3
「バアルリーダーより各機。最終確認」
『アモン小隊、スタンバイ』
『クロセル小隊、配置完了』
『エリゴス小隊、いつでもいけます』
『ダンタリオン小隊、問題なし』
「物資処理班はどうだ?」
『こちら処理班。予定通り。問題はありません』
「了解。――作戦開始まであと七十六秒。アモンリーダー、エリゴスリーダーは敵機を確認次第、映像データを送ってくれ」
『了解』
『わかっていますよ』
久々に二脚歩機の操縦桿を握る。綾が駆る競技用の格闘機の場合、細かい動きができる代わりに操縦系は複雑だが、このような実戦用の機体なら、宙返りも上段蹴りも必要ない。歩く、走る、跳ぶ、伏せる、撃つ。基本的な同素ができればいい。転倒時の受け身や、機体のバランス処理は自動。何も難しいことなどない。
機体は当時使用していた、インドのカシャバ重工製、K9である。丸みを帯びてずんぐりした胴体の割に、脚部は鶏の脚のように細い。お世辞にも格好いいとは言えない見た目だが、この無様な機体が信じられないほどの運動性能を誇る。その上、よく考えて設計された装甲のおかげで致命弾を受けにくく、見た目以上に生存性が高い。安価でありふれた機体のひとつだが、この国での入手は難しいはず。変に凝り性の玖島がどこぞから廻してもらったのだろう。
余談だが、二脚歩機が武器を手に持つことはまずない。比較的脆いマニピュレーターの故障でトリガーが引けなくなるなどのデメリットがある上、転倒時の受け身など、手を使う動作がある度にいちいち武器を手放すことになってしまう。そのため主武装は通常、肩や腕に仕込まれている。K9は標準で左腕に九ミリ機関銃、右腕に十五・二ミリ対装甲銃が装備されているが、もちろん用途や役割に合わせて兵装は換装できる。
腕時計のアラームが小さく鳴る。
「戦闘開始」
……といっても、今のところ私がすることはない。工場跡――いや、研究所だったか――の正門前に機を止めて、味方からの情報を待つ。私の小隊は他に三機。完全にこちらの作戦通りに事が運べば、私達の出番はない。
私の機が現在立っている場所は、主戦場を見下ろすには最も視界の開けた場所である。眼下に広がる森の斜面には、今のところ大きな変化は見られない。ちらちらと何かが動くのが見えるのと、遠く駆動音が聞こえるばかりである。
『アモンリーダーよりバアルリーダー。敵を目視。これより交戦を開始する。データ転送は逐次行う』
「了解」
最近は便利なもので、他の機体のモニター映像を別の機体に送信することができるようになった。これにより指揮官は、より現場の状況を把握しやすくなったわけである。もっとも、ここ数年のFAの進歩はめざましく、今後は人間が戦場で戦うことは相当限られてることだろう。もしかすると、人間の傭兵部隊なんかが活躍するのも、先の戦争が最後なのかもしれない。
ま、それはともかく――前線の映像が送られてきたようだ。件の新型機が映っている。
それは今まで見たことのない形状をした機体だった。二脚歩機のように二本脚が見えるが、膝の関節はなく、歩行せずに若干宙に浮いて滑走している。つまりは二脚ホバー型、とでもいうような機体なわけだ。と思ったら、よく見ると背部にもう一本、動物で言えば尻尾のように短い脚が伸びていて、姿勢制御か方向転換かの役目を負っているようだった。厳密には三脚ホバーなのかもしれない。まあ、そんな細かい定義はいいだろう。
左右の腕部も人間の手のような構造ではなく、肘のあたりから専用の銃器やランチャー、ポッドなどが機体によってそれぞれ取り付けられている。つまり、戦術に合わせて腕の武器を換装して戦うことのできる機体、というわけだ。武装換装によって一機種で様々な任務に対応できる。ローコストで実用的。なるほど、うまく考えられている。
『こちらエリゴスリーダー。エリゴス、ダンタリオン小隊、交戦開始。予想以上に敵の動きが速く、不意を突かれた形になりましたが、大きな問題はありませんよ! 映像データ送ります』
「了解した。危ないようならすぐ言えよ」
『そこは信じてくださいよ。無駄な意地を張って作戦をブチ壊しにはしませんって!』
エリゴス側の映像に見えるのも、やはり同じ機体。つまり今回の新型中隊とやらは、全機このホバー型というわけだ。――いや、敵側のかなり後方に、なにか形状の異なる機体がぼんやりと写っている。
「バアルリーダーよりエリゴスリーダー。敵陣の後ろに別の機体が見えるが、そちらから確認できないか?」
『……えー、現在確認の暇なし!』
「了解。アモン、クロセル。そちらではどうだ?」
『クロセルリーダーだ。確かにユーレイ野郎の後ろに別のホバー型がいる。詳細の確認はできないが、今のところ攻撃してくる様子はない』
「了解。一応警戒は怠るな」
攻撃してこないなら、輸送機か何かなのかもしれない。もしくは中長距離の支援砲撃機で、今回は敵味方入り乱れての乱戦になっているから、仲間を巻き添えにしないよう静観している可能性もある。
敵の分析はこのくらいにして。映像データを閉じ、モニターの上端に映る、各リーダー機のメインモニターの様子に注視する。
初期にはのぞき窓が付いていたこともあったが、現代の二脚歩機のコックピットは完全密閉型になっており、外部の様子はカメラによってモニターで確認する。このモニターには任意で様々な情報を映せるようになっており、今のようにいくつもの小窓を開き、同時に複数の味方機モニター画面を確認することもできるわけだ。
戦況はほぼ互角といったところ。人工知能だからと馬鹿にするわけではないが、少なくとも実戦経験の少ないだろう敵を相手に、乱戦に持ち込んで互角というのはいただけない。状況が混沌としていればいるほど、装備の質や数の差は縮まり、指揮と経験がものを言う。いかに新型機、その上二脚よりもこの状況に適しているホバー型とはいえ、我々を相手取って互角というのは、それだけで驚異なのだ。
しかし、やはり歴戦の傭兵だけあって、彼らもこの状況に甘んじてはいない。このままでは埒があかないと認めると、すぐに次の手を打つ。南側――アモン、クロセル側では、すでに誰からともかく陣形を整え、各個撃破を狙う体勢を整えつつある。左右両翼が徐々に後退し、中央で交戦している敵部隊を包囲する形へと持って行く。もちろん、あからさまに行うのではない。こうして一歩引いた視点で見なければ気づかないだろう。そして、気づいた時には手遅れである。
中央で踏ん張っていた味方機が唐突に横転する。それを合図に、全機一斉に中央に向けれて銃弾を放つ。一瞬にして赤ペンキ塗れになる敵機。
『アモン2は左翼の補佐に回れ。クロセル部隊も左翼を中心にバックアップ。中央に飛び出すなよ。同じ目に遭う』
アモンの声に、各機が応答する。まだ敵の方が数が多く予断を許さないが、今の手際を見る限り、さすがの賢しい新型機も、臭いを感じさせない罠には対処できないようである。
一方の西側は、最初に側面攻撃を受けた分、有利な体勢作りには苦慮しているように見える。ただ、ダンタリオンが狙撃銃を装備した機体に搭乗していることから、なんとかそれを有効に利用すべく、ダンタリオンを中心に半円を描くような展開をしている。
『さ、やっと狙撃体勢が整ったぜ。そろそろ反撃といくか?』
嬉々とした調子のダンタリオン。機体を膝立ちさせ、銃身を備える左腕を右手で支える。素早く標準を定め、味方の肩越しや腕と胴の隙間など、きわどい部分をすり抜けて次々と敵の火器を潰していく。――こうして狙撃手の仕事を主観で見られるというのは、現代の指揮官の役得と言えるかもしれない。もっとも、「潰す」と言っても、実弾を使っているわけではないので、本当に壊れているわけではなく、擬似的に機能不全に陥るだけではあるが。
調子よく数機の腕を擬似的に「吹っ飛ばした」ダンタリオンだったが、さすがに敵も狙撃手の存在に気づき、彼を狙った銃弾やロケット弾が次々と飛んでくる。
『あー、さすがにフリーの狙撃をそうそう許しちゃくれないか。しかしまあ、これでずいぶん敵の戦力も落ちたんじゃないか?』
『銃器を潰された機体は逃げ帰っていきましたね。あの辺は変に潔いというか……』
エリゴスの声。狙撃シーンに見とれて気づかなかったが、火器を喪失して後退するとは、これまでのFAでは考えられなかったことだ。なにしろFAはほとんど使い捨て兵器のような使われ方をしていたので、武器を失ったからといって退却し、補充を行うなどという高度なプログラムなど組まれていなかったのである。むしろ自爆装置を作動させ、敵もろとも吹っ飛ぶというタイプの方が多かった。
『こちらアモンリーダー。こちらも片腕の武器が破損しただけで後退した敵がいた。本体より武器を狙った方が楽かもしれんな』
『うーん。そんな欠陥? 欠陥て言っていいのかわからんが、そんな仕様になってるとはなあ……ま、こっちにとってはいい材料なんじゃないか、バアル?』
確かにそうだ。相手が自爆するようなら、武器を狙うのはいい手とはいえないが、帰ってくれるなら都合がいい。
「よし、なるべく武装部分を集中して叩くんだ。うまく連携を取り、射撃中を狙え」
しかし、こんな弱点を抱えているとは、さすがは開発中の機体、ということなのだろうか。……いや、もっと数がいればローテーションして使い回せるのだから、ちゃんと機能したのかもしれない。そのための仕様なのだろうが、ともかくこのシチュエーションに合っていないことは確かだ。すでに両戦場で合わせて六機が後退し、互角であった形勢も、徐々にこちらに傾きはじめる。
『……あ?』
唐突にエリゴスが変な声をあげる。
「エリゴス。どうした?」
『いや……わかりましたよ。そうだったのか!』
さっぱり要領を得ない。
『バアルリーダー、さっき言ってた変なホバー機ですよ、敵の後方にいる。あれは輸送と修理を兼ねた機体です! さっき腕の武器をやられて後退した機体が、あれに乗って戻ってきたのですが、腕が換装されてました!』
『馬鹿な。こんな短時間で武装換装できるか!』
クロセルの言う通りだ。最初の機体が後退してから、まだ三分程度しか経っていない。熟練メカニックが死にものぐるいで仕事をしたって、そんな短時間で換装できるわけがない。ましてあれは無人機なのだ。しかし戻ってきた敵機には、確かに新たに武装が取り付けられている。今ここでその可能性について議論しても意味がない。
『あーっ、オレの仕事全部無駄かぁ』
「全く無駄でもないだろう、ダンタリオン。少なくとも数分は敵の数を減らせる」
『慰めなんだか嫌みなんだかわからんのはやめてくれっ。返答に困る』
『こちらダンタリオン3。逆にこっちが武器をやられた。後退する』
エリゴスの視点から、その機体の姿が見える。見た目に全く異常はないのだが、見事に真っ赤に染められた両腕からは軽く火花が散っている。つまりは擬似的に両腕を吹っ飛ばされたわけだ。こちらの戦術を真似された……というわけでもないだろうが。
『バアル4よりバアルリーダー。俺がダンタリオン3と交替で現地に向かおうか?』
待機している私が率いる、バアル小隊の一人が申し出る。
「スタンバイ」
さて、どうしたものか。今のところ戦況は敵味方どちらにも傾いてはいないものの、あちらが修理を一、二分程度で終えてしまうことを考えれば、今後消耗してきたときに大きな差となって現れる可能性もある。ならば、こちらとしては短期決戦が望ましい。
「エリゴスリーダー。援軍なしで持ちそうか?」
『今のところは』
「よし、バアル小隊は南側へ加勢に向かう。バアル2はここに残り、物資の警護に当たってくれ」
『了解』
私と僚機が山道を駆け下りる。舗装こそされていないが、大型トラックでも通れる道なりに下っていくので楽なのだが、途中でいくつか、私達が木を切り倒して作ったバリケードがあるので、それを乗り越えたり、迂回するので多少手間取る。
途中、後退する味方二機とすれ違った。そのうち一機はダンタリオン3だろう。
「バアルリーダーよりダンタリオン3、及び――」
『アモン3です』
「――アモン3。君らは修理後、バアル2の指揮下に入り、拠点の守備に当たれ」
二人の返事を聞きながら、私は斜面を下る。やがて本道から外れた木々の間に、味方機の背中が見えた。
斜面へと身を乗り出し、滑るようにしてそれの横へと並ぶ。
『早かったな』
クロセル機だ。暢気に挨拶などしながらも、右腕の銃を撃ち続けている。
「まあな。――バアル小隊各機、バックアップ頼む」
返事を聞く間もなく、銃弾のただ中へと機体を放り込む。……といっても、端からの見た目はそんな格好いいものじゃない。跳躍としゃがみ込みを繰り返しながらひっきりなしに動くから、その様はほとんどカエルである。かなり高性能なサスペンションが組み込まれたK9でも、ここまで無茶な動きをするとさすがにその振動は劣悪なものがあるが、この機動が一番被弾しにくく、かつ敵も照準を定めにくいのだから仕方ない。そうしながら敵弾が飛んできた方向へと機銃をばらまく。命中させることなど考えていない。こちらは陽動であり、あとは後ろの味方が勝手にスコアを伸ばしてくれる。
と、着地した目の前に敵が真正面から滑り込んできた。振り上げている腕は銃器ではなく、明らかに突き刺すための錐状をしている。とっさにオートバランサーを解除し、着地した勢いのまま機体を横転させる。さすがにホバー機だけあって急には方向を変えられず、敵は私が寝転がる脇を滑るように通り過ぎていった。
……まったく、こんな銃撃戦の場で殴り合いをしたがる奴がいるとは。
さっきの敵はなんとか向きを変え、再びこちらに向かってきた。先ほどとは逆の腕、銃を構えている。
寝転がったままさらに半回転ほどさせ、右腕をそれに向ける。照準など見てる暇はない、そのまま射撃。乾いた音と共に、赤ペンキがその胴体の真ん中に鮮やかに散った。
――しかし、さすがはホバー機。機能は停止してもその動きは止まらず、ドラム缶の転げるような音をさせてこちらに飛びかかってきた。金属同士がぶつかる、鈍い音。
『楽しそうだな、バアル』
いつの間に近くまで来ていたのか。クロセルが手早く覆い被さったそれをどけてくれた。
「機械人形に絡まれて何が楽しいんだ」
もちろんお互い、話しながらも戦闘は忘れていない。すぐに起き上がった私は、大きな木を盾にしつつ、味方と交戦中の敵を装甲銃で狙い撃ちする。
「状況は?」
もちろん、聞かなくても私のモニターには敵味方の残機数などは映し出されている。しかし、戦闘中のデータには様々な理由で遅延が起きることもある。あえて現場の人間に聞くのが習慣となっていた。
『アモン3、4が武器を失い後退、クロセル2は撃破された。残り八機。敵は四機撃破、残り六。うち二機が後退しているが、例によってすぐ帰ってくるだろう』
西側は味方五、敵七となっている。押され気味のようだが、まだ持つか。危機を報せる連絡はない。
腕時計に目を走らせる。物資持ち出し可能時間まで、あと八分弱。
「よし――バアルリーダーより各機。一気に片を付けるぞ!」
木の陰から飛び出し、手近の一機に向かって斬り込んでいく。正面から撃ち合いをしているところに、突然側面から飛び出してきた私の機体にどう対応するか――と思えば、まあなんとも機械らしい。こちらの方には振り向きもせず、左腕の銃だけ突きつけて撃ってきた。転げるように跳躍して避ける背後から、大きい質量を持った何かが空を切る音がすり抜けていく。――味方のロケット弾だ。
味方誤射すれすれの危険な多重攻撃を多用する部隊などそうはいない。つまり、敵にとっては予想外の一弾。この紙一重のぶ厚い連携によって、私達の伝説は作られてきたのだ。
が、敵はわずかにその場から後退するだけでそれをかわした。もちろん、両腕の武器をそれぞれの敵に撃つのも忘れてはいない。
何しろ玖島の奴が関わっているプロジェクトだし、わざわざ指名してきたことも考えると、私達の対処法くらいは学習しているのかもしれない。しかしまあ、三対一の状況であしらわれっぱなしというわけにもいくまい。転がった先の木陰に入り、膝立ちに体勢が整ったときには、私の右腕はすでに奴を捉えている。腰関節部、脚型とにって宿命的に脆い箇所のひとつ!
「グッドキル、これで二機目!」
『自分で言うなよ』
と、右手に銃弾を避けつつ滑走している敵の姿を見つける。その体勢のまま装甲銃を向け、進行方向に二、三発撃ってやる。急に移動方向を変えられないホバーは、こういう攻撃には対処しづらい。くるりと半回転して速度を変え、やり過ごそうとしたが、その一瞬を別の機が捉えた。
と、一瞬、発砲の音が途絶える。敵残機数を確認すると、二機。つまりは修理に帰った奴を残して全滅というわけだ。
「よし、バアル小隊は引き返すぞ。アモン、クロセル小隊は掃除後にエリゴス、ダンタリオン小隊と合流」
西側の方は味方四、敵五となっている。思った以上に善戦しているようだ。これなら楽勝ペースだろう。
「バアルリーダーよりエリゴスリーダー。状況報告」
下ってきた道をまた上る。滑り降りられた斜面を、今度はきちんと足場に四肢を乗せて歩かねばならないので、多少時間が取られる。
……エリゴスからの返事がない。
「エリゴスリーダー、どうした? ――ダンタリオンリーダー……いや、誰でもいい。状況報告を」
味方数は五から四へと減っていたそれが、エリゴスだった可能性はもちろんある。しかしそういう場合、ダンタリオンか別の人間か――ともかく、誰かが代理ですぐに返事をするものである。わざわざこんなことを言う必要などない。
『アモンリーダーよりバアルリーダー。こちらは片付いた。次の行動に移る』
「ああ、アモン。西側と連絡が取れないんだ。そちらではどうだ?」
『何? ――アモンリーダーより各機。エリゴス、ダンタリオン小隊と連絡が取れないそうだ。各自通信を試みてくれ』
嫌な予感が走る。もう一度残機数へと視線を這わせるが、やはり西側の数は四、五で違いはない。しかしそのとき、視線の端にダンタリオンのモニターを捉えた小窓が目に入った。
狙撃によって、次々と敵の武器を撃ち抜く映像――
「しまった! 敵に高度な電子戦機がいるんだ!」
今日、初めて背筋が凍るような感覚が走った。
これは単にジャミングするというレベルのものではない。どうやっているのか知らないが、偽の情報まで流してきている。単にジャミングしているだけなら、小窓に映ったモニターの映像も途切れるから、いくら私が間抜けでも気付く――そう、確かに私は間抜けだ。さっき一言、エリゴスから状況報告をもらっておけば、あるいは異変に気づいたかもしれなかったものを――!
なんにしろ、今さら悔やんでも意味がない。次の手を打たねば。
「バアル2、応答しろ!」
『こちらバアル2』
一瞬、こちらにも通信が繋がらないのではないか……という恐怖がよぎったが、取り越し苦労で済んだらしい。その声に慌てた様子のないことから、まだ敵は来ていないようだ。
「そちらに敵が向かっている可能性がある。防御態勢を整えておけ! すぐに我々も向かう」
『了解』
「よし。――アモン、クロセル小隊、工場――じゃない、研究所に向かってくれ。おそらく西側はすでに――」
『全滅した可能性がある、だろ? わかってる。こちらは全員お前さんの後を追ってるさ』
こういうとき、仲間が信頼できるのは有り難い。ヘマをしてもフォローが早い。――ともかく、ここで自分をいくら罵ったところでどうしようもない。自分だけ立ち止まっている場合じゃない。何度もそう言い聞かせながら、なんとか気持ちを落ち着かせていく。
やがて道の奥に、工場の頭が見え始めた。音は聞こえない。間に合ったか――?
と、その時、木々の奥から駆動音が迫ってきた。麓の方からだが私達が来た方向からではない。つまりは西側の方――か!
研究所から戦場を見下ろすのに、もっとも見晴らしのいい地点。戦闘開始を告げたその場所に駆け込んだ瞬間、私は見た。
機体としては、先ほど戦ったものと同型。二本脚のホバー型だ。それが、ボートのようなものに乗って高速で山を駆け上ってきている。数は二機。――しかし、どうも違和感がある。さきほどと同じような機体に見えて、なんとなく違う雰囲気を感じる。
しかし、あまり悠長に観察している暇もない。その内の一機が私を認めると、約二百メートル手前でボートを飛び降りた。その際に左腕をこちらに向ける。
私は飛び退いてそれをかわす。地面に赤い斑点が飛び散った。――ショットガンか。
『クロセルリーダーだ。敵の襲撃を受けた。機数は二機だが進路を阻まれている。パーティに遅れる可能性大』
もう一機は道から森の方へと突っ込み、大回りして研究所に侵入しようとしている。阻止したいが、ショットガン持ちの真正面に飛び出すのは自殺行為。
――と、突然敵が全く見当違いの方向へと進路を変える。その一瞬後、周囲の木々が真っ赤に汚れる。ロケット弾。
『ダンタリオン3、アモン3、配置完了』
こちらから姿は見えないが、研究所の塀の陰から二機が援護したらしい。いいタイミングで復帰してくれた。
「バアルリーダーよりクロセルリーダー。こちらは最終防衛ラインで二機と交戦中」
バアル小隊の僚機も到着し、私のバックアップとして配置している。機数は五対二。
『こちら処理班。物資移動可能時間まで、残り三分』
「急がせろ」
一瞬、無線の奥の声が詰まる。言った後で気付いた。こいつは模擬戦で、物資移動可能時間は最初から決まっている。急がせたって早くならないのだ。だが、それでも、処理班は返事をした。
『はい!』
物資の移動可能時間まで三分。領域外までの運び出しが約二分。あと五分、奴らを釘付けにすればこちらの完全勝利となる。一見勝利確実といった状況だが、あちらは機動力があるので全く予断を許さない。すぐにでも突撃してくるかと思いきや、様子を見ているのも不気味である。何か策でもあるのか――
考えながらも、敵の銃撃の合間を縫って木陰から身を乗り出し、応戦する。――と、敵の後方、西の道の下方に、土煙が見えたような気がした。すぐに気のせいでないことがわかる。もう一機、例のボートに乗って飛んできたのだ。
と、私と交戦していた一機が、回り込むようにして遠ざかっていく。さきほど敵機が大回りしたのとは逆方向。つまり、三方向から突撃するつもりか!
「バアル3、バアル4。そっちに敵が行った。迎撃を任せる」
『こちらアモンリーダー。敵が研究所へ高速で向かっている。我々では追い切れない!』
私の指示とアモンの通信に遅れること一瞬。ついに敵が動き出した。ボートに乗って来るかと思っていたのだが、奴らの悪知恵は想像以上に働くらしい。ボートだけを先に走らせて盾代わりにし、隠れるようにして突撃してくる。しかも武器腕の銃口だけはわずかに覗かせ、こちらを牽制しながらである。
動く遮蔽物とは考えたものだ。無理に飛び出して行く手を阻めば、こちらが一方的に蜂の巣にされる。とにかく迎撃するが、そう簡単にボートは沈まないようだ。数発装甲銃を命中させたが、止まる気配がない。
――それなりにリスクを冒さないとダメか。
迎撃を止め、木陰でタイミングを計る。駆動音と砂が巻き上がる音、それから耳元で銃弾が空気を裂く音を聞きながら、少し腰をかがめる。
『物資移動可能時間まで、残り一分』
駆動音がすぐ側を横切るのを合図に、低くした体勢のまま、木陰から飛び出す。もちろん飛び出す方向は裏側、敵の背面。
しかし――というか当然というか。敵もそれは承知していた。飛び出した先で見たものは、すでにこちらに向き直り、銃を構えている姿。狙い澄ました銃口が、私を完全に捉えている。敵にとっての必殺の一撃が放たれる瞬間、私の機は右手を軸に宙を舞った。
破損を伝える警報が鳴る。ダメージ箇所に関する情報窓が開くが、見なくてもわかる。右腕大破、対装甲銃の使用不可。しかし、脚を宙にあげ、逆立ちに飛んだ自機の左腕は、敵機の頭を見下ろしている。
無様に右肩から転落するまで、一秒にも満たなかったろう。さすがにこんな角度からの転倒は想定されていないらしく、強烈な衝撃が襲いかかり、五点式のシートベルトが身体に食い込む。さらに斜面を二回ほど転がるので、その勢いを利用して、なんとか左腕で膝建ちの体勢まで立て直す。
――右腕大破。対装甲銃使用不可。冷却システム異常発生。ジェネレーター出力十パーセントカット。
横目で警告を確認しながら、すぐに機を仰向けにする。遅れること数瞬、例のボートが私の上を高速で通り過ぎようとする。主を失い、悪あがきの突進を仕掛けてきたわけだ。
ちょうど覆い被さったのを狙って、膝を立てる。猛スピードで蹴躓いたボートは勢いよく斜面を転がり、木々の中へ飛び込んで見えなくなった。――あれは本当に大破しただろう。
起き上がり、ペンキまみれになっている敵機が動かないのを確認すると、私は研究所の方へ駆け出す。
「状況報告!」
『アモン3、塀を挟んで交戦中!』
『バアル3、敵機撃破。だが、バアル4が撃破され、本機も腰部破損で身動きが取れない』
腰部破損? ――もしかすると、あのボートの突撃をまともに腰に食らったのかもしれない。
『アモンリーダー。現地到着まであと六十秒』
その声とほぼ同時に南の通りから見えてきたのは、もちろん味方ではない。例のボートに乗ったのが二機。
『物資移動制限解除! これより行動開始!』
研究所の正門の陰にしゃがみ込み、左腕だけを敵に向けてひたすら撃ちまくる。相手は二機、さすがに厳しい。私は少し迷ったが、結局指示を飛ばした。
「バアルリーダーより物資処理班、プランBだ。正規の手順では間に合わん」
あとは少しでも時間を稼がねば。
敵ももはや、私の迎撃など意にも介していない。応戦すらせず、小さな丸盾を構えて強引に突破してくる。
もう、こうなったら策も何もない。私は機体を走らせ、門をすり抜けようとする一機に飛びついた。視界がひっくり返り、脳を直接揺さぶるような衝撃が間断して襲いかかる。何かが目の前に飛んできて、ヘルメットのバイザーを少しばかり割った。一瞬、頭の中が真っ白になりかけ、諦めのような気持ちが全身を弛緩させる。
ぎりぎりのところで意識を保ち、気合いを入れ直す。ひび割れたバイザー越しに見るモニターには、敵のメインカメラとおぼしきモノアイが大きく映し出されている。とにかく左腕を振り上げ、何度も殴りつける。どこを殴っているかはわからない。ただ、金属のぶつかる音と、自分に衝撃がないことから、敵のどこかに当たってるだろうことだけはわかった。敵は私の機に覆い被されたまま、特に抵抗しようとはしない。すでに機能停止しているかと思ったが、モニターに映し出された相手のカメラの瞳孔が焦点を合わせようと開閉している。少なくとも死んでいない。
やがて、左腕も動かなくなった。
思い出したかのように、額からまつげのあたりに汗が流れてくる。ヘルメットを脱ぎ、袖で拭うと赤い色をしていた。
「たかが模擬戦で、なんか、無茶をやっちまったかなあ……」
他人事のようにつぶやく。もう、モニターも動いていない。コックピット内は真っ暗だ。
ややあって、私の機が何者かによってゆっくりと転がされ、仰向けにされた。コックピットが開き、光が差し込んでくる。
「ようバアル。生きてるか?」
クロセルの声だ。逆光で影にしか見えないが、そいつが手を差し伸べるのを見て、私はシートベルトを外す。
「結果は……どうなった?」
「ま、それは後のお楽しみ、ということで。まずはお前さんの手当てが先だろ」
掴んだ手に引っ張られるようにして、私はシートから身体を引きはがした。
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