第23話『出発前夜』

 廃部の危機は去ることなく、俺たちに夏休みが訪れた。

 待ちに待った夏休み、というわけではない。特に予定が入っているわけでもない。家を出るのはおそらく部活くらいだ。


 そんな俺だが、一つだけ予定がある。予定の内容はゲーム部四人と、瑞斗と瑞斗の彼女の計六人で遊園地に行くことだ。

 学校の最寄りの駅から、電車に揺られて片道四十分。比較的に近い場所に俺たちが行く予定の遊園地がある。


 夏休みに入って間もないが、遊園地に行くのは明日だ。

 廃部が刻一刻と迫る中、うちの部長は呑気なものだ。とはいえ、廃部の危機を聞かされる前に決まったことなので、今更瑞斗からの誘いを断るわけにもいかない。


「そういや、明日兄ちゃん瑞斗たちと遊園地に行ってくるから」


 自室で明日の用意をしながら、俺の部屋のベッドで寝転び、ゲームをしている乃依にそう告げる。


 時刻は午後七時。ついさっき夕飯を終えたばかりだ。

 ご飯食べてからすぐに寝転がると牛になるぞ、まったく。


 俺の言葉に反応した乃依が、ジト目をこちらに向けてくる。


「……『たち』? お兄ちゃんと瑞斗さん以外に誰かいるの? もしかして小野寺葵さんって人?」


「あれ、乃依に紹介したっけな?」


 乃依は小野寺と会ったことない気がするけど。なんで知ってるんだろうか。


「知ってるなら話は早いな。前言っていたゲーム部の部員と、瑞斗カップルで行くんだ」


「乃依も行きたい」


「ダメだ、大人しく留守番をしておいてくれ。夏休みの遊園地は人が多いんだぞ。お前から目を離したらどうしようもないだろ?」


「大丈夫、乃依すごく目が良い」


「ダメなもんはダメだ」


 むぅ、と不満げに頬を膨らませる妹に、少し心が痛む。だが滅多に見ることの出来ない表情を見れて、俺は満足だ。


「てか、なんで乃依が小野寺のことを知ってるんだ?」


「お兄ちゃん、小野寺葵さんのこと苗字で呼んでるの?」


「まぁ、そうだな」


「……そう」


 素っ気ない返事に戸惑いつつ、俺は視線を明日持っていくカバンへと向けた。

 最後のチェックだ。必要なものはもしも用のモバイルバッテリー、財布、スマホの三点くらいか。


 俺は基本、外ではスマホで本を読む。そのため、どこに行くにもモバイルバッテリーは必須だ。五分も掛からない用意を終え、俺は一階のリビングへと向かおうとした。


「ジュースでも飲むか?」


 コクコク、と小さく首を縦に振る乃依。俺はそれを肯定と受け取り、一階へジュースを取りに行く。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 ――ピコンッ


 二階からメッセージの通知音が聞こえてきた。俺のスマホは今ズボンのポケットに入ってるから、多分この音は乃依のスマホから発せられたものだ。


 基本いつも家にいるので、友達がいないかと思っていたが、連絡を取り合うような友達がいることを知って兄としては一安心だ。


 誰とメッセージのやり取りをしているんだろうか。男? 乃依に限ってそれは無いな。……ないよな?


 少し不安になってきたが、とりあえず紅茶を乃依の分まで作り、二階へ持っていく。


 クッキーなども作りたいが、もう夜なのでやめておく。こう見えて、俺はお菓子作りが得意だ。少し前までは毎日のように作っては、乃依に食べてもらっていた。


「乃依、紅茶持ってきたぞ」


「トイレ行ってくる」


「おう」


 すれ違うように、乃依が俺の横を抜けていった。

 ――ピコンッ


 先程と同じ音が俺の部屋から響いた。見ると、ベッドの上に乃依のスマホが置いてある。


 兄として、誰とやり取りしているのか、知る権利はあると思う。保護者として、異性との交友がある場合は断ち切っておこう。

 うちの乃依に彼氏はまだ早い!


 なんて思いながら、ぽつんと置かれたスマホの画面に目を向けた。

 メッセージの上に名前がある。……『白葉』。学校の友達だろうか。

 名前からして、どうみても女の子だが。


 メッセージの内容は……『作戦決行は一時。わかった?』


 ふむ、よく分からない。ゲームの話だろうか。まぁゲーム友達がいるようなら、こちらとしても楽できるのでありがたい。

 この『白葉』って子にお礼をしたいくらいだ。


「お兄ちゃん、トイレットペーパーがもう少しで切れるみたい」


「わかった。明日の帰りにでも買っておく」


「って、お兄ちゃん。なんで私のスマホ見てるの? ……見た?」


「乃依にも友達ができたみたいで、兄として安心してたところだ。気にするな、でもゲームは程々にな」


「そっ、か……ありがと……」


「おう」


 俺はベッドに置いてあるスマホを乃依に渡す。


「お兄ちゃんも、程々にね」


「ん?」


「明日瑞斗さんたちと楽しんできてね」


「お、おう」


 乃依は小さく微笑んだ。

 言葉の意味を聞き返す間もなく、乃依は自室へと戻ってしまった。スマホを覗いて怒ってしまったのだろうか。

 表情からそういう様子はなかったが……。

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とあるゲームを友人からもらったのでやり始めたら、何故か隣の席の『ロリ聖女』とやたら目が合うようになったんだが。 月並瑠花 @arukaruka

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