【一】今日も私に嘘をつく

「秋葉の好きなアイドルグループの人、活動再開するらしいよ」


 夏彦は今日も私に嘘をつく。今日は比較的分かりやすい嘘だった。彼の事で夏彦が私よりも先に情報を入手するなんて不可能だもん。


 私が大ファンの彼は今、病を煩い療養中。今私が居る自分の部屋の壁には彼のサイン入りのポスターが貼ってあるし、勉強机の横に置かれた学校用の黒いリュックにも彼のキーホルダーが付いている。イメージカラーが紫だから、何を買うにもついつい紫を選んでしまうんだ。


 そんな私が、復帰なんて一大ニュースをいち早く耳にしていないわけがない。いくら夏彦よりニュースに疎い私でも、それだけは譲れない。


 それは、彼の格好いい姿をすぐにでも見たいのはもちろんだけど、その気持ちを使って嘘をつくのはちょっとな。


 クッションの上に座っていた私は、メッセージが夏彦からだったことに顔をにやけさせながら、ベッドにダイブした。


「はい、嘘ね」


 どんなきっかけだったかはもう覚えていないけれど、小学校の六年生くらいだったかな。その時から夏彦は一日一回、私に嘘をつくようになった。


 今日のように分かりやすく雑な嘘の日もあれば、巧妙な嘘をそれとなく日常的会話の中に織り混ぜてくる日もある。毎日計算して嘘をついているんだか、考えて出てきたのをそのまま言っているんだか。


 いずれにしても、毎日嘘をつく夏彦の意味は最初から分からないままだし、正直ここまで続くと思っていなかった。一ヶ月もすればいつしか無くなっていくような、気まぐれにできたルールだと思っていた。


 それがもう何年経ったか。気づけば私たちは高校生。これだけ長く嘘をつき続ければ、夏彦はもう息をするように嘘がつけるようになっているのだろうか。


「即答だね。本当だったらいいのにって思った?」


 今、夏彦は画面の向こう側でどんな顔をしているのだろう。すぐに当てられて悔しそうにしているのか。それとも、私だから当然だとか思っているのか。


 今日は休日だから、学校もなく夏彦とは会っていない。小学校や中学校の頃は、嘘は一日一回と言いつつも毎日は会えないので、「会った日は」という条件がついていた。けれど高校生になって、二人ともスマートフォンを持ってからは本当に毎日、夏彦は嘘をつくようになった。


 今日は夏彦が寝る前、十一時ごろに嘘が送られてきた。毎日のやりとりで、夏彦の就寝時刻と起床時刻は大体把握した。


 夏彦は私よりも早寝早起きで規則正しい生活をしているようだ。私はいつもあと一時間くらいは起きていて、平日も休日も朝はぎりぎりまで寝ている。夏彦の几帳面な性格とは程遠い。


「思ったけど」


 彼に関する嘘はやめてという気持ちが届くように、わざと素っ気なく返信する。怒ってるって思われたかな。画面越しだと、夏彦の表情が分からない。


 やっぱり、嘘は面と向かって言われるのが一番だけど、こうして休日も夏彦と会話できるのはすごく嬉しい。


 学校ではクラスが違って殆ど話さないし、スマホの便利さをつくづく感じる。嘘だけじゃなくて、何気ない事まで毎日会話できている。

 自分の部屋で勉強の合間や寝る前に夏彦と会話するのが、いつしか私の一日の楽しみになっていた。


 夏彦はスタンプも絵文字も殆ど使わないから、画面の向こうで何を考えているのかは分かりづらい。一方私はというと、夏彦の返信で表情がコロコロ変わって、スマホを眺める顔は緩みっぱなしだと思う。


「そっか」


 夏彦の返信は、私の言葉よりももっと素っ気なかった。夏彦とは仲が良いと思っている。ただ、夏彦の返信は素っ気ないだけでなく、私の返信に対して会話を広げようとしない。


 小、中、高と同じで一緒にいた時間もそれなりに多かったはずなのに、いま一つ夏彦の考えていることがわからない。昔から、夏彦との間には壁が存在する。その壁は取り除くことも、触れることすらできていない。


 だから、いつでも私の一方通行だ。夏彦はいつも、どんな気持ちでいるのだろう。


 普段ならすらすらと浮かぶ次の話題が、今日は何故か出てこない。話したいことも、知りたいこともたくさんあるはずなのに。


 画面から手を離して、スマートフォンの電源を切った。寝巻きに着替えてごろごろしていた私は、ネットサーフィンをせずにすぐに眠ることにした。


 季節は夏に向かって進んでいる。最近は日を追うごとにだんだんと暑さが増している。今日は特に暑くて、今年初めて窓を開けて寝ようと思った。立ち上がってベッドの横の小さな窓を開けると、綺麗な満月が目に入る。


 満月を見て私が思い浮かべるのは去年の十五夜の日で、たまたま夏彦と一緒に見られたビッグムーンを思い出す。月の光に包まれた幻想的な夜の街中で、私には夏彦もまた輝いて見えていた。


 私は、今年も夏彦と一緒に見られますように、と満月の月に密かに祈ったのだった。


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