第10話 勇者の野暮用

 一行は、3時間程でヴェルリムへと到着した。

 これでも途中で休憩を挟んだりし、負傷しているアリシアにあまり負担をかけないよう、できるだけ急いだつもりだ。

 時刻は夕方の6時を回った頃だろうか。


「ありがとうございました。後は私が上に報告するので、ヴィレンくん達は早めに休んで下さい」


 開口一番、町についてすぐにアリシアがそう言った。


「いや、家まで送ってくぞ?」


「んーん、大丈夫だよ。――です! これ以上迷惑をかけるわけにはいきませんからね」


「あー。別に俺達には敬語とか使わなくていいぞ?」


 そう言うと、アリシアは恥ずかしそうに人差し指で頭を掻いて。


「あははは。実は敬語とかあんまり得意じゃないんだよね……」


「そっちのが全然いーと思うぜ?」


 カルラの言葉に、アリシアの表情が明るくなった。


「本当ですか!?」


「おう。レンレンもそう思うだろ?」


「まぁ、そうだな。変な敬語使われるより、素のほうが喋りやすいしな」


「変な、敬語……」


「そんなことり、ほんとに1人で大丈夫なのか?」


「そ、そんなこと……」


 がっくり肩を落とすアリシアに、再度俺は聞き直した。


 上に報告するのに1人では心細いかなーと・・・・・・。


 本当のところは彼女の傷が心配だったからである。出血は止まったにしても、かなり深い腹の傷。そして、仲間を失ったことに対する心の傷だ。


「まあうん、ほんとに大丈夫だよ。ヴィレンくんのおかげで、傷ももうすっかり治ったからね!」


 そう言い、アリシアが自分の服の裾すそに手をかけるので、俺は慌てて止めにかかる。


「わかった! わかったから、脱ぐな!!」


 いくら夕暮れ時といえど、まだかなりの人が行き交っているの中、公衆の面前で彼女にお腹を曝け出されてはこちらが困る。


「もしかして、照れてる?」


「・・・・・・照れてねぇよ」


 咄嗟に彼女から目をそらすが、アリシアはにやぁと笑った。


「へぇ? じゃあ・・・・・・脱いじゃおうかな?」


 アリシアが再び服の裾を持ち上げかけ、白いお腹が垣間見えた。


「おい、からかうな」


「ふーん。見た目と違ってなかなかうぶなんだねきみ」


「あのなぁ、お前。あんまし舐めてると――」


 「泣かすぞ」と言いかけたのだが、それをカルラに上からかき消された。


「――ここだけの話。レンレンクールぶってるけど、実はムッツリなんよ」


「え……? ヴィレンくんむっつりなの!?」


 驚きの表情を見せるアリシアに、素早くリヴィアが補足を付け加える。


「あぁ。残念ながらレンはムッツリだということが今日判明してしまってな……」


「そんな・・・・・・」


 アリシアの表情は沈んでいた。当たり前だ、こんなに残酷なことを知ってしまったのだから。しかし、そんなアリシアに更なる真実がつきつけられることとなる。


「しかもレンレン、――ロリなんだ……」


「うそっ! そんなことって、そんなことって……!」


「だが、レンはそのことに気づいていない……」


「気づいて、ないの……?」


「あぁ。私達がレンに真実を話すことは伏せているからな」


「どうして、どうして教えてあげないの!? そんな重大な問題を・・・・・・」


「世の中には知らなくていいこと。明かされなくてもいい真実があるんだよ、シアちゃん」


「これを知ってしまったら、レンは壊れてしまうだろう。事実を受け止めきれずに、ショック死してしまうかもしれん。


 だから、この問題は本人が気づくまで何も言わないことにしているんだ」


「ヴィレンくん……」


「いいか、シアちゃん。これはレンレンには絶対秘密だかんな?」


「私からも頼む。レンのためにも、ここは口を紡んでほしい」


「わかり、ました。このことは私、棺桶の中まで持っていきます……!!」


 その美しい瞳に涙を浮かべながら、アリシアは深く、何度も何度も頷いた。


 その顔は、何かを決意した女の顔だった。


 俺は殺気をできるだけ抑えながら、できる限りの笑みを3人に向けて言う。


「――さて。誰から死にたいんだ?」


*********


「話を戻すが、ほんとに1人で大丈夫なのか?」


「ほんとのほんとに大丈夫だよ。まったくヴィレンくんは心配性だなぁ」


 俺の心配を他所に、アリシアはポンポンと傷のあったお腹を叩いた。俺には痩せ我慢にしか見えなかったが、またお腹を出されては困る。


「わかった。じゃあ、気をつけて帰れよ?」


「うん! また明日ね、ヴィレンくん」


 笑ってそう言った後で、最後にアリシアは貴族風に頭を下げた。言葉遣いに関しては少しアレだったが、礼儀作法だけは貴族のソレだった。丁寧なお辞儀、そこに彼女の美麗な容姿が合わさった様は、お世辞なしにとても美しいと感じた。


「それでは」


 そう言い残し、今度こそアリシアはいってしまった。


「んじゃ、俺は先に帰らせてもら うわ」


 アリシアの姿が見えなくなってすぐ、カルラが言った。


「なんだお前、分け前受けとんなくていいのか?」


「ん? あぁ、そうだな・・・・・・んじゃ、その分のお金でフィーナちゃんに美味うまいもんでも食わせてやってくれよ」


 カルラは人差し指を立て、二カッと笑った。


「お、おう。お前がそう言うなら……」


 だが、これはこれで申し訳ない気もする。いくら親友だとはいえ、これじゃ割に合わない。


「あー。なら、家にくるか? 今日ぐらいはフィーナの手料理でもご馳走してやるからさ」


「うッ……! フィーナちゃんの手料理だとッ・・・・・・めっさ食いたいけど、今日はちと野暮用があるんだよな……」


 ほう。あのカルラがフィーナの手料理よりも野暮用とやらを優先するとは。よほど大事な野暮用らしい。


「そうか。なら仕方ねぇな」


「わりぃな。また今度誘ってくれや、親友!」


「わかったわかった」


 カルラは「んじゃなー、レンレン、リヴィアちゃん!」と手を振りながら、人混みの中へと消えていった。


************


 皆が寝静まった午前2時。薄暗い路地裏に、薄汚い笑い声が響く。


「――やっぱり、あのバカ女をパーティーに入れたのは正解だったな!」


 ミノタウロスの男が、酒瓶を片手に大声で笑っている。


「だから言っただろ、タウロス? あの女、最弱のせいで嫌われもんだが、腕は立つってよ」


 それに応えるのは、同じく酒瓶を片手に持ったウェアウルフだ。


「ほんとに。魔人種の分際で腹が立つわよねあの女。今度はA級冒険者のパーティーの中に放り込んでみましょうか?」


 メドゥーサの女が、酒の入ったグラスをクルクルと回しながら嘲笑った。


「ギャハハハ! そりゃあ傑作だ!!」


「防具どころか、服まで脱がされたらどうするよ?」


「どうって、同じ人族同士、欲情してその場で交尾を始めるかもしれないわよ?」


 一段と大きな3人の笑い声が路地裏に響いた。


「本当にそうなったら、あいつらどんな顔をするか」


「――そうだアイツだアイツ!! クソカーターの野郎、調子に乗りやがってよお!!」


 ミノタウロスが怒声を上げながら手にしていた酒瓶をおもいきり地面に投げつけた。


「まだ中身入ってたじゃない」


「うっせ。いいんだよ! どうせあのバカ女の金なんだからよお」


「でも、俺らがあの女にしてることがバレたら、カルラの奴に殺されちまうぜ?」


「そんときゃ、逆に俺様が返り討ちにしてやんぜ!! あんなひょろっちぃの、片手で十分だ」


 ミノタウロスが力こぶをつくってそれを叩くと、3人はゲラゲラと笑う。嗤う。哂う。


「――楽しそうだな。俺も混ぜてくんない?」


 突然、男の声が路地裏に響いた。


 3人の笑い声が急に止まり、3人は一斉に声のした方を見た。


 コツ コツ コツ。路地裏の奥の方から足音が響く。


 辺りは暗く、男の姿はまだ見えない。しかし、3人は全身に悪寒が走るのを感じた。何故なら、その男の声を、聞いたことが、あったからだ。


「「カルラ・・・・・・カーター、様……」」


 3人は、身体の芯からくる震えを止めることができなかった。


「どーしたんよ、いきなり静かになって? これじゃあまるで・・・・・・

 ――葬式みたいじゃねーか?」


「ち、違いますカーター様! その……、ど、どーしたのですか? こんな場所に。しかもこんな夜更けに」


 ウェアウルフが切れ切れになりながらも言葉を紡いだ。


 ここで何か話さなければ確実にヤバイと、狼の本能が叫んでいたからだ。


「んー? 偶然たまたま通りかかって。んで、偶然たまたまお前らの声が耳に入って来たんよ」


 カルラは相変わらずニコニコと笑っているだけだというに、人狼はその不気味さに恐怖を覚えてならない。


「――失礼ですが、私達の会話はどこから……?」


「――ッ」


 メドゥーサが恐る恐る聞いた。それはウェアウルフも気になっていたことだったが、聞いてはいけない気がしてならなかったものでもある。


 カルラは腕を組んで目を瞑り。


「そうだなぁ・・・・・・噂通り、レンレンが神器を使わなきゃ戦えない、最弱の勇者だー! って、言ってたところからかな?」


 3人は即座に記憶を探り、3人同時に血の気が引いていった。

 身体が震え、歯がカチカチと鳴るのを抑えられない。まるで、心臓を鷲掴みにされたような、そんな感覚。


『――ったくよぉ! 噂通り、あのクソ野郎は神器がなきゃ戦えねぇ最弱の勇者だったぜ!』


 これは、ミノタウロスが確かに言った言葉だ。


 しかし、彼がこの発言を口にしたのはここに来てすぐ。今から3時間程前のことだった。

 つまり、目の前にいる茶髪の男は、3時間前から自分たちの会話を盗み聞いていたことになる。


「――カ、カーター様は、破壊の勇者……様とはどのようなご関係なのですか?」


 ウェアウルフは話を変えようヤッケになり、結果として墓穴を掘ってしまうこととなる。


「一言で言うと、レンレンは俺の親友だな。

 ・・・・・・だからさ。あいつのことをバカにされんのは、ちと腹が立つんだわ」


 3人は押し黙ることしかできない。いや、それは適切ではない。3人は喋ることができなかったのだ。

 喋れば殺される。それが殺気となり3人を縛る。


「でもまぁ、レンレンが何を言おうと、誰も信じてくんないからさ、レンレンも否定すんのを無駄だと思って何も言わなくなった。

 んで俺もレンレンから何も言うなって言われてるから、レンレンのことは気にしないようにしてるんだけどさ――」


「でもさぁ」とカルラが続ける。


「"あの子"のことをバカにするのだけは、――許さねーぞ?」


 途端にカルラから、今までとは比べ物にならない魔力リアが溢れだす。


 3人は絶望した。いくら勇者ブレイブだとしても、所詮は最下位魔族である魔人種。3人がかりで戦えばなんとかなるだろうと思っていたのだ。


 だが、現実は残酷だった。絶対的な"死"を目の前にし、改めて勇者との間に広がる格の違いを認識した。


「「――どうかっ! どうかお許しをカーター様!!」」


 3人は地面に額を擦り付け、誠心誠意謝罪した。謝罪すること以外、3人に選択肢はなかった。

 逆らえば、殺される。逃げても殺される。いや、逃げることすらできないだろうが。


 それを見てカルラは、頭をポリポリと掻きながら苦笑した。


「まぁ、俺も神様じゃねぇし。今回は許してやんよ」


「ありがとうございます! ありがとうござ――」


 カルラの殺気が消え、3人が礼を言いながら顔を上げた。


 そして――全てを理解した。


「――お前らの命だけでな?」


 カルラはいつも通りニコニコと笑っている。その手に、一振りの剣をさげて。闇夜の中、徐々にその瞳が赤く染まっていく――。


「んじゃ、早速始めようか。"お前ら"の葬式を――」


 その言葉を最後に、路地裏は静寂に包まれた。

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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語 檸檬 @lemon-mousou-com

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