第11話 「夕夏、アイス食べる?」

夕夏ゆうか、アイス食べる?」


「たべゆ~。」


 久しぶりに、姉ちゃんが仕事で本部に出て。

 その間…あたしと母さんは、夕夏を連れて買い物に出かけた。


 明日から、あたしと志麻がドイツに一ヶ月…行く事になって。

 今回はアメリカにも数名、そして新しく拠点とされるかもしれないイタリアに浩也さん達が出向く事で、姉ちゃんがヘルプで数日本部に行く事に。

 ま、専業主婦ってガラじゃないもんね。


 少しの間、夕夏は二階堂で過ごす。

 今は母さんが出る現場もないし。

 ちょうどいい。



「ばちゃま、しゅき。」


「ばちゃまも、夕夏大好きよ。」


「あっ、泉は?泉も好きって言って?」


 二人の会話に割って入ると。


「いっちゃん、しゅき~。」


「あはは!!夕夏可愛い~!!大好き!!」


 ほんっと!!可愛い!!

 こんな可愛い姪っ子産んでくれた姉ちゃんに感謝だ~!!

 あ、わっちゃんにも。



 そうやって、あたしと母さんがアイスクリーム屋の前で夕夏にメロメロになってると。


「……」


 どこかで見た事のある女の子が…あたしの隣に並んだ。


 …あー…この子…

 あの時の…



「ストロベリーとチョコミント、カップで。」


 その子はあたしの顔をチラチラと見ながらオーダーをして。


「あっ。」


 思い出した!!って顔で、あたしを正面から見た。


 そして…


「くんちゃんの彼…うぐっ…」


 あたしはその子の口を塞いで。


「…彼女じゃないから。」


 母さんと夕夏を目配せしながら、耳元で小さく言う。


「……」


 女の子はコクコクと小さく頷いて。


「…こんにちは~…」


 あたしに、挨拶し直した。


「…こんにちは。」


「あら、泉…知り合い?」


「うん…ちょっと…」


 女の子はカップのアイスを買って手にすると、あたしの腕を引いて母さん達から少し距離を取った。


「くんちゃんと別れたの?」


 …くんちゃん。


「…残念ながら、あたし以外の女とも平気で寝るって考えには付いてけなくて。」


 低い声で早口で言い切る。


「んー…ま、人それぞれよね。あたしも彼氏がいる時は、他の人とはしないもん。」


 その言葉に、あたしは目を大きく開けて。


「なのに、彼女のいる男とは寝るの?おかしいんじゃない?」


 少し、凄んで言ってしまった…


「あ…あああ…うっうん…だから、ちょっと反省した…くんちゃん、あれから一度会ったけど、出来なくなってたよ?」


 あたしに凄まれた女の子は、首をすくめて申し訳なさそうな声を出した。


「は?」


「だから…彼女にフラれた…って落ち込んでたから、慰めに行ったんだけど…たたなかったのよ。」


「…たたなかった?」


 真顔で、首を傾げる。


「もう。やだな。勃起しなかったんだってば。」


「……」


「相当ショックだったんじゃない?すごく好きだったみたいだし。」


「…すごく好きなら、他の女とそういうのして欲しくなかったな。」


「まあ、そうだけど…でも、すごく自慢してたよ?自分より仕事の出来る女は、あいつだけだって。カッコいい女だけど、超可愛いって。」


「……」


「あたしを抱きしめててもさ、えっと…名前…」


「…泉。」


「そう。『おまえが泉ならいいのにー』って言ってたし。」


「…ねえ。」


「え?」


「これ、薫平の差し金?」


 そう言ったあたしに、女の子は丸い目をして。


「まさか。あたし、そんなに暇じゃないし。」


 キョトンとしたまま言った。


 ああ…

 あたし、ひねくれてる。

 おはじきを使いによこした薫平なら、こんな事もするかもって思ってしまった。



「今夜は合コンなの。美容院行ってきた所。」


 女の子は艶々な髪の毛の裾を、手でクルンとして見せた。

 その様子は、何だかあたしが体験した事のない女の子としての輝きに思えて…

 少し羨ましくなった。



「好きなのに過ぎた事にこだわってたら、失くしちゃうよ?」


「…そんな事言われても…」


「ま、あたしが言うなって思うかもしれないけどさ。くんちゃん、本当に消えてなくなりそうになってたから。」


「……」


「素直が一番。好きなら好き。それでいいじゃん?じゃあね~。」


 少し…女の子に感謝した。

 好きなら好き…

 あたしのそれは、薫平に全て向いてるかどうか分からないけど…

 薫平に付けられた傷を、薫平に治して欲しいとは思った。



「…母さん、ごめん。あたしちょっと…」


 母さんと夕夏の所に戻ってそう言うと。


「いってやっしゃ~い。」


 夕夏が笑顔で手を振った。


「…ありがと。ごめん。」


 それからあたしは…走って丘の上の家を目指した。


 だけど…


「……なんで…?」


 そこには…もう、薫平はいなかった。




 翌日から、志麻と一緒にドイツに発った。

 仕事よ。

 仕事だよ。

 あたしは…切り替えた。



 薫平の…あの丘の上の家。

 空家とは書いてなかったけど…あきらかに、生活の匂いは消えてた。

 デッキに回って家の中をのぞいても…何もなくなってた。


 あたしが…おはじきが配達してくれた手紙を読んで、すぐ行ってたら…違ってたの?

 だけど、携帯があるんだから…

 直接連絡してくれたって良かったのに。

 …あたしからも、すればいいんだろうけど…

 それは、勇気がない。

 今更何。って言われるのが…怖い。



「はっ…」


 突然、腕を掴まれて我に返る。


「何してるんですか。」


 今日は珍しく…瞬平も現場。

 瞬平に厳しい声で言われて…目が覚めた。


 ダメダメ!!

 今は仕事に集中!!



 瞬平を見ると辛くなるかな…って思ったけど、双子でそっくりなのに、もう違う顔にしか見えなかった。

 瞬平は小型犬で、薫平は猫だ。



 いつもは一日が早く感じるドイツの現場も…

 今回は、なぜか長く感じられた。

 それは…

 いつもと様子が違ってたからかもしれない。


 …志麻が…



「どうした?おまえらしくないな。」


 ドイツに来て二週間が過ぎた頃。

 父さんが現場の応援に来た。

 と言うのも…

 志麻が…ミスをしたから。



「…すみません。」


「何かあったのか?」


「いえ…もっと集中します。」


 普通の人なら…しても仕方ないようなミスなんだけど…

 志麻だから、あり得ないミスだった。

 それには、あたしも瞬平も…父さんも驚いた。


 今回は、こっちに来た時からすでに…志麻の様子がおかしかった。

 ソワソワしてたり…

 やたらと早く部屋に戻りたがったり…

 スマホを気にしてる事も多かった。


 朝子に何かあったのかな?って、瞬平と話した時点で…

 あたし達の中で、志麻=朝子みたいな図式。



「別れたらしい。」


「……」


「……」


 それは、父さんと瞬平と、三人でご飯を食べに行った時の事だった。

 父さんがそう言って、あたしと瞬平は少しだけ口を開けて…顔を見合わせた。

 その時の瞬平の顔が…

 他の女の子と寝るのはダメなの?って言ってる薫平の顔と重なって。

 少し、頭を振った。



「…何で?」


 手にしたスプーンを置いて問いかけると。


「待たせ過ぎた、と。」


「……」


 そんなの…

 解ってたんじゃないの!?

 どうして早く何とかしなかったんだよー!!志麻!!


「…それでミスするなんて、志麻らしくないですね。」


 瞬平は淡々とスープを飲みながら言ったけど、声に元気はなかった。


「…なんか、胸痛い…」


 溜息をつくと、胸の痛みが増した気がした。


 兄貴が紅美と別れて…朝子ともダメになって…

 あたしも…聖とはダメで…

 薫平とも…あんな事になったし…

 まさか、志麻まで。

 二階堂を出た朝子だけが、結婚してハッピーになってる。


 …やっぱ、二階堂って…!!



「命懸けて頑張る仕事に誇りは持てるけど…二階堂って恋愛下手しか育ってない気がする。」


 独り言みたいにつぶやいたのに、耳のいい二人はしっかりそれを聞きとめてて。


「……」


 瞬平は無言でスプーンを置いて。


「…泉。志麻の前では言うなよ。」


 父さんも、なぜか…胸の痛そうな顔をして、そう言った。




「瞬平、咲華さんの事、本気で好きだったの?」


 食事の後、初めて瞬平と二人でバーへ行った。

 そこで…ちょっと突っ込んで聞いてみる。


「…どういうのが本気なのか、恋愛下手な私には分かりません。」


 瞬平は、少し冷たい声で言った。


 う…

 恋愛下手って言ったの、堪えてるのかな?



 しばらく黙って飲んでると。


「…きっと、仕事は慎重になるのだと信じたいけど、人相手だとどうしてこんなに無神経なんですか?って…言われました。」


 瞬平は、何かを後悔したような顔をした。


「え?」


「…あの人に…そう言われました。」


「……」


 あえて…『あの人』って言うのは…

 名前を出すと、まだ辛いのかもしれない。


「無神経…か。何言ったの。」


 これまた傷が深そうな瞬平に、あたしはズケズケと問いかける。


「……」


 瞬平は、ふぅ…と一瞬肩の力を落とした後。


「…すみません。少しだらけます。」


 そう言って、カウンターに肘をついて、手の平に頬を乗せた。



「自分でも、何が悪いかなんて分からなかったんです。今までと同じようにしたつもりでも、よく考えたら私は一般人を好きになった事がなくて。」


「…ふうん…」


「だから…思った事を口にして、いつもの…自分主導の恋愛に持って行こうとしたのですが…」


 自分主導。

 うーん…

 なるほど…

 分かるような、分からないような…


「答えが出てるから、簡単なんだって思ってました。」


「答え?」


「…あの二人、一度別れたの…ご存知ですか?」


「えっと…確か、志麻が肩入れしてたから…あたしも注意したよ。あの頃って、もう付き合ってたの?」


「はい。私も…志麻の肩入れ具合が面白くなくて…二人の邪魔をしてしまいました。」


「…ふうん…」


 瞬平は…

 昔から、志麻が大好き。

 志麻がする事を真似たり…少しでも志麻に近付きたいって、よくくっ付いて歩いてたっけ。


「二人は別れたし…それって、もう答えとして出てるわけだから…あの人が次の恋に進むのは簡単なのかと思ったんです。」


「……」


 瞬平のあさはかさに、少し苦笑いした。


「そしたら…言われました。」


「…なんて?」


「人の気持ちは単純かもしれませんが、恋が絡むと複雑なんです…って。」


「……」


 瞬平はグイグイとお酒を飲んで、溜息をついては何があるわけでもないのに、天井を見上げた。



 …咲華さん。

 その通りだよ…。


 あたしも…

 好きなら好き。それでいいじゃん。なんて言われて、そうだ!!って思ったけど。

 そこに恋心があると…

 傷付きたくないって防御線…張ったっておかしくない。



「…まだ好きなの?」


 煽るようにお酒を飲んでる瞬平に問いかける。

 いつも白い顔なのに、頬がほんのり赤い瞬平。

 酔ったかな。


「好きって言うか…なんか…忘れられないって言うか…」


 …酔ってるね。



「僕に…あんな風に言った人、今までいなかったから…」


「…そっか。貴重な存在だったね。」


「…サクちゃん…って…彼女じゃなくてもいいから…また友達みたいに…呼べるようになりたかった…」


「……」


 瞬平は、何をどう思い出したのか…少しだけ泣いた。

 あの会社に潜入してたのは…約三年前。

 大好きな志麻と、意外と気の合ってしまった咲華さんとの間で、きっと瞬平の気持ちは揺れたはず。


 どちらも好きなのに、そこに自分が入っていない事への苛立ちや…

 とられてしまう。って…変な思い込み。



 カウンターに突っ伏した瞬平の頭を撫でる。


 頭を撫でながら…


 聖は元気かな…

 薫平は…どこにいるのかな…

 って。

 あたしの気持ちを掴んで離さない二人の男の事を…


 少しだけ、考えた。




 41st 完

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いつか出逢ったあなた 41st ヒカリ @gogohikari

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