第33話 幕間

「かくして、魔女コルキアが生まれたのです。彼女は、村人達からの差別に耐えながら、しもべであると共に、魔法の師でもあるクロヴィスの教えを受け、魔法学を学んでゆきました。学び終えると、祖国ミーレンスの魔法学界に進出し、戦争や暗殺に使われるような攻撃的な魔法や呪いの分野を研究して、たちまち頭角を現し始めます。優秀な魔法使いには、潤沢な研究資金があてがわれます。その例に洩れず、コルキアにも十分な資金が与えられました。そして、いよいよ彼女は、資金を元手に当初からの目的である解呪、死者蘇生の実行のため、数々の禁術研究にも手を出し始めるのです。それが、魔法学界のタブーに触れ、コルキアは学界を放逐されてしまいます。けれど彼女は諦めませんでした。裏社会に違法な呪具を売りさばいては金を稼ぎ、それを用いさらに研究を続けました。そうして幾たびもの研究と実験を重ね続け、失敗を繰り返し、引き換えに思わぬ成果を引き出すこともありました。延命、不老、寿命の操作。従来の魔法学では不可能、いえ、禁忌に触れるために、あまりにも危険なために、研究そのものが禁じられた分野において、コルキアは目覚ましい成果を上げ、それを自分のものとしたのです。けれど未だに、彼女の本当の目的は果たせていないのです。」

  

 力強く、それでいて繊細な声で朗々と語るは夜会服を纏った青年。彼は、王城の庭に据えられた噴水の囲いに腰掛けて、武装した兵士たちに囲まれていた。だが、捕まえられかけているわけではないようだ。その証拠に、兵士たちはリラックスした様子で、彼の紡ぐ物語に心奪われていた。


 青年が、物語の途中で黙ってしまったので、兵士たちは「どうした」と続きを促した。


「まさか忘れちまったのかい。語り部さんが商売道具を忘れちまうなんてよお」


 呆れた様子で四角い顔をした一人が言うと、他の兵士たちも騒ぎ出す。そのうち一番若そうな兵士が「語り部どの」と青年へ話しかけた。


「まさか忘れたわけではないでしょう。焦らさないで教えてくださいよ。魔女コルキアはどうなったんですか。目的は果たせたんですか」


 青年は、「いえ」とようやっと口をきいた。喋るのをやめ、兵士たちは青年を期待を込めた眼差しで見つめる。


「まだです」


「まだ?」


「この物語は遠い昔から始まったものですが、未だに終わっていないのです」


「え。ってえと……ん?どういうことだ」


 四角い顔の兵士が首をひねる。


「なぞかけかなんかかい?」


 その問いに、語り部の青年は笑った。


「そんなにひねくれて受け取らなくても大丈夫ですよ。素直に、そのままの意味で、受け取ってください」


 また、若い兵士が口を開いた。


「ひょっとして、魔女コルキアは今も目的のために、魔法の研究を続けている、ということですか」


 その言葉に、周囲は一瞬静まり返ったが、一番体の大きな兵士が「まさか」と笑い飛ばした。だが、語り部が笑いもせずに真剣な様子でいるのを見て、「本当か」と真顔になった。


 その時、遠くから語り部に群がっていた兵士たちを呼び回る声が聞こえてきて、兵士たちは一斉に顔をしかめた。


「おいお前ら!休憩時間はとっくに過ぎてんだぞ!!」


「あ、やべ、上官がキレてる。調練に戻らなきゃ」


 兵士たちはあたふたして、語り部に「じゃあな、また面白い話を聞かせてくれや」と声をかけてワッと走って行ってしまった。遠くの方で、上官がまた彼らに怒鳴り散らす声が青年のところにまで聞こえてくる。


「調練どころじゃなくなった。街の上空に竜が出たっ」


 青年は騒いでいる城の兵士たちの声に耳を傾け、楽しそうに笑った。


「さて、コルキア。あなたは自分の物語にどんな終止符を打つのでしょうね」


 男は、手元に置いてあった一冊の書物の表紙をリズミカルに指で叩いた。



 城の上階。この国の王は、王都の上で空を舞う黒い竜を険しい目で見ていた。彼の背後には、息子である王子。ミシェルが控えている。


「父上。あれが、父上の話してくださった図書迷宮ですか」


 正式に次期王位継承者となった際、父から聞かされた極秘の存在の名を、ミシェルはまだ慣れぬ様子で言った。王は、外の様子を眺めたまま頷く。


「そうだ。そして、そばにいるあの女性。あれがおそらく……マクレガン館長と、あの男が言っていた図書迷宮を狙う魔女。コルキアであろうな」


 王は振り返り、ミシェルへ命令を下す。


「なぜこのような事態になっているのかは不明だが、幸いにも何をすべきなのかは明確だ。図書迷宮を魔女へ渡してはならぬ。ミシェル。お前に軍を預ける。軍を指揮し、魔女を討て。いずれ王位を継ぐものとしての手腕、見せてもらうぞ」


「はい、父上」 


 「討て」という言葉に、ミシェルは一瞬眉根を寄せたが、すぐに頭を下げ、立ち上がった。ローブを翻し、早急に父王の元を去る。残された王は、ただ一人静かに、空を舞う竜の姿を目で追い続けた。


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