがぶつかったことで分解された。

運悪く大黒柱に直撃していたらどうなっていたか。


このスーパーボールはぶつかったあらゆるものを分解してしまうらしい。


「でも俺は分解されないんだよな……」


手のひらにくっついているスーパーボールを見ながらため息をついた。

離そうとしても磁石のように吸い付き戻ってくるので諦めた。


スーパーボールがぶつからないように手袋をして学校にいくと

よかれと思ったことが裏目に出てしまった。


「お前、なに軍手して学校来てるんだよ?」


「いやこれは……」


「あーー! 知ってるぜ。お前中二病だろ」

「え?」


「手袋とかして右手がうずくっ……! とか言ってんだろ?

 おいおい、まさか現実にいるとは思わなかったなぁ。

 ほら、龍を封じ込めた右手を見せてみろよ」


「やめっ……!」


手袋を取られると、スーパーボールがくっついたままの手が出てきた。

クラスはますます大爆笑の渦に飲まれる。


「あっはははは! なに? 接着剤でくっついちゃったのか?」


「ほ、ほっといてくれ」


「取ってやるよ」


「おいバカさわるな!」


俺の手からスーパーボールが離された。

けれど、男は分解されない。


「よ、よかった。人間は分解されないのか……」


「何いってんだ? ほらいくぞーー」

「おい投げるな!」


男はスーパーボールを教室の壁に向かって投げた。

壊す勢いで投げたのかスーパーボールは教室の四方へ跳ね返って飛んでいく。


ぶつかった部分の壁を分解しながら。


「ど、どうなってやがる!?」


「はやく戻ってこい!」


勢いのついたスーパーボールは手元にまだ戻ってこない。

壁に反射して生徒に当たると、ぶつかった生徒の腹部を分解してしまった。


「人間の体は分解しないんじゃなかったのか!?」


教室は一瞬にして悲鳴に包まれた。

跳弾を繰り返すスーパーボールにあたった人間は分解されていく。


「おいなにやってる!?」


駆けつけた先生の目には恐怖の光景だった。


教室の壁はところどころに大きな風穴が空けられ、

部屋の隅ではおびえた生徒が身を縮こまらせ、床には分解された生徒の残骸が転がる。


勢いを失ったボールは俺の手元にやっと吸い付き戻った。


「お前のしわざなのか……!?」


「違っ……これは……」


「お前いったい何をしたんだ!」


ボールを奪われればまた同じことになると思い必死に逃げた。

これを手放せば何かが分解されてしまう。


動いていないボールに触れていれば問題ないが、

反射したボールにあたってしまえば人間も分解されてしまう。


「このっ! このっ! 壊れろ!!」


ホームセンターで買ったトンカチでボールを叩き割ろうとしたが効果はない。

薬品につけてみたりしてもだめ。


ガムテープで固定して手から離してもしばらくするとテープを分解して手元に戻る。


「どうすりゃいいんだよ……」


あらゆるものを分解してしまうボールを手元に持ちながら日常生活なんて送れない。

いっそ、悪事にでも使ってやろうか。刑務所に入ったって牢屋を分解すればそれまでだ。


できもしないことを考えながらふとテレビを付ける。


『宇宙ステーションにいる、〇〇さんに向けて地球からの贈り物が届きました。

 インスタントラーメンに喜んでいました』


「こ、これだ!!」


漫画でどうしても倒せない敵を宇宙にすっ飛ばしたのを見たことがある。

同じようにこのボールも宇宙に投げてしまえばいい。


俺は宇宙センターに連絡を取った。


「というわけで、どうしても宇宙空間に捨てたいものがあるんです!!」


「あのね、うちは産業廃棄物の業者じゃないんだよ。

 これ以上宇宙デブリを増やしてどうするんだい」


「でもこんなボールが地球にあったら危険なんです!」


「それこそ、宇宙に運ぶ途中で壁に穴でも空いたらどうするんだ。

 そんな危険なボールを宇宙に持ち込むわけにいかないだろう」


「そんな……」


「ただ」

「え?」


「宇宙に持ち込んで捨てることはできないが、

 地球から宇宙に向けて飛ばすことは可能だ」


「その方法、教えて下さい!!」


数日後、俺は飛行機に乗って空へと飛んでいた。


機内には高速で玉を射出できるピッチングマシーンのようなものが控えている。


「いいか、窓を開けるのは一瞬だ。その一瞬でそのボールを大気圏外にふっとばす。

 一度宇宙空間に出てしまえばもう戻ってくることはできないだろう」


「がんばります……!」


目標地点まで上昇すると、勢いよく窓が開けられた。


「いまだ!」

「いっけぇぇ!!」


手にひっついたボールを機械に投入すると、空に向かって発射した。

まっすぐ青い空へと飛んでいくボールはすぐに見えなくなった。


「や、やった……! やったぁ! ついにボールを離すことができた!!」


「おめでとう。あの勢いなら確実に重力の外へと出るだろう」


ボールが手放された手で握手をした。

そのとき、パイロットが上ずった声で空を指差した。


「お、おい!! あれ!! 窓の外を見ろ!」





見えたのは飛んでいったボールが空を分解し、空間に穴が空いたこと。




混沌の空間から得体のしれない生物が湧き出てきたのは見ないふりをした。

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