第11話 手を出すな!


 あてどなく歩いていたリゼだったが、気が付けば駅前にいた。

 なんとなく、明るい方へと向かって歩いていたようだ。

 普段こんな暗くなる時間に出歩くようなことはしない。

 だから見慣れた駅前の光景なのになぜか全く違った雰囲気で、妙な高揚感を覚える。

 人がまばらな駅の様子も、次々に閉まっていく店の様子も。

 だから少しだけ、周囲への注意が散漫になっていたのだろう。


「いてっ、何だよ―――お?」


 ゲームセンターの前、たむろしていた若い男の背中にぶつかってしまったのだ。


「あ、すみません」


 そう言って立ち去ろうとしたリゼだったが、その歩く先を別の若い男がふさぐ。


「ちょっと待ちなよぉ」

「な、何ですか? ぶつかったことなら謝ったでしょう?」


 強引に道をふさいでくる男に若干の怯えを隠しながら言う。


「いやぁ、それは別にいいんだけどさぁ、ちょっと一緒に遊んでこーよ」

「い、いえ。急いでますので」

「そんなこと言わないでさぁ」


 にやついた笑みを近づけて言うが、リゼは体にまとわりついている酒のにおいに気が付いた。

 どうやら結構酔っているようだ。


「んー? おい、どうしたんだ?」

「あー、かわいこちゃんみつけちった」


 そんな酔っぱらい二人に絡まれていると、ゲーセンの中からさらに数人の男たちが現れた。どうやら連れの様だった。

 そしてそいつらもリゼのことを認めて、まるで獲物を見つけた獣のような視線を投げてよこす。

 視線が怖い。

 そう思ったのは初めてのことだ。

 リナからはよくそんなことを言われてきたが、自分でそうと感じたのは初めてだ。

 囲んだ連中が何事かをリゼに話しかけてくる。

 だがそれはリゼの耳を意味のない音として通り過ぎていく。

 むやみに反応して相手を調子づかせても意味はない。

 リゼはただ心を固く閉じて、男たちが興味を失ってくれるのを待っていたかった。


「いいじゃんかよぉ、ちょっとくらい付き合えって」


 だが実際にはそうもいかない。

 男が強い力でリゼの腕をつかむ。

 掴まれたところがぞわりと粟立つ。


「いやっ、ちょっと!」


 にやけた顔が近づく。

 嫌悪の感情が胸の中で膨らんで。

 けれど体が動かなかった。

 玲斗だったら、遠慮なく蹴り飛ばせていたのに。

 今はただ恐怖に縛られていた。

 助けてほしい。

 ただそう思った。


「おい、何やってんだよ」


 助けが、来た。


   ◇

 

 近づいてすぐにわかった。

 酒の臭い。

 考えていた中でも面倒な方。

 だけど玲斗はかまわずリゼと酔っぱらいの間に割って入った。

 リゼを掴む手を強く握って引き離す。


「あーん? あんだよお前はよぉ」


 しかしそれには構わず、男がさらに手を伸ばしてリゼを掴もうとしてくる。

 その手を見て玲斗はとっさにパンッ、と手をはたいた。


「さわるなっ!」


 その声に目の前の男がひるんで硬直する。

 背後のリゼも同じだった。

 そして声を出した玲斗自身も驚いていた。

 こんなに大きな声を出すつもりはなかった。

 少し離れたところにいつ通行人まで「なんだなんだ」とこちらを見ている。


「くっそ、このっ!?」


 その視線に男も気が付いたのだろう。羞恥からか顔を赤らめて、拳を作る。

 あ、やばい。

 そう思った時には遅かった。

 男の握った拳が肩まで持ち上げられて今にも玲斗へ向けて伸ばされようとしている。

 ああ、このままだと殴られるな。

 と頭のどこかの部分で冷静に考える。けれども避けるわけにはいかない。後ろにはリゼがいるのだ。殴られても後ろにかばったリゼに拳が当たらないようにぐっ、と覚悟を決めた。


「おい、やめとけ」


 だがそうはならなかった。

 男の後ろにいた仲間がその拳を掴んで止めたのだ。


「けどよ!」


 拳を止められた男はそれでも憤懣やるかたないと言った顔で食って掛かる。


「彼氏持ちだろ、手ぇだしてどうすんだよ」


 興奮している男とは対照的に冷めた視線が玲斗とその後ろで「かっ彼っ」と挙動不審になっているリゼを眺めた。


「ちっ、ナイト気取りかよ」


 掴まれていた腕を振り払うと男は背を向けて歩き出した。

 苛立たし気に地面を蹴りながら。


「仲間が怖い思いをさせて悪かったな」

「……いや、こっちも悪かった」


 未だ油断せず、玲斗も謝罪する。

 本当はもっと穏便に介入するつもりだったのだ。

 それがどうしてこんなことになったのか、未だに自分でも理解できないでいた。

 できるだけ見せないようにしていたが、足も若干震えているかもしれない。


「おい! 何してんだよ!」

「分かった、今行く」


 遠くから別の仲間が声を掛けてくるのに返事をして「それじゃ」と言って男は去っていった。

 何事か言いあいながら去っていくのを見送って、ようやく玲斗は大きく息を吐いた。

 けれど気を抜くことはしない。

 まだやることがある。


「行くぞ」

「え? あ、ちょっと!?」


 リゼの手を放すことなくそのまま強く引っ張る。

 向かう先は家の方向。

 リゼは強く手を引っ張ると、何も言わずについてきた。

 その顔はいろいろな感情を映しているようで、何を考えているのか判別がつかない。

 と言うよりも一番混乱していたのは玲斗の方だったのかもしれない。

 なぜならリゼの顔を直視できないほどに顔を赤くしていたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る