どくしょするさかなたち
帆場蔵人
第1話 青い花束
本邦、初の翻訳作品ばかりだという20世紀ラテンアメリカ短篇選から『青い花束』、メキシコの詩人・オクタビオ・パスの作品である。
ある男が夜中に宿の主人が止めるのも聞かずに宿を抜けだして町を散歩するお話。五頁ほどの短さなので、気になって短時間で十回ほど読んだ。タイトルの青い花束、が出て来る真ん中辺りから話を進めていく。
〈引用開始〉
背中にナイフのきっ先が当たり、やさしい声がした。
「動かないで。さもないと刺さりますよ」
僕は振り向かずに訊ねた。
「何が望みだ?」
「あなたの目です」。穏やかな、恥ずかし気なといってもよさそうな声がした。
「僕の目だって?何のために?ほら、少しばかり金がある。多くはないが、ないよりましだ。放してくれれば、持っているものを全部やろう。殺さないでくれ」
「こわがらないで下さい。殺すつもりはありません。ただ目を取るだけです」
僕はかさねてたずねた。
「でも、どうして僕の目がほしいんだ?」
「恋人の気まぐれなんです。青い目の束が欲しいって。この辺りに青い目をした者はほとんどいません」
〈引用終了〉
このナイフ男は狂っているのか、恋人も狂っているのか?と不条理な恐怖に襲われる。またその狂人の描写が、やさしい、穏やか、恥ずかしげ、と柔らかく描かれるから一層、奇妙で嫌な印象が強まる。しかし、ただ不条理な人間の気まぐれや怖さ、を描いているのかと言えば違うのかもしれない。
メキシコと言えばスペインに植民地支配された過去があり北米とも争っていた。青い目の花束とは白人の瞳を指しているのかもしれない。この辺りには青い目をした者はほとんどいない、というのも描かれてはいないが白人が住んでいない地域を思わせる。また青い花で調べてみるとBLUE EYE GRASSアヤメ科の植物で北米原産の花であり、名前も原産地も青い目の花束を思わせる。
しかし、そういった時代背景などはさて置き、ゾッ、とするのは宿屋の主人が片目であることを読み返したときだ。それまでの青い花束について考えた理屈など飛び去ってしまう。やはり単なる狂人に出会ったのかもしれない、と考えてしまうのだ。
ぼくたちは気づいていないだけで、常に不条理のナイフを瞳に突きつけられていていつ突き刺さるのか、はわからない。そしてそれに一生、気付かずに終わる人もいるかもしれない。
どくしょするさかなたち 帆場蔵人 @rocaroca
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