第26話 急転直下
「どうでした?」
今にも崩れそうな空家から出てきたコルキアの耳を、美しい男の声が撫でた。いつの間にか自分のすぐ隣に立っていた背の高い男—クロヴィスを、コルキアは横目で見上げる。
「行き先はわかった」
ただ一言そう告げると、コルキアは鎌の柄から手を離す。鎌はそのままやかましい音を立てて石畳へ倒れるかと思ったが、そうはならない。少女の背丈を越す巨大な鎌は、そのまま地面と平行になって宙に浮いた。コルキアは椅子に腰掛けるような調子で、鎌の細い柄に腰を落とす。少女の体重がかかっても、鎌は沈まずそ
のまま浮かんでいる。
「あの子はどうするんです」
空家の二階にそれとなく目を向けたクロヴィスの問いに、コルキアはにべもない。
「用済みだ。捨て置け」
吐き捨てると、コルキアは刃がついていない方の柄を掴み、それを引き上げた。大鎌はそれに合わせるように、刃のついた方を下にして傾く。かと思うと、コルキアを乗せたまま、大鎌は真っ青な空を裂くような勢いで空へ急発進した。クロヴィスは、目深にかぶったシルクハットの鍔をわずかに上げて、それを見送る。下卑た笑みを口に張り付かせながら。
*
コルキアは、王都上空まで一気にたどり着くと、そこで鎌を止めた。一呼吸置いてから、腰に革製のベルトで巻き付けていた四角い鞄の中からコンパスを取り出す。それで方位を確かめてから、コルキアは進むべき方向を定めた。王都南西、ウィリデへ向けて、空を飛ぶ魔法の大鎌を駆り、黒衣の魔女は魔力猫の里を目指す。
*
メルにヴェスターの居所を吐かせたコルキアが、鎌を駆り王都を立つより少し前のこと。
「メル!メル!?どこへ行ったの、メル!」
泣きべそをかきながら、シャーロットは静まり返った庭園に向かい声を張り上げていた。草の上に散らばったパンやサンドウィッチの切れ端、それが入っていたバスケットもそのままに、シャーロットはたった今魔女と共に消えた友達の名を呼びながら、東屋から伸びる小径を辿って行った。途中ですれ違った人々は、王立図書館の制服を来て取り乱している少女を驚いたように見つめ、道を譲る。
「メル、メル。どうしたらいいの。私、どうしたらいいの」
とうとう庭園の出入り口が見えてきて、シャーロットはふらふらした足取りで木製の小さな門へ駆け寄った。そのままくぐり抜けて、あまり深く考えずに隣接している王立図書館の正面口に向かう。すると、ちょうど図書館の前に馬車が停まっているのが見えた。それに乗り込もうとしている女の人はマクレガン館長だ。
「館長!!」
シャーロットは大声で館長を呼び止めた。馬車の中へ消えていこうとしていた館長の背中が止まり、くるりとこちらへ向く。驚く馭者を尻目に、シャーロットは全速力で館長の元へ駆け寄った。
「館長、ああ、どうしましょう。メルが、メルが」
「ミス・クラプトン、どうしたのです。落ち着いて。全く話が見えてきません」
館長に肩を押さえられ、シャーロットは幾分正気を取り戻す。懸命に頭の中で状況を整理しながら、館長へ言った。
「メルが、メルが魔女にさらわれました……」
「魔女……」
館長は一瞬怪訝な顔をしてから、「まさか」と顔を引きつらせる。
「図書迷宮を狙っているという、あの魔女のことですか」
シャーロットは「そうです」とうなだれた。
「庭の東屋でメルと昼食を取っていたら、急に現れて。私、どうすることもできませんでした。魔女はメルを檻に捕らえて、そのまま、消えてしまって……」
「どこへ行ってしまったのか心当たりは?」
「ありません」
力なく首を振るシャーロットを見てから、館長は迷ったように馭者の方へ目を向ける。それから、ここからでもその姿を見ることのできる王城を仰ぎ見て、またシャーロットへ向き直った。
「私は今から王城へ向かわなくてはなりません。ですから、ミス・クラプトン、あなたはさっき私に言ったことを、警吏へ知らせなさい。行方不明となれば、すぐに彼らが捜索してくれるはずです」
「はい、わかりました」
そこでようやく、館長はシャーロットの肩から手を離した。
「いいですね。こういう時こそ冷静に、です」
「はい」
まだ泣きそうな顔をしていたが、シャーロットがしっかり頷いたのを見てから、館長は今度こそ馬車へ乗り込んだ。馭者が馬車の扉を閉めに来たので、シャーロットはその場から退がる。やがて馭者が馭者席に戻り、手綱を握って馬を発進させると、馬車はカラカラと車輪を回して図書館の正面門から出て行った。館長の乗った馬車を見送るのももどかしく、シャーロットはそのまま駆け足で馬車のあとをついていき、馬車が出て行ったのとは反対方向に正面門から出た。そのまま、ここから一番近い警吏の詰所へ向かう。
詰所で事情を説明し、魔女がどうのということに怪訝な顔をする警吏達の尻を叩き、シャーロットがメルの捜索依頼を出し詰所を後にした頃、王都上空を黒い影がよぎった気がして、シャーロットは不思議そうに青い空を見上げた。
「今の……?目にゴミでも入ったのかしら」
目をゴシゴシこすってから、もう一度空を見上げる。それから、真剣な眼差しを作ると胸の前でキュッと二つ拳を握った。
「メル、待ってて。絶対見つけてあげるから」
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