出現! 恐怖のドッペルゲンガー!⑦







「会ったよ! 偽の伊勢くんと!!」


 今日は週末を挟んだ月曜日。土日の間も、ずっとこれからの方針を考えていたが、まったく案の浮かばなかった俺は、また図書館を訪れていた。

 そして、そこで再開した喜納きのうさんは、鼻息荒く、少々興奮していた。

 妙にテンションが高い。ちょっと周りの視線が気になってしまう。はしゃぐ子どもに気をもむ父親の気分を味わっているみたいだ。


「…………えっ? ええと、どこで?」


「トゥトゥールに来たの!」


「へ、へえ。……それが俺本人という可能性とか考えなかったの?」


「さすがにそれはないよ。だって、スマホ持ってたし、私のこと見ても反応なかったし」


 さあ、ついに存在が証明されてしまった。第三者が見たと言っているのだ。これは間違いないだろう。

 この世には、もう一人の俺がいるぞ。


「正直、伊勢くんを人間的には信用するつもりだったけど、あの話はあまりにもビックリなことだから、伊勢くんの見間違いや聞き間違いだと思ってたの!」


「……だろうねぇ」


 俺だって話している途中から何言っているか分からないレベルなのだ。信じてくれなんて、口が裂けても言えない。


「でも、すごいね! 今世紀最大の事件だよ! あっ、伊勢くん的にはそんな暢気のんきな話じゃないよね…………ごめん」


「…………」


「ご、ごめんね。怒った?」


「…………あ、いや、全然」


 怒ってなどいない。ただぼんやりと眺めていた。

 正しくは、先週より喜怒哀楽の激しい彼女に見惚れていた。

 ゆったりとした白いニットにチェックのロングスカート。ふんわりとした優しい印象の彼女に似合う服装だ。彼女は毎日、こんなオシャレをしているのだろうか。あまりにも俺とは不釣り合いで、自分が惨めに感じられるほどだ。


 まさかもう一度彼女と会話できるなんて夢にも思っていなかった。

 でも勘違いするなよ、俺。あくまで俺たちは友達未満の関係で、ただ話を合わせてくれているにすぎないってこと。こんな一度や二度、話をしたくらいで、へんな期待をしてしまうから、モテない男は気持ち悪がられるのだ。


 ここは努めて冷静でいけ。幸いにも、向こうがよく分からない興奮状態にある。こちらはどうあっても比較的な冷静が約束されている。


「偽物を家から追い出せばいいってことかな?」


 こんな好奇心が刺激されることは滅多にないから、そう言って今日の講義までサボった彼女は、必死に解決策を案じていた。


「うーん。そもそも俺が本物で、向こうが偽物であるって確証もないしなぁ」


 スマホを持っていたということは、相手は家族や友人と連絡が取れるということだ。むしろ俺が偽物として疑われる可能性が高い。今なら窃盗罪に問われることだってあり得るぞ。


「じゃあ、お祓いしてもらうとかは!?」


「あー、あっちは幽霊でしたってか。それ俺が幽霊って可能性もあるやつじゃないか?」


「えー、こんなはっきりと見えて触れる幽霊とかいないでしょぉ!」


 彼女は楽しそうに笑いながら、俺の肩を何度か優しく叩いた。

 そういう接触はやめてくれ、喜納さん。すぐ好きになっちゃうから。

 というか、その論理ならカフェでコーヒー飲んでいた俺だって完全に実体あるけれど。


「お祓い頼むにしても、口座から拝借した四万を返すにしても、新しいスマホを買うにしてもお金が必要でさ。そんでもって俺は今、稼ぐ方法がないってことで……」


 もう一人の俺とどちらが本物かを争う前に、このままでは俺の餓死によるあちらの不戦勝って未来が見える。

 とにかく俺は俺として、自立できなければならないだろう。







「……うーん」


 喜納さんはのべつ幕無しの口をついにつぐんだ。

 あれから数十分、丁々発止とはいかないまでも、それなりの激論を交わした。今やっとお互いに意見を出し尽くした感じだ。

 もちろん完璧な回答など出るはずもなかった。しかし、これはこれで面白かったし、参考になった。


 さて、そろそろ潮時だ。先ほどから司書さんが、こちらをいぶかしむように睨んでいる。うるさくして申し訳ない、と心の中で謝っておいた。


「本当に色々とありがとう。まあ、今日はそろそろお開きってことで――」


「…………お金が必要で、相手は幽霊かもしれなくて、どちらが本物か最終的には決めなくちゃいけなくて――」


 ところが、まだ彼女はぶつぶつと呟きつつ思案しているようだ。


「あ、あのー、喜納さん? そろそろ…………」


「――あっ!! そうだ!!」


 突如、休憩ブースのベンチから飛び上がった彼女は、ぱっとこちらに振り向いた。

 それはもう、頭の上で電球が閃いたかのような分かりやすい顔だった。


「ひとつとってもいいの、浮かんだよ!」


 満面の笑み。それは、逆に怖いぞ。

 十分に二人で意見出し合った上で、納得できる回答など得られなかったのだ。

 今さら何を思いついたというのだろうか。


「…………はぁ!? か、家庭教師!?」


「そう! 私の後輩なんだけど、家庭教師を絶賛募集中なの」


 高い壺を買わされるとか、怪しい新興宗教に勧誘されるとか、それくらいの話が飛び出してくる覚悟で身構えていたが、それ以上に頓珍漢とんちんかんなやつがきた。


「いや、確かにお金は必要でアルバイトって話は出ていたけど、どうしてまた……」


 コミュニケーション能力が無限小レベルの俺に教師をしろ、と。

 中堅大学の学部内ですら特別優秀でもない俺に学習指導だ、と。

 ちゃんちゃらおかしいではないか。


「その子は、まあ、性格に難ありってやつなんだよ。今までの家庭教師はどれも一か月もたなかったとか」


「うわあ、それますます俺には無理そうな感じだ」


「でもね。その子は持っているんだよ、大事なものを――」


 勿体をつけて彼女が口にしたのは、


「それは霊感!!」


 これまた頓珍漢の極みみたいなやつだった。


「……ごめん。さっぱりだ」


「もー、そんな鳩に豆鉄砲的な顔やめてよぉ」


 座りなおした彼女は、俺の顔を覗き込んでくる。

 あんまり顔が近いのはよして、喜納さん。すぐ好きになっちゃうから。


「やる気がないだけなの、月詩つくしちゃんは。私と違って勉強だって、やればすぐできちゃう。けど、心がひん曲がってるから、馬が合う人がいなくて」


 心がひん曲がっているって相当貶しているような気がするが、敢えてスルーしておこう。


「だから、ね! 勉強は上手く教える必要なんてないの! この前私に話してくれたみたいな不思議体験を、もう一度月詩ちゃんにも話してみてほしいの!」


「で、俺にはどんなメリットがあるの?」


「ふふふ。さっきも言った通り、月詩ちゃんは強い霊感の持ち主でね。自分の身を守るためにも超常現象について、相当研究しているの」


「俺のこの現状を打破する方法を知っていると?」


「きっとね。家庭教師としてなら、アルバイト代だって入る。彼女も伊勢くんみたいな珍体験を持ってる人ならきっと仲良くなれるし、それならウィンウィンでしょ!?」


 まあ、彼女の言いたいことはだいぶ分かった。

 が、そう上手くいくだろうか。そもそも家庭教師なんて、軽い気持ちでなれるものか。


 どや顔でこちらを見つめてくる彼女だったが、一向に信用はできない。

 何だか今日は、彼女のハイテンションについていくのがやっとの一日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この青春に、オカルトを添えて 池田 九 @ikeda9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ