【二】ライト、壊れてたよ
学校では、夏彦との接点が皆無だ。体育も芸術も夏彦のクラスとは別で、そもそも学校で会うこと自体が少ない。
会うとしても廊下ですれ違う程度で、その時だって友達が側にいるから二人とも話しかけない。同じ中学校の子でなければ、私たちが友達であることすら知らないと思う。
まさか高校に入ったらこうなるとは予想していなかった。これまでと同じようにクラスが離れていても普通に話しかけて、月に何回かは一緒に帰るものだと思っていた。スマホで毎日話をしていても私たちの距離は遠くなって、それは本当の事を言うと寂しい。
だから今日も、少し距離がある場所で目があった時にまさか夏彦に声をかけられるなんて思っていなかった。
✴︎
今日は私が所属する華道部の活動はなくて、特別用事もなく帰ろうと駐輪場へ歩いている途中だった。駐輪場は校舎からそれほど距離は離れておらず、クラスの教室が並ぶ校舎の外階段を下りた地点から正門の方向へ真っ直ぐに進んだ所にある。
校舎や周りに植わっている木の影になっていて、どんなに暑い日でも、そこだけはちょっとだけ涼しい。私の家は学校に近いから、運動も兼ねて自転車で登下校している。
学校でいつも行動を共にしている
一年生の教室は二階にある。進級する毎に階が上がっていき、二年生は三階、三年生は四階だ。私のクラスは六組で、教室を出ればすぐに外階段に通ずるので便利だ。
今日もいつものように外階段をゆっくり降りると、なんとなく誰かの視線を感じた。反対側の校舎の横に設置されている自動販売機の方を見てみると夏彦が一人で立っていて、私の方をじっと見つめていた。
私たちのクラスはホームルームが終わるのが早い方で、それに引き換え担任の話が長いと噂になっているクラスの夏彦が私よりも先に下にいたのには驚いた。
私が教室で友達と話していたとはいえ、かなり急がないとそこには立てない。急な用事でもあったのだろうか。
夏彦は、自動販売機の前に立っているのにペットボトルを持っているわけでも、財布を出して飲み物を買おうとしているわけでもないようだった。
……こっちを見て、何をしているんだろう。
夏彦を不審に思いつつ、ばっちり目があったがわざわざ話しかけるのも、と思いスルーしてまた歩き出した。すると、珍しく夏彦が私の名前を呼んでこっちへ向かって走ってきた。
「秋葉!」
私と夏彦は二十五メートルほど離れていて、その距離で名前を呼ばれると、周りにいた生徒たちが一斉に私の方を向くので少し恥ずかしかった。
「どうしたの?」
急に走ってきても、夏彦は息を弾ませてもいないし、疲れてもいない。呼び止めた本人は全く恥ずかしそうにしていない。そして、夏彦は私の目をしっかりと見て涼しい顔でこう言った。
「秋葉の自転車のライト、さっき見たら壊れてたよ」
「え、うん」
夏彦はわざわざ私のところまで走って来たくせにそれだけを伝えると、じゃあ、とさっき私が降りてきた階段をさっさと上がって行った。
「え、それだけなの」
「そうだよ」
何事もなかったかのように階段を上っていく夏彦に問いかけると、夏彦は私から姿が見えなくなる直前に答えて、教室棟へ入っていった。
高校生になって夏彦が話しかけてきたのはこれが初めてで、しかもたった一言って。また夏彦の行動が理解不能だったが、まあいいかと駐輪場へ歩き出した。
夏彦の行動の意味は理解できなくても、声をかけてくれたのは嬉しかった。たまたま二人ともが一人でいて、周りに知り合いらしき人はいなかったからかな。
帰ったら、「もっと学校で話そうよ」って送っておこう。「できたら一緒に帰ろう」も言いたい。
でも言ったとしても、ホームルームの長さが違うからどちらかが待たなければいけないし、私は華道部、夏彦は生徒会でなかなか予定は合わなさそうだ。一緒に帰るのはまあ、機会があればで我慢するかな。
そうこうするうちに駐輪場に着いて、一番手前に置いている自分の自転車に駆け寄った。入学と同時に買ったばかりの綺麗な自転車。
錆びが全く付いていない鍵穴に、流行りのキャラクターのキーホルダーがついた鍵を差した。ガチャリと音がして鍵が開く。ペダルを手で回してライトが点くかを点検するが、普通に点いた。
というより、まだ明るいからライトを点ける必要はない。なんだ今日の嘘か、とわかって自転車を押して校門まで歩き出した。
夏彦、あの時に私を見て嘘をつこうと咄嗟に思いついたから嘘をついたのかな。にしても走ってくる意味あった?
よし、帰ったらそれも聞こう。私は校門をくぐると、お気に入りの薄い水色の自転車にまたがり、ペダルをこぎ出した。
最初に渡らなくてはいけない横断歩道の信号が、校門を出た時に青になっているのが見えた。大通りを渡る横断歩道だから、一回逃せば長い時間待たなくてはいけない。
だから、できればこの信号で渡っておきたいのだけれど、校門から横断歩道までは少し距離があるので諦めた。
こういう時に、ロードバイクだったらと考えてしまう。見た目重視と利便性重視で普通の自転車を選んだのだが、寝坊してしまった日や早く帰りたい日には後ろから颯爽と追い抜かれるロードバイクが恋しくなる。
まあ今日は、もし夏彦に話しかけられていなかったらぎりぎり渡れたのかもしれない。そう思うと少し残念だったが、夏彦と話せるのはレアなことだから、数分待つくらいは我慢しよう。
私が赤信号で止まった数分前に、左折したバイクが猛スピードで横断歩道を突っ切って走り去っていったということを私は知る由もなかった。
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