樹木の特性
庭を見てきた。
この一年でおよそ三百件ほどの庭を見てきた。
ごくまれに、手伝いとして妻がかたわらにいたが、ほとんどすべての庭と、私と一対一だった。様々な表情がそこにあった。
怠惰な庭、放埓な庭、神経質な庭、無造作な庭、簡素な庭、さびしい庭、貧しい庭…。
それらはそこに住む人たちのある一側面を映しているかのようにも見えたし、まるで無関係のようにも思われた。どこでも虫たちは融通無碍に生きていた。
庭には、一応の簡単な決まりがあり、江戸時代の書物「築山庭造伝」などというものを後生大事にしている庭師もまだいることだろう。
伝統を守る、という姿勢は立派だが、それらはあくまで庭園のお話であって、いまの、それも都会のせまい個人宅の庭に「正真木」だの「景養木」だのといういわゆる役木をすべて配置できるわけもないのだ。
すこし広い庭でさえ、「寂然木」や「夕陽木」などには欠けることが多いし、燈籠などはもはや設けられている庭のほうが珍しい。
たとえば「雪見燈籠」は池端や水際に置かれる、という役があるが、なんでもないところに設置されてあったりする。聞いてみれば、むかし池があったが不要になったので埋めたのだという。
もちろんそれらの要素をすべて盛り込み、竹垣などをめぐらせた「模範的」ともいえる庭も何件かあることはあった。
しかしそういった庭の多くが、屋敷だけ改築されて洋風になり、秩父青石の巨大な景石や、見事な松の門冠りなどが、ひどく浮き上がってしまい、まるでなじんでいないことなどが屡々あった。…
閑話休題。
ことほど左様に、庭にはさまざまな景色があり、そこに住む人の性格を反映して、じつに豊かな表情をもつ。
そうしてそこに植えられた木々がうみだすちいさな「環境」というものがしっかりと存在している。蟲のたぐいなどは、およそ植物と一蓮托生の運命に決まっていて、植物とともに生きているが、それらの環境は人の住環境にも目に見えぬ影響を及ぼしている。
大木が生み出す日陰などは目に見えてわかる効果だが、そのほかにも、微気候というこまかな差を生じさせるのも植物だし、森林浴、フィトンチッド、防塵、防音、防風など実用的な効果も様々ある。
そしてそれらは、さきに言った「正真木」などの役木とおなじように、それぞれの樹木の特性にあわせた「役割」を果たしてほしくて、人工的に配置されている。
世がひとつの大きな庭であるとすれば、そこに居並ぶ人間たちも、なんらかの特性にあわせて、そこにいるのだろうか。
そうとも言い切れない。
たとえば
これは庭仕事をするうえでの基本中の基本となることで、「あたりまえ」のことなのだが、最近の戸建ての植栽ではすっかり無視されている。
人もそうだろう。日陰を好むものがあって当然だし、日陰でなければ生きられないものもあるのだ。
また大木になりやすく、狭小な植栽地に植えないほうがいいような樹木も「枯れにくい」「丈夫だ」という理由から、狭い空間に植えられてしまう。ある施主に「この木の耐用年数は何年か」と訊かれたときには、口があんぐりと開いてしまった。耐用年数ではなく寿命でしょう、と訂正させたが、どう違うのだと言いたげな顔をしていた。
そのように本来大木にならずにはいられないような樹木が、さからえず狭い空間に植えられたために、居心地のわるいおもいにくるしみ、かえってすぐに枯れてしまう例もあるし、無理やり大きくなって壁やベランダを圧迫したり、隣家の窓を脅かしたりするのだ。
けれど人には足がある。樹木とはちがい、居場所を選んであるくことができる。
ここでもないか、ここでもないか、とつぶやきながら、自分が自分らしく育つことのできる場所を探すための意思をもてる。
私はできることならうどの大木になり、人が憩える日陰をつくりたいと念じながら、あるときから此処と場所をきめて、自分の幹を太く、根を深く、枝を広くひろげようとしている。それは私の特性に素直にしたがったうえでのひとつの答えであり、私の選んだ私だけの生き方だ。
根は暗く、湿ったほうへ、のびる。暗い地中へ根がのびてゆかなければ、地上の枝ものびることはかなわないから。だから私の根はどんどんもぐってゆく。かなしみや、くるしみや、うたがいや、なげきや、さけびなどのそれらが、私の選んだ土壌だ。
自ら何度となく葉を振り落とし、それらを腐らせては土壌を肥沃なものにかえていく。樹木がそうするように、私もそれをくりかえし、かなしみを肥やしてゆく。
これより百年、ここに根付き、枝をひろげる。そう誓った。
広げた枝先にもつものが、言葉である。
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