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「これよりブリーフィングを始める」

 本来は、この廃工場の会議室だったのだろう。壁には未だに安全の心得なる文章が額によって飾られている。その額のガラスは半分くらいは割れてしまっているが、会議室自体は一応清掃の手が入っているらしい。古びた様子はあっても、埃が層になっているということはない。

 円卓を囲うように、軍服姿の十九人の男が着席する。最後の一人だけは席から離れ、壁の黒板を背に男達を見下ろす……つまり私だ。

「……と、その前に」

 私が少し姿勢を崩して言うと、その先の言葉を読んだか、数人から笑いが漏れる。

「何の因果か、我が赤い本により、かつての敵国の地に召喚された悪魔共に、まずは慰みを言おう」

 今度こそ遠慮なく、笑いが室内に響く。

「……で? 世界を滅ぼす日でも来たんですか?」

 似合わないダテ眼鏡をかけ直しながら――奴はこれを格好いいと勘違いしている――エリゴスが引きつったような笑顔を向ける。

「いや、残念ながら世界平和のためのお手伝いだ」

 咳払いし、私は本題に戻る。

「まず、すでに知っているとは思うが、この作戦の背景について説明しておこう。この模擬戦は我が宿敵……であった世界連合の下部機関、調停機構が採用する予定の、次期FAの実働試験として行われる。戦闘は空包によって行われ、空包内に仕込まれた特殊な光線が一定以上照射されると、我々の使用する兵器は『破壊』されたものとみなされ、機能停止してしまう。まあ、つまりは高級なサバイバルゲームというわけだな。扱う弾丸はその通りだが、ともかく、こっちは実戦のつもりで任務を遂行すればいい。

 さて、それでは模擬戦そのものの状況を説明しよう。我々は現在、この研究所――実際は精密機器の廃工場だが――を制圧し、ある重要な物資を奪取しようと企てている。この物資の詳細は明かせないが、これを手に入れればある主要な一都市を一瞬にして死の廃墟と化すことができるだろう」

「つまり、昔とやることは一緒というわけか」

 カイゼル髭を引っ張りながら、クロセル。どこから見てもインド系の男がこの髭というのは不釣り合いな印象を受ける。似合わないと忠告しておいたはずだが、改める気はないらしい。

「そういうことだ。……が、まあ、そんな危険なものが収まってる研究所を、こうも簡単に奪取できるわけもないけどな。ファンタジー感溢れる夢の設定を用意してくれた連中に感謝しよう。

 この物資を持ち出し可能の状態にするには二十分かかる。物資処理班は作業完了後、この研究所の敷地内、本棟の別館、西棟の地下道を使い、物資を戦闘区域外に運び出す。

 この地下道は、実際は調停機構の地下研究施設へと通じているのだが、模擬戦の設定としては、物資運び出しルートという設定になっている。施設から物資を持ち出した時点で我々の勝利だ。持ち出す前に研究所内に敵の侵入を許せば敗北。

 さて、それではその敵に関してだが――調停機構は我々を阻止するため、二個中隊をこちらに差し向けたという情報が入った。敵はすべてFA化された無人機体。新型であり、その詳細は不明。これを迎撃し、物資持ち出しを援護するのが今回の仕事だ。

 敵は戦力をふたつに分け、西と南より侵攻してくると予想される。本研究所は山岳の中腹にあり、北は山頂に通じ、東は崖で航空部隊でなければ侵攻できない。実戦なら敵味方共に航空戦力の投入は当然ありえるが、今回は考慮しなくていい。北や東からの敵の侵攻はない。

 兵装等は不明だが、おそらく乱戦を想定した、機動力重視の編成になっているはずだ。数では多少負けているが、主戦場は斜面の森林となる。守るにはうってつけの地形だ」

 私は一旦言葉を切り、そして続けた。

「続いて、こちらの話をしよう。我々に用意された機材はK9。今となってはやや旧式の二脚歩機だが、我々にとってはおなじみの機体だ。問題ないだろう。

 我々は部隊を三つに分ける。アモン、クロセル小隊は南の敵に当たってもらう。現場統括はアモンが行え。クロセルはバックアップだ。エリゴス、ダンタリオン小隊は西。リーダーはエリゴス。私が率いるバアル小隊は、初期には本施設の防衛に当たるが、状況に応じて動く。

 敵に当たる際は、なるべく広い視野で防衛ラインを突破しようとしている敵がいないかをチェックしてくれ。目の前の敵ばかり気を取られて、防衛ラインを突破されるようなヘマはするな。

 作戦開始時刻は本日一三○○。昼飯を食ってから悠々と出撃できるという、なんとも嬉しい配慮だ。

 歴戦の諸君らに言うまでもないことだが、FAはパターン化された攻撃には非常に強い。不利を悟ったら戦法を変え、相手の苦手なパターンを探るんだ。――質問は?」

 全員の顔を一様に見回す。

「では以上だ。解散」

 ほぼ一斉に全員が席を立つ。……が、誰一人として会議室から出て行こうとする者はいなかった。全員が今度は私を囲うように群がる。

「ようバアル。まだ生きていたか」

 先陣を切って私の肩を叩いてきたのはクロセルだ。本名も出身も経歴も知らないが、私が傭兵に志願したその日からずっと、同じ隊で戦った。

「お前も随分しぶといな」

「お前さんのおかげでな。懲役は済んだんだよな?」

 懲役というのは例の、顧問として働けというやつだ。懲役と言うにはほど遠い厚遇だったが、無理矢理働かされたんだからその言い方も間違ってはいまい。

「ああ。今はお役御免だ。今回のはまあ、別件といえば別件」

「無敵の傭兵部隊復活にも驚きましたけど、かつての敵の試作機テストに招かれるとは、もっと驚きですよ」

 話に割って入ってきたのはエリゴス。ダテ眼鏡は相変わらずだが、銀髪になっているのは驚いた。これも奴の中では、おそらく知的で格好いいと思いこんでいるのだろう。

「だが、正直言うと調停機構は敵って気がしないな。何にしろオレ達は助けられちまってるからな。逃亡用の資金まで寄越しやがった」

「オレはタイまでの飛行機のチケットと、偽造パスポートを用意してもらいましたよ。空港までは調停機構のリムジン装甲車の送り付き。至れり尽くせりでしたね」

 戦友達があの後どうなったのか、私は詳しく聞かされていなかった。私自身が半拘束状態にあったし、足取りを調べようもない。玖島の言葉を信じるしかなかったわけだが……話を聞いていると、思っていた以上に丁重に取り扱ってくれていたらしい。当時のメンバーがこれほど簡単に集まってくれるのを不審には思っていたのだが、それにはちゃんとした理由があったわけだ。

「俺も、女房子供の身の安全まで保証してもらったクチだ。だから、あんたから話があったとき、是非とも恩返ししなきゃと思ったぐらいさ」

 ダンタリオン。こいつは私と同じく世界連合加盟国出身のくせに、わざわざ敵側の傭兵になった奴だ。その理由は知らない。確かドイツのマインツ出身だとか言っていた。赤い本のメンバーはほとんどがアジア系の人間なので、何にしろこの長身金髪で白い肌は目立つ。

 あと、今回の主要メンバーにはアモンというベテランがいるのだが、こいつは他のメンバーよりやや遠巻きに笑顔を向けているだけで、直接話しかけてはこない。本当に傭兵かと疑うほど上品な物腰と穏やかな人柄で、普段は空気のように存在感がない男だ。もちろん戦場でも空気になるような奴なら、ここにはいない。

「ところで――プライベートな話題になって恐縮だが」

 髭を引っ張りながら、一層にやにやと嫌らしい笑みを浮かべるクロセル。

「先ほど親しげにしていたお嬢さんとはどういう関係なんだね?」

 ま、いつかは聞いてくるだろうとは思っていたが――綾のことだ。

「戦友だ」

「人生の友、というわけですな」

 エリゴスのひとことに、私はうなだれた。なるべく正直に、かつわかりやすく答えたつもりだったが。なんでこう、人は自分の思惑に合うように理屈をねじ曲げるのが得意なのだろう。そんな哲学的な命題が頭の中を巡る。

 クロセルが物知り顔で私の肩をやたらと叩く。

「いや、お前さんが幼女趣味なのを恥じることはないぞ。良かったじゃないか、犯罪に走らずに済んで」

 綾のどこが幼女なんだか。

「いや、ともかく。あれは仕事上の仲間なんだ。二脚歩機を使った競技に、パイロットとして参戦している」

「え、あの子が操縦するのか? 二脚を?」

 相当意外だったらしい。私をからかうのも忘れて素直に驚いている。確かに、一見しただけで綾を二脚歩機のパイロットと見抜く者はまずいないだろう――幼女にも見えないと思うが。

「……いや、本当に驚いたな。お前さんが操縦を任せるってことは、相当やるんだな」

「操縦技術には若干不安があるが、判断力に関しては信頼している。もちろん、実戦でなく競技内でのことだがな」

「済まなかった。さっきのは忘れてくれ」

 クロセルは急に神妙な顔つきになって謝りだした。違うカテゴリーとはいえ、同じ二脚歩機のパイロットである以上は一目置くべきと考えたのだろう。

 一瞬室内に妙な気まずさが漂い、全員が口を閉ざす。……と、会議室のドアがノックされた。どうやら話題のご本人が登場らしい。

「……今、いいですか?」

 ドアを開けて、妙な空気なのを察知したらしい。私は手を振って否定する。

「単なる雑談中だ。用事は?」

「玖島さんが、手が空いたら一緒に昼食はいかがか、と。アーキテクト・コーポレーションの社長もいらっしゃってます」

「了解。行こう」

「あと、頼まれていた用事は終わりました。この山の天気については、大きく崩れるようなことはまずないそうです。風向きなども問題ありません」

 ふむ。ということは、万が一のバックアッププランも使えると言うことだ。

「わかった。じゃ、あとはゆっくりしておいてくれ」

 私が会議室から出ようとすると、なぜだか他の連中がこぞって付いてくる。……いや、さっさと私を追い越し、今度は綾の方に群がってしまった。

「お嬢さん、二脚のパイロットなんだって?」

 ぶしつけにクロセルが訊ねる。綾の方と言えば、得体の知れない男共に一斉に囲まれた割には、特に動揺していないらしい。剛胆の持ち主なのか頭のねじが足りないのか、正直私にはわからない。

「ええ。競技用の格闘二脚専門です。まだ資格とって一年目ですけど」

「格闘二脚? バアルの奴、こんな可愛いお嬢さんを、なんて酷いモノに乗せるんだ!」

「外道ですね」

「無理矢理乗せられてるわけではないですよ。元々格闘技を習ってたから、あまり違和感ないですし。あれ? でも、借金を返すために乗ってるから、無理矢理なのかな」

「いまどき人身売買とは……バアルが極悪金融をやってるとは知らなかったな」

「最低な奴だ」

 すっかり入り口を塞がれてしまった私は、押しのけるようにしてそれをかき分け、なんとか廊下へと脱出する。

 途中に聞こえたよからぬ発言の数々に対し、何か反論しておいたほうがいいかとも思ったが、まあ、ここで私がいくら声を大にしたところで、連中の頭の中にできあがった妄想を払拭できるとは思えなかったので放っておくことにした。綾の方から話を修正してくれる方が説得力もあるし、簡単だ。さらにおかしな方向に修正されてしまう可能性もあったが。

 いや、実のところ、私だってうまく伝えるのは難しいだろう。どう説明しても、悪い借金取りに働かされる薄幸の少女ということで話が落ち着いてしまいそうな気がする。

 ともかく――目的地に着いたらしい。管理制御室というプレートがかかった厚い鉄板扉を押し開ける。

「来たか」

 中には玖島と、白衣を纏った女性が一人。私を見止めると、彼女はイスから立ち上がった。

「お会いできて光栄です。霧村さん」

 年齢は三十代前半……といったところだろうか。私よりも年上なのは間違いないだろう。見た目は若そうでも、発散される雰囲気のようなものに未熟さを感じない。気に入った仕事しかしないという我が儘を貫き通す会社を束ねるのだから、もっと青臭い人物かと思っていたのだが。

 髪は短髪、白衣の下は白のワイシャツに黒い厚手の長ズボン。差し出された手はところどころ皮膚が厚くなっており、切り傷や内出血の跡も見られる。一見して技術者の手をしていた。アーキテクト社はソフトウェア専門だと思っていたが、機械いじりもするのだろうか? 薄い色のマニキュアなど塗っているものの、これも普段はしてなさそうである。

「アーキテクト・コーポレーション社長、守屋(かみや)さんだ」

 玖島の紹介を横で聞きつつ、私はその手を握り返す。

「こちらこそ。守屋さん」

 と、握手をしたまま、突然社長は声を殺して笑い出した。訝しがっていると、もう一方の手で制するような仕草をし、それがひととおり収まったあと、ようやく手を離す。

 それからも少しの間かみ殺した笑いを漏らしていたが、ようやく落ち着いたのか、二つほど咳払いをして、大きく息を吐いた。

「いやいや、失礼しました。大したことではなくてね」

 社長は身を投げるようにイスに座り、興味深げに私を見上げた。

「いやなに。入ってきた瞬間から、私は君のことを値踏みしていたんだよ。そうしたら、君の方でも私を観察していたのでね。お互い、初対面のくせに遠慮のないことだと思ってね」

 そうして、また思い出したかのように笑う。本人が解説はしてくれたが、今のやり取りのどこに笑いどころがあったのか、私はちっともわからない。

 社長はひとしきり楽しそうにした後、ようやく落ち着いたところで、玖島の方を見ながら言った。

「君のような方と仕事ができるのは嬉しいよ。玖島君が惚れ込むわけだね」

「社長……」

 玖島が非難めいた声を上げる。それに社長は笑みを返す。

「いいじゃないか。どうせ彼には見透かされてる。四年前からね」

「……まあ、掛けてくれ」

 きまりの悪そうにしている玖島に促され、私は席に着く。何をそう慌てる必要があるのかはわからないが。

 彼らが着いていたのは、「管理制御室」という部屋の名前や、周囲の雰囲気には似つかわしくないテーブルだった。白いテーブルクロスがかかり、中央に赤い花など飾られているが、ふと見渡すと、そこ以外は職場的な雰囲気のままで、どうにも場違いである。部屋の三面はガラス張りになっていて、ある意味で見晴らしはいいのだが、そこから見えるのは山の景色でも都会の雑踏でもなく、すでに動いていないベルトコンベアの行列。この部屋の「管理制御室」としての設備も機能するものはほとんどないらしく、いくつか点々とランプが点いているのがあるばかり。

「あいにく、色気のある部屋が全くなくてね。東側の喫茶室は絶景なんだが、なんだか君の方で使用中とのことだし」

 例によって、どうでもいい釈明をやり出す玖島。今回の場合は話題を変えたかったというのもあるのかもしれない。

 いつの間にやら給仕が入ってきていたらしい――三人の手前にグラスや食器、それから酒瓶のようなものを並べ出す。

「今から酒はまずいから、単なるぶどうジュースだがな。雰囲気だけでも味わってくれ」

 三人のグラスにそれが注がれると、誰からともなくそれを軽く持ち上げる。

「出会いに」

 社長の手短な言葉で、グラスを飲み干す。

 そのグラスを置かないうちに、社長が何か思い出したらしく「そうだ」と言い、続けて喋り出した。

「先ほど、霧村君の相棒に会ったよ。捉えどころのない人物だが、いい目をしている」

 その間にも、いつの間にか給仕が現れ、手際よくサラダとスープが運ばれてきた。花のそばには小振りのフランスパンが入ったバスケットが置かれる。すっかり会食の席ができあがってしまった。

「楽しみだよ。あれがどう動くのか、ね」

 さっそくスプーンを手に取り、スープをいただく。冷たいコンソメスープという変わったものだ。もちろん本物のコンソメを冷やすと飲めたものじゃないから、それそのものではないのだろうが。

「いえ、彼女は模擬戦に参加しません。裏方スタッフとして来ています」

 実はスタッフというほど仕事も与えていない。今回は本当に見学、彼女にとってはオフのようなものだった。

「本当かね?」

 心底驚いたような声。……そもそもあれがパイロットとして参加するなら、ブリーフィングにも来ずにぶらぶらしているわけもないだろうに。

「ええ。彼女は実戦経験がありませんし、ご存知とは思いますが、大事な試合を控えた身でもあります」

「こちらの仕事は大事でない、と?」

 瞬間、心臓が跳ね上がった。が、それほど本気で言ったわけでもないらしい。すぐにニヤリとした笑みに変わる。

「いや、すまない。意地悪が過ぎたかもしれないね」

 なおも破顔するのを押さえ込もうとするかのように、グラスを一息に開ける。

「だが、残念なのは正直な気持ちだね。確かに実戦経験はないかもしれないが、それはそれで面白い戦いぶりをしてくれるかと思った」

 なるほど、アーキテクトの社長らしい言葉だ。彼女は綾が実戦で戦えると思ったわけではない。おそらく、一対一の格闘二脚競技という特化した状況でしか戦ったことのない人間が、実戦に放り込まれたときどうするのかを純粋に知りたかっただけなのだろう。暢気なものだ。

 そういえば少し気になることがある。

「今回相手となるFAの開発には、アーキテクト社は直接関与していないと聞きましたが」

「その情報は正しいね。いくつかの技術は提供しているが、我が社の作品とは呼べない」

「では、その――FAを開発したメーカーの担当者は?」

 社長に顔を向けられ、玖島は軽く咳払いした。

「そりゃもちろん、自社の機体のメンテ中だろうな」

「いや、そりゃそうかもしれないが。なぜここに呼ばなかったのかと」

「なるべく余計な情報を与えたくないからな。どこのメーカーかも知らないくらいがいい。まっさらな気持ちで戦って、素直な感想を聞きたい。もしくはそういったデータが取りたい」

「なるほど」

 となると、社長が他人事のように振る舞うのも当然か。そもそも自社製品の実験でなし、最初から高みの見物なのだ。

 主菜が運ばれてきた。ボロネーゼのようだが少し違う。芋類を細切りにしたらしきものをパスタに見立てている。茹でるのか蒸すのか、細かい作り方はわからないが、最後に形を整えるために外側を軽く焼いている。炭水化物主体の重くない料理が出てきたのは、やはり出撃前であることへの配慮なのだろう。しかし、そうするとフランスパンは余計だったような気もするが。

「そういえば、さきほど少しだが、君の機体を見せてもらったんだ。伊達にあの大会に出てないねえ。いい機体だよ」

 ケーニギンネン・ドラッヘの事だ。さきほどブリーフィングでも触れたように、この地下には調停機構の研究施設がある。報酬の一部であるアーキテクトのチューニングを施すため、さっそくこちらに持ち込まれたというわけだ。次の準決勝に間に合うように、仕事の暇を見て仕上げてくれる、とのこと。時間的に厳しいから、実際には間に合わないんじゃないかと思っているが、それは別に構わない。

「君は今回パイロット役だけど、パイロットとエンジニアと、実際はどちらがお好みなのかね?」

 社長の質問に、私は迷わず答えた。

「どちらでも構わないですね。要するに才能のある方がその役割を果たせばいいわけでしょう。たとえば綾に監督やメカニックの才能があるなら、私が乗っても良かった」

 社長はフォークを口にくわえたまま、見上げるような好奇の視線を寄越す。そのまま感嘆の言葉らしきものを声にして、ようやくそれに気づいたように口から離す。

「失礼。……まあ、そういう気持ちは私にはわからないね。私はいじる方が性に合ってる」

「そりゃ、人それぞれでしょうけど」

「いや、どうかね。君の場合は特殊だよ。最前線から裏方、指揮官まで、何でもやってしまうんだから」

「いずれの役目にしろ、私はいつも『裏方』のつもりですけどね。才能ある人物を支えるためのパーツみたいなもんですよ」

「ジョーカー、ってわけですか? 面白い従属の形もあったもんだね」

 社長は心底楽しげに声をかみ殺して笑った。

 と、私の腕時計が電子音を鳴らす。時間だ。私は口を拭うと席を立った。

「まあ、面白い見せ物になるとまでは保証しませんが。どうぞごゆっくりご観戦を」

 一礼してドアへと向かう。去り際に玖島が声を掛けた。

「デザートはハンガーにお持ちしよう」

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