異世界転生って言うけどさ、その転生したお前って本当に「お前」なのか?
くりすとふぁー
第1話自分さえ良ければそれでいいらしい
異世界転生において能力を得ることは必須条件である。現実世界で価値を持たない人間が自分の価値が認められる世界を望むことで生まれたものが「異世界」だ。しかし価値のない、現実世界の自分のまま異世界に転生しても活躍できず、価値を認められない。何かしらの能力を得て価値を持たなければならない。そして現実でのコンプレックが大きいほど自分が自分のまま世界に対して価値を持つイメージが出来ないため、能力は高くなり、自分自身と乖離していく。僕の場合は「別人」になっていた。
目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。
ホテルのような部屋で、心地の良いベッドに僕は横たわっていた。起き上がり、部屋を見ようと試みると違和感を感じた。
体が軽すぎる。頭も今までが異常だったかのように感じるほどクリアだ。
部屋を調べているとドアをノックする音が聞こえた。
「クリス様、食事の用意ができました」
クリス様?
僕は日本人だし、様なんて呼ばれる身分でもない。別人と勘違いされているのか。あるいは僕だけでなくこの部屋に「クリス様」がいるのか。思考を巡らせていたため反射的かつ適当に「今行きます」と返答してしまった。
その後部屋を探したが人は見当たらなかった。どうやら僕がクリスと勘違いされているらしい。留まっていても仕様がないため僕は部屋を出て食事場に向かった。
「おはようございます。お兄様」
明らかに僕に向けた一声だった。そこには超絶美少女が立っていた。先端がパーマ掛かった白髪ロング。大きな赤い瞳。気品とあどけなさを両立した顔立ちで年齢は13〜15くらいだろうか。
そしてこの一声で僕は悟った。自分の体の違和感、声の違和感から薄々考えてはいたが僕はどうやら別人になってしまったらしい。クリスという男の妹であろうこの少女が僕に向かってお兄様と言っていることからそれが確証に変わった。
「お、おはよう」
その少女を追いかけつつ僕は考えた。僕がこの人らに自分がクリスではないと言ったところで、まず信じてくれるとは考えにくいし、仮に信じてくれたとして、僕の立場が悪くなるだけだ。行動を起こすにしても状況を確認してからでも遅く無い。
だから僕はクリスになりきることにした。
食卓に朝飯としては豪勢な食事が並んでいた。少女に倣い席に着き、周囲を見渡した。
食事場にはメイドさんが一人、妹と広さに対し寂しい印象を持った。
「いただきます、ミツェルさん」
「いただきます」
メイドの名はミツェルと言うらしい。
妹と同様超絶美少女で茶色がかった黒髪、翠色の瞳、妹と比べ少し大人びた顔付きをしていた。
超絶美少女メイドが作ったであろう朝食は美味しく、いい感じに腹の空いたこの健康体に溶け込んでいった。どうやらこのクリスとか言う男は可愛い妹と可愛いメイドさんに囲まれ、優雅な暮らしをしている勝ち組の中の勝ち組らしい。
「そういえばお兄様、寝間着のままで食事なんて珍しいですね」
「あ、あれ本当だ。寝ぼけてるのかな」
「早く支度をしないと、学校置いてっ行っちゃいますよ?」
学校?
言われてみると妹は制服っぽい格好だ。クリスの部屋にもそれらしい服があったような。
どうやらクリスは学生らしい。しかもいつも妹と一緒に登校しているらしい。
「坊っちゃま大丈夫ですか?お召し物の着替えを私がお手伝い致しましょうか?」
ミツェルさんがいたずらっぽい笑みで僕をからかって(?)きた。
「あ、あはは」
クリスという人物がつかめてきた。妹、メイドとの距離感
は近く、それなりに隙があり親しみやすい性格らしい。クールだったり隙が無かったりする人間だったら僕は演じきれないので一つ安心した。
「ご、ご馳走さま。美味しかったよミツェルさん」
急いで食事を終え自室(仮)に戻った。妹の制服と似た柄の制服らしき服を身につけ、スクールバッグらしきものの中を物色した。学生であるなら身元を表す学生証があると踏み、クリスという人物を特定しようとした。手帳のようなものの中にそれらしき紙を発見した。紙には見たことのない文字が記されてあったが何故か読むことができた。
名前クリストファー・グランデ
歴331年5月25日生
キリシア国立学校高等部
先進魔術学科
346年入学
と書かれている。
「魔術」というワード、なぜか読める見知らぬ文字、西洋風で典型的な世界観。僕はここが異世界だと気づいた。
カバンの中には筆記用具と魔法書らしき本が詰まっている。おそらくこれがスクールバッグだろう。僕は魔法使いになったのか、魔法を使えるのだろうか。もっと本や部屋の中を調べたかったが身支度をしなければならない。
バッグを持ち、先程食事場に行く途中発見した洗面所らしき所に急いで向かった。
そしてついに鏡でこの男の姿を見た。
高身長痩せ型で筋肉質の超絶イケメンがそこには立っていた。この人間、あまりにも恵まれすぎている。「僕」とはあまりにかけ離れている人種だ。
支度を済ませ1階の玄関に向かうと妹が待っていた。
「行きましょうお兄様」
笑顔で妹が僕を呼びかけ、ドアを開いた。
登校中、親しげに妹が話かけてくれた。話題は学校のことが多く。この世界を知る取っ掛かりになった。妹が通っているのは中等部で剣術、弓術、医術、魔術、生物学など幅広く学んでいるらしい。クリスは高等部の先進魔術学科らしいので中等部では総合的に学び、高等部から専門的に学ぶという感じだろうか。僕は中でも現実世界に存在せず異世界感の強い魔術について聞いてみることにした。
「今授業では何の魔術を習ってるんだい?」
「今は「土」属性魔術を習っています。お兄様に比べれば
拙いかもしれませんが、習ったものは一通り使えるようになりましたよ」
そう言うと妹はバッグから棒のようなもの(杖?)を取り出し、詠唱した。すると道端で萎れていた花がみるみるうちに生気を取り戻していった。
「お花さん元気になりましたね♪」
そう言って妹は微笑んだ。
この娘は見た目だけでなく性格も天使らしい。
効果自体は可愛らしいものだったが、魔術は実在した。杖と詠唱がトリガーになるらしい。「土」属性ということは四(五)大属性それぞれの属性の魔術があるのだろうか。また、妹の行動から魔術は生活の身近で使われることがわかった。
「すごいじゃないか」
僕は妹の頭を撫でた。髪はサラサラでよい触り心地だ。
「恥ずかしいです。お兄様」
妹ははにかんだ様子で答えた。
「お兄様、今日ちょっと様子がおかしくありませんか?」
調子に乗ってしまった。この行動はクリス君的にはNGらしい。
「そ、そんなことないよ」
そうこうしている内に学校に着いた。徒歩10分くらいの距離だった。
「それではお兄様、また後で」
妹はそう言い、門を入って右側の校舎に向かった。
困った。別れを告げたと言うことは高等部は別の校舎なのだろう。校内は広く校舎が複数棟建っている。先進魔術学科はどの校舎なのだろうか。
「そういえば手帳に地図があったような」
生徒手帳を取り出し、地図を見た。妹が門に向かってすぐ右側の校舎に向かっていったので僕の入った門は中等棟近くの東門。とすると魔術棟は、、。
異世界でも見知らぬ学校でも文字さえ読めればなんとかなるもんだ。先進魔術学科の教室に到着した。部屋に入ると後ろから声をかけられた。
「おはようクリス君。今日はギリギリだね」
またもや超絶美少女に話しかけられた。髪色は淡く赤みがかっていて、ツインテール。透き通った水色の瞳。妹ほど幼くはないが可愛らしい顔つきをしている。
この世界には美男美女しかいないのだろうか?
「あっ、おはようございます」
陰キャラ特有の返答をしつつ、教室を見渡した。席は20席くらいで8割方席が埋まっていた。空いている席は窓際最後尾、その隣、黒板最前列中央、廊下側2列目の4択だった。戸惑っていると話しかけてきた少女は窓際最後尾の隣の席に座った。となると、僕の席は、、
窓際最後尾に座った。主人公席かつ、話しかけて来た→ある程度親しい人が隣である席。恐る恐る座ったが特に誰も気にしない、正解だった。思えば、ここまで他人のふりをし、その人間の居場所を辿るというのは結構な運が必要なはずだ。このクリスという男は紛れもなく「持っている」人間だろう。
その後授業が3時間程度行われた。最初こそ内容についていけなかったが、この体の脳の記憶力、集中力、理解力が優れているからなのか1時間も経つ頃には授業内容を理解することが出来た。
授業内容は魔術式、詠唱式の使用方法が主だった。
魔法書(教科書)によると魔術の基本ルールは
・魔術は魔道具と詠唱によって発動する
・魔道具は魔術式が組み込まれたもの
・魔道具に詠唱式を唱えることで使用者の魔力を消耗しその詠唱式に対応する魔術が発動する
・詠唱式を変えることで魔術の強弱や軌道を変えられる
・高度な魔術は使用者に適したパラメータを魔術式に設定する必要がある
・また使用者の素質により複雑であったり、高出力な魔術式が発動しないことがある
魔術を極めるには素質、勉強の両方必要らしい。
先進魔術学科に通っているということは、クリス君はもちろん、少なからずここの生徒には魔術の素質があるということだろう。
異世界も現実世界と変わらない。能力の高い「持ってる」人間は要領よく凡人が苦労してなすことを容易くこなす。そしてそれに伴った環境が用意されて、できる奴は更にできるようになる。人としての差が開いていく。
ある程度魔術について掴めると、目新しさ、ロマンもあって授業を楽しく聞けた。能力の高い人間になるとモチベーションも高くなっていく。
授業3限が終わると生徒が荷物を持って退出していった。時計は13:00頃を指していて高校の下校時間としては早い。
「ねえ、ご飯食べに行こ!」
例の隣の女子に話しかけられた。
相当仲がいいらしい。
「あっ、はい!」
「どうしたの?今日ちょっとおかしくない?」
怪しまれた。体が陽キャでも中身が陰キャなので挙動が変わってるんだろうなぁ。
「そ、そんなことないっしょ!早く行こうぜ」
「‥‥うん」
カバンを持って教室の外に出た。
どうやら学内食堂があるらしいので二人で向かった。
「オムライスください」
「あっ、僕もオムライスお願いします」
驚くべきことに代金は掛からなかった。
学費に含まれているのだろうか。
西洋風っぽくはあるが基本的に元の世界の学食と変わらなかった。
「今日、相槌多くない?名前も呼んでくれないし」
「そ、そんなことないでしょ。えーっと、」
この娘なんて名前なんだ‥‥。
「もしかして私の名前忘れちゃったの?」
「いやいや、有り得ないって。僕はあらゆる難解な魔術式を記憶している大魔術師様だぜ。忘れるわけないだろ」
ここで一瞬間が空いた。
「まぁ、いいや。いただきます」
そう言うと彼女は食べ始めた。
「いただきます」
どうにか誤魔化せた(?)。物を食べてる間は自分から話を振らずともいいので、ひとまず安心だ。
コミュニケーション能力は唯一この異世界で得られなかったらしいので、元の世界で培った心もとないコミュ力でやっていくしかない。
(後日確認したところ、この娘の名前は「セレナ」ということが判明した)
「私今日暇なんだ。どこか遊び行かない?」
この娘は僕の彼女なのだろうか。
クリス君は可愛い妹とメイドさんに加え、彼女持ちでもあるのか。この男すべてを持ち合わせている。
「あっ、今日用事あって」
「用事?」
「妹とデートするから」
「‥‥‥そう」
彼女の顔が悲しげになった。ちょっとふくれっ面になりつつ。とても可愛い。
「あっ、いやっ、明日っ、じゃない、明後日なら暇だから明後日行かない?」
「‥‥分かった、約束だよ?」
彼女の顔が晴れやかになる。
機嫌を取り戻したみたいだ。
食事を終え、彼女と別れると僕は妹とデートに、ではなく図書室に向かった。明日以降ボロを出さないためこの世界について知っておく必要がある。
図書室では魔術についてではなく国や歴史、生物、もの、学校についてざっくり調べた。
・この国の名前はキリシア帝国
300年前勇者が魔王を倒し、王となりキリシアを建国した。高い武力と優れた魔術により他国を統治・支配していき現在では世界の1/3の面積がキリシアであるらしい。
・この世界には魔物が存在するらしく、生物図鑑にはスライム、ドラゴンと言ったファンタジー生物が記されていた。災害を起こす強大な魔物もいるらしい。
・「もの」についてだが驚くべきことにこの世界で用いられる殆どの物は魔道具らしい。今日、当たり前のように現実世界同様に過ごしていたが、その生活は魔道具によって成り立っている。現実世界における「電気」がこの世界での「魔力」である。魔力によって魔道具を動かし水や火、光が供給される。また今これを記しているペンも魔道具らしく、使用者の魔力をインク(?)に変えているようだ。また乗り物もあるらしく、空飛ぶ飛行船が記されている。これは下手したら現実世界よりも生活に不自由しないかもしれない。
・この学校は所謂貴族のエリート校で血筋あるいは能力のある生徒が主である。中等部に学科の区分は無いが、高等部は魔術科、先進魔術科、魔道工学科、剣術科、弓術科、生物科、医術科に分かれている。生徒数は中等部が400人、高等部が900人程。高等部には帝国全土から優秀な生徒が集まっていて現実世界のT大みたいな学校らしい。
ある程度この異世界の世界観が掴めた。日も暮れてきたので家に帰ることにした。
「お兄様、どうしてデートに来てくれなかったんですか!?」
家に帰ると妹に迫られた。どうやら本当にデートの約束をしていたらしい。
「ご、ごめん!魔術修行に興が乗っちゃって」
「お兄様は今まで約束を破ったことなんて無かったのに。
今日のお兄様はおかしいです」
「明日!明日デートしよう!隣町のハニアでショッピングしよう!なんでも奢ってあげるから!」
「‥‥約束ですよ?」
早速図書室での知識が生きた。3時間ほどで周辺の町の情報までインプットすることができた。この脳みそはハイスペックすぎる。
それにしても明日は超絶可愛い妹とデート明後日も超絶可愛い彼女とデート、この男恵まれすぎてないか?明々後日はメイドさんとデートしよう。
メイドのミツェルさん、妹と歓談しながら食事をした後風呂に入った。このお風呂も魔道具で構成されていて、現実世界のそれと遜色ない。
不自由のない暮らしと恵まれた人間関係、そして高い能力。勝ち組の世界ってこんなに素晴らしい物なのか。たぶん、死にたいとか思ったことないんだろうなぁ。そういえばこの屋敷には他の家族は居ないのだろうか。母親、父親らしき人間に会わなかった。住んでいるのはメイドさん、妹、クリスだけなのか。それにしては広すぎる屋敷だ。掃除とか大変なんだろうなぁ。
湯船の中でぐるぐると物思いに耽った。
寝巻きに着替え(ミツェルさんが用意してくれたのか)、自室に戻る。その途中おそらく妹の部屋であろうドアに
「アイラ」
と書かれているのが目に入った。妹はアイラという名前なのか。
自室のドアに手をかけた瞬間後ろから声が掛かった。
「お兄様、もうお休みになられるのですか」
「ああ、今日は疲れちゃって。明日のデートに備えなきゃ行けないしね」
「ふふ、そうですか。お休みなさいお兄様」
「お休み、アイラ」
僕は自室に戻り扉を閉める。
異世界転生って言うけどさ、その転生したお前って本当に「お前」なのか? くりすとふぁー @koiking1234
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