第12話 誰にも譲りたくないもの


 薄暗い道を、リゼの手を引いたまま歩く。

 すでに駅前のにぎやかな空間からは遠く離れている。

 ちょうどさっきまでリナと話していた公園が目前にあった。


「玲斗、手、痛いよ……」

「っ……ゴメン!」


 普段とは真逆の、弱弱しい声を背後から掛けられて慌てて手を放す。

 それまでなんともなかったのに、急に握っていた手が熱を持ち始めたようだった。


「ねぇ……」


 ずっと握られていた手を自分の胸元で抑えながらリゼが呟く。


「どうして助けてくれたのよ」

「……どうしてって言われてもな」

「黙ってればよかったじゃない。どうせただの酔っ払いだし、放っておけばそのうちどっかに行ってた。でも間に入ったら、あんな風になるって分かり切ってたでしょ」

「じゃあ黙って見てればよかったっていうのかよ」


 少し拗ねた風に玲斗が訊ね返すが、それに対して過剰なほど大きく首を左右に振る。


「そうじゃないの! 玲斗が殴られそうになった時私、すごく怖かった。私のせいで玲斗が傷つくのが怖かった。でも間に入ってくれたのは素直にうれしくて……あっ、でもリナにそんな風にかばってもらったって言ったらうらやましがられるかな」

「……とりあえず、ちょっと落ち着け。あっちで少し座って話そう」


 そう言って指さしたのは、ついさっきまでいた公園だ。

 このまま家に戻ってからでもよかったが、リナがいるところでは話しにくいこともあるだろう。

 リゼの前をできるだけスピードを合わせながら歩く。

 公園の中へ入っていくと、次第に二人の距離が縮まっていく。


「……このくらいの暗さでもダメか?」

「だっ、大丈夫よ!」


 そうは言うが、手は玲斗の服の裾に伸びてきてしっかりと握りしめた。

 それには何も言わず、街灯の真下にあるベンチへと向かった。せめて明るいところがいいだろうと思ったのだ。


「座ったらどうだ?」

「う、うん……」


 玲斗の勧めに頷きはするものの、裾を握ったまま動かないリゼにため息をついて玲斗はベンチへと移動する。裾を握っているリゼは半ば引かれるように一緒に座ることになった。

 リゼから死角になるところでこっそりリナへとメールを送った。

 リゼを見つけた、と。

 すぐに返信があって「家で待っている」と帰ってきたのを見てほっと一息。

 リナの方はこれで問題ないだろう。

 家を出た時のリナも相当な混乱具合だった。

 それこそさっきのリゼと同じようにだ。

 さすが双子。

 そんなどうでもいいことを考えてしまう。


「落ち着いたか?」

「す、少しは……」


 そう問いかけると、少し顔を赤らめてリゼが頷く。

 どうやら冷静になって見てさっきの自分の言動が恥ずかしくなったようだ。


「……リナ、心配してたぞ」

「……ゴメン」

「それは後で本人に言ってやりな」


 コクリ、と頷きのみを返して黙り込んでしまうリゼ。


「どうしてあんなところまで来てたんだよ」


 こんな程度の暗がりにすら怯えるというのにどうして……。


「……私、卑怯なことしてた」

「卑怯?」

「リナのため、って言って本当はリナのせいにしてたのかもしれない」

「それは……」

「ゴメン、最後まで聞いてくれる?」

「……分かった」


 口を挟もうとした玲斗をやんわりと押しとどめるリゼ。玲斗としては頷くしかなかった。

 その様子を見てからリゼは大きく息を吸って話し始めた。


「もともと私たちはほとんど同じ双子だった。でもお互いに物心がつき始めた時、私の中にあったのは『お姉ちゃん』でいたいっていう思いだった」

「お姉ちゃん?」


 リナの姉なんだから、リゼはお姉ちゃんで間違いない、そう考えて聞き返す。


「なんていうか、不安だったのよ。私たちはお互いに替えの利く揃いの物だったから」

「そんな言い方っ」

「分かってるわよ。たとえの話。でもあの頃の私はそれが真実だと思ってた。だから私はリゼのお姉ちゃんとして頑張らなきゃいけないと思った。勉強も、人付き合いも」


 その声には努力も苦労も感じられた。

 きっと相当な積み重ねがあったのだろう。


「でもリゼはずっと自分のやりたいことだけをやってて。そんなリゼがすごく可愛かった。それにカッコイイとも思った」

「カッコイイ? あれが?」


 玲斗が思い出すリナは朝起きるのが苦手で、人と話すことも苦手で、正直生活破綻者に近いものだ。

 思わず出た声にリゼが睨んでくるのを「可愛いというところは同意するけどな」と慌てて付け足すと、満足げに頷く。

 危なかった。


「いつも自分に正直で素直な子なのよ。だから私はあの子が幸せに、欲しいものが手に入るようにしてあげたかった。だから玲斗と再会できるってことになった時、今もまだ好きだって言われて私は決めたの。あの子とあなたをくっつけるって」

「それであの夜のことにつながるわけか」


 リゼが夜中夜這いを仕掛けてきた日のことを思いだす。


「でも、私一つ思い違いをしてたことがあったみたい」


 そこでリゼのまっすぐな瞳が急に玲斗へとまっすぐに向けられる。


「私、あなたのこと思ってたよりもずっと好きだったみたい」

「!」


 驚きとともに、胸の中を何か暖かいものが満たしていく。

 何も言えないでいる玲斗にリゼは訥々と続けた。


「玲斗に言われたことをちゃんと考えてってリナに言われて、考えてみたの。もし、玲斗とリナが付き合った時のこと、とか。それで気が付いちゃった。私も玲斗のこと好きだったんだって」

「リゼ……」

「自分の中にこんな気持ちがあるなんて全然知らなかった。誰にも、リナにですら渡したくないものが出来るなんて」


 そう言って苦笑するリゼ。


「ほんと、何言ってんだって思うわよね。あれだけリナのことを好きになれって言ってたのにさ」

「……感情なんて、そんなもんだろ。理屈でどうにかできるもんじゃないし、理由だってよくわからない」

「ほんとにね……ありがと。話してたらなんだか少しすっきりしたかも。リナに早く謝らなくちゃね。正々堂々、って言われてたのにずっとだましてたんだもん」


 そう言ってリゼはベンチから立ち上がる。

 リゼの表情は座ったときとは違って少しばかり晴れやかなものになっている。

 本当に話すことですっきりしたのだろう。

 でも、玲斗の方にはまだ話すことがある。


「なぁ、リゼ。俺も少し話したいことがあるんだ」

「ん? 何?」

「俺、お前の事、好きみたいなんだ」


 さぁっと夜の湿った空気が二人の間を駆け抜けていった。

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