第13話 忘れない。手を離さない。


「な、ど、なぁ?」


 顔を赤くしたり青くしたり口をパクパクさせているリゼ。

 それを見て玲斗はまず落ち着かせることにした。


「落ち着け、話しはまだ終わりじゃないんだ」

「……いいわ、続けて」


 すーはー、と何度も息を吸ってはいてを繰り返したのちリゼはそれだけ言った。

 その様子を見て、何とか話せそうだと思って玲斗は口を開いた。


「俺の家、知ってる通り親がいつもいないだろ? だから本当はずっと寂しかったんだよ。だから二人が来てくれて―――正直すごく楽しかった」


 このわずかな時間のことを思い出して言うと、自然と口元が綻んだ。


「二人は俺と恋人になるために来たって言ってたけど、俺は家族が欲しかったんだよ。でも、それも一緒に暮らしてて変わって来た」

「……」


 リゼはただ黙って聞いてくれている。

 最後まで聞いてくれるつもりのようだ。


「自覚したのはさっきだけどな」

「さっき?」

「絡まれてるのを見た時」


 そう、あの時玲斗は思ってしまった。

 リゼがあの軽薄そうな男に絡まれているのを見て、一瞬で頭の中が真っ赤になった。


「手を出すな、って思った」


 その言葉を聞いてリゼがひゅっと息を呑んだ。

 なんだか少し怖い。

 今まで感じたことのないものを玲斗に見た気がしたのだ。


「気が付いたらリゼとの間に割り込んでた。何をどうするか全く考えてなかったから、焦ったけどな」

「……それでも、私は嬉しかったよ」


 自嘲気味に笑う玲斗に、リゼは素直に答える。

 あの時、玲斗が助けに入ってきてくれたことが本当に嬉しかったのだ。

 はにかんだような笑みを浮かべるリゼの様子を見て、玲斗もくすりと笑う。


「そうか、だったらよかった」


 それから真剣な眼をしてリゼを見る。


「俺にとってリゼもリナももう家族だ。でも、リゼはそれだけじゃない。誰にも渡したくない。譲りたくない。もう、忘れたくない」

「玲斗……」

「俺は、リゼが好きだ」


 ひときわ大きな風が吹き、リゼが自分の髪を押さえつける。

 ベンチの上に座っていながら背中を押されるような強風に驚いて思わずリゼは玲斗の方へと倒れ込んだ。

 それを反射的に玲斗は受け止める。

 二人、すぐそばでお互いの顔を見合わせて固まってしまう。

 吐息がかかりそうなほどの距離だった。

 二人ともが離れなければ、と思うのになぜか顔を離すことが出来ない。

 いや、むしろゼロに近い距離が近づいてゼロになろうとしていた。


「なに、やってる、の?」


 すぐ傍から聞こえた声に二人はびくりと反応した。


「リナっ!?」

「遅い、から。何してるのかと、思えば……」


 ベンチに座って顔を寄せ合う二人を見下ろして、じとっとした目を向けてくる。

 出てくる前と同じ、ジャージに身を包んだリナの視線はどこまでも冷たい。


「あっ、あのね! こここここれはそのっ!」

「お姉ちゃん」

「はっ、はい!」

「とりあえず、離れた、ら?」

「!?」


 混乱しているリゼにリナが冷静に告げる。

 それを聞いて玲斗も少し大げさに距離を取る。

 二人の間にはちょうど一人分の隙間ができるのだった。


「ふぅ、さて、と」


 二人が離れた様子を確認してリナが大げさにため息をつく。


「……その、リナ。これはね」

「大丈夫、だよ、お姉ちゃん。わかってる。やっと自覚、したんだね」

「……分かってたんだ」

「当たり前、だよ。双子、だもの」


 そう言われてリゼがすこししゅんとした表情でうつむく。

 自分ではリナの恋を後押ししようとしながらもその実自分も恋をしていた。

 そのことがリゼの心に重くのしかかる。


「ごめん、リナ、私……」

「それは、もういい、よ。ボクは、お姉ちゃんと、正々堂々奪い合えれば、それでよかったんだ」


 少しだけ、寂しそうな笑みを浮かべると今度は視線を玲斗へ向けてくる。

 だから玲斗は答えなければ、という思いから口を開く。


「あ、あのなリナ、俺、実は―――」


 言いづらさを押し込んで、玲斗はリナに言わなければならないことを言おうとする。

「れーくん」

「んえっ!?」


 それを遮って玲斗とリゼ、二人の間に急にリナが割り込んでくる。

 急に間に割り込んできた妹の姿にリゼがすっとんきょうな声を上げた。

 一方でさっきのリゼと同じくらいまで顔を近づけてきたリナに対して玲斗は全く身動きできなかった。

 そして動けないでいる玲斗に向かってリナはさらに顔を近づけ―――


「んむぐっ!?」

「ちょっ!?」


 リゼと玲斗、二人が同時に声を上げる。

 触れ合わせるだけの短いキスをして、リナは熱に浮かされたような顔を離した。


「はぁ……」


 漏れる吐息がやけに艶めかしい。


「ボク、絶対、諦めない、から」


 そしてその唇で言うのだ。

 笑った顔には陰りが一切ない。

 リゼと玲斗が抱えている物すべてを理解しているのだろうか。

 罪悪感も。

 後ろめたさも。

 それでも笑って、諦めないと言ってくれていた。


「リナ……」

「あ、でも、あんまりボクの前で、いちゃいちゃしないで、ね?」

「お前がそれを言うのか……?」


 これまでずっと玲斗にいちゃいちゃしてきたのはリナの方だったはずなのに。

 玲斗の突っ込みは無視してリナがベンチから立ち上がる。


「それじゃ、ボク、先に戻る、から」


 それだけ言うと、何も言えないでいる二人を置いてリナはさっさと帰ってしまった。

 公園を出るまでリナは一切振り返らなかった。

 その背中にはやはり悲壮感などは一切なく、むしろ吹っ切れたようなすがすがしさだけを感じた。


「あいつ、どういうつもりなんだ……?」

「玲斗」

「え?」


 低い声に振り返れば、隣に座ったままのリゼが頬を膨らませて真っ赤な顔でこちらを睨んでいた。

 かなり怒っていらっしゃるようだ。


「ま、待て! 今のは避けようがなかっただろ!?」


 今さっき好きだと告白した口が、目の前で妹とは言え別の女に奪われたらそれはご立腹にもなるだろう。


「ふーん、そう」


 釈明は、何の意味もなさなかったかのように見えた。

 声のトーンがさらに下がる。


「そうなんだ、避けようがなければキスされても仕方ないと」

「ちょ、ちょっと待てって! お前は今何か大きな誤解をしているっ!」

「ふーん、ふーん。じゃあ、しょうがないよね」

「え?」


 ふわり、と一人分の空間を一気に詰めてリゼが再び顔を寄せてきた―――と理解した時にはもう両の腕が玲斗の首に回されている。


「だったらこれも、しょうがないよね」


 唇が、合される。

 リナの触れあうだけのようなものとは全く違う。

 腕でがっちりとホールドされ顔を動かせないでいた玲斗は受け入れるしかなかったが、リゼの唇は長く合されたまま離れようとしなかった。

 まるで誰にも奪わせないとでも言うかのように。

 目を閉じることを忘れた玲斗の眼の真ん前には目を閉じたリゼの顔がある。

 その可愛さに魂を奪われるような気さえしたが、それ以上に合わせられたままの唇に全神経が集中してしまったかのように感じて、何も考えられなかった。

 そして、それと同時に思い出したことがあった。


「ぷはっ」


 唇がようやく引き離される。

 リゼは腕を玲斗の首に絡めたまま、とろんとした表情を向けていた。


「なぁ、リゼ」

「うん、何?」


 リゼの声は熱に浮かされたような雰囲気だった。


「俺、前にリゼとキスしたこと、ある?」


 唇に感じた感触は、なぜか覚えがあった。

 さっきのリナの唇とは違う。

 何故かそう直感したのだ。


「ふふっ、思い出したんだ」


 一瞬目を見張った後、いたずらが成功した子どものような顔で笑う。


「じゃあやっぱり……!」

「そうよ、例の裏山監禁事件の後にね。あーあ、私の中ではこの10年の間に黒歴史になってたんだけど、まさか思い出されちゃうなんてね」


 そう言って照れたように笑うのだった。


「で、それがリナにばれちゃって二人で結婚を迫ることになっちゃったわけ」

「そう言うことだったのか……」

「あの頃は入れ替わるためにお互い何でも話してたから、隠すっていうことが頭になかったのよね」


 それがあれにつながったと……。

 玲斗は母親から聞いた現場の話を思い出して頭を抱えたくなる。


「そのあとすぐに引っ越して、私はその時のことが恥ずかしくなっちゃったけど、リナはそれがきっかけで余計に玲斗の事好きになっちゃったみたい」


 そう言って笑うリゼの顔が何だか妙に愛おしく感じたのは、子どもの頃の別れを思い出したからだろうか。


「リゼ」

「え?」

「もう一回、したい」

「……いいけど、私だけじゃなくてリナのことも幸せになれるようにしてよね? 大切な妹なんだから」

「……分かったよ。俺にとっては大事な家族なんだからな」

「よろしい」


 何故か上から目線で頷くリゼに、今度は玲斗がその背中へ手を回す。

 再びリゼが顔を赤くし、ゆっくりと目を閉じた。

 それを見て、今度は玲斗の方から顔を近づけていく。

 もう、二度と手を離さない。

 もう、二度と忘れない。

 心の中でそう誓って。

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彼女はどっちだ!? 橘トヲル @toworu

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