【六】死んでも行かせないから
季節は移り、夏休みに突入した。しかし夏休みと言えど、補習だらけで全然休みがない。高校生の夏といえば「ザ・青春」というわけではなかったのか。
八月中には早くも新学期が始まり、曜日の関係で九月三日が始業式だった去年がどれほど恵まれていたのかを痛感する。そしてそんな短い夏休みにも、終わらなさそうなほどに多い宿題が課せられている。
毎日太陽が照りつける下で汗だくになりながら自転車をこぐのはもううんざりだ。自転車で登校するだけでドキドキしていた四月の頃の初々しさも無くなり、ただ暑くて怠いとしか思えなくなっていた。
学校に近づくほどに、重力が大きくなったかのように自転車が重くなる。授業があるのは百歩譲って許せても、学校に行くのは辛い。それは、休み時間になる度に和花と話すと夏彦の話になってしまう事があるからで。
彼女が彼氏の話をする前で、その彼氏を好きな私はどんな顔をして聞いていればいいのか。毎日表情を作っていても、まだ何が正解かはわからなかった。
スマホを触って時間を潰して和花との会話を回避したくても、月末に通信制限のメールが届くとお母さんに怒られてしまうからそれもできない。
第一、夏彦からくる嘘を和花に見られたくもない。和花は私達の事を同じ中学校であるということ位しか知らないようだから。
夏彦はいつの間にか、「志賀さん」から「和花」と呼び捨てにするようになっていた。和花も和花で、デートの話も生徒会でのことも、私の心を抉っているだけだという事に気づいていない。それなのに、何も悪くない和花を嫌ってしまう自分がもっと嫌いになっていた。
✴︎
「来週は日差しが強いから、海に行くのは止めた方がいいよ」
夏休みも中盤に差し掛かかり、お盆休みの計画を立てているところだった。和花と海に行こうという約束をした次の日に、夏彦から届いたメッセージ。和花に予定を聞いたのだろうけど、どうして私に言うのよ。そういう事は、彼女に言えば良いのに。
「夏彦には関係ないじゃない」
気づけば、飛び出した感情をそのまま言葉にして送ってしまっていた。
「あるよ」
「死んでも行かせないから」
いつも通り句点すらもない無機質な文字の羅列に、この時だけは強い感情が乗せられているのを感じた。けれど、馬鹿らしい。夏彦は何に命をかけているのだろう。大袈裟過ぎる。
私は初めて夏彦に既読スルーをした。和花がいるのに私に毎日連絡を取って、時折私を気にかけているかのような言葉をかけてくる。和花と仲良くなるために、私を利用したんじゃないの?
……夏彦の事は、もう全く分からなくなっていた。
結局海に行く気分では無くなって、和花に断りの連絡を入れた。何度も考えたことが、また頭をよぎる。もし私が夏彦に好きだとぶつけて砕け散ることが出来たなら、どれほど楽だっただろう。消化しきれない想いが、頭の中をぐるぐると徘徊する。
外では蝉が煩く鳴き続けているのに、日照時間は毎日短くなっている。矛盾しているようで、そうでもなくて、相容れない感情が存在する私の心と同じだ。一日ずつ、時は流れていく。
海で泳いで、夏祭りは屋台でたくさんお金を使って、空に散る花火を見て、線香花火の儚さの前で誰かと、をかしだねとふざけて笑い合って。夏休みは友達や、できれば彼氏と遊び呆けるはずだった。
宿題に追われることさえ夏休みの醍醐味の一つだというのに、今の私は計画的に課題が終わっていき、クーラーのついた部屋で更に勉強をしている。思い描いていた夏休みとは程遠く、毎日は過ぎていった。
✴︎
……一週間後、私達が海へ行く予定だったその日に、その海で水の事故が起こった。突然大きな波がやって来て近くにいた小さな子供が巻き込まれ、亡くなってしまったらしい。
しかし私がその事を知ったのは、夏休みが明けてからだった。
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