第11話 家路
その後、メルは黒猫の姿になったヴェスターを連れて森を出た。
竜のヴェスターに乗ってはあまりに目立ちすぎてコルキアにすぐ見つかる可能性があったので、メルはヴェスターに馬か何かに変身できないかと尋ねたのだが、ヴェスター曰く、「骨格や筋肉などの細部まで何も見ずに思い浮かべることのできる竜と猫以外の姿にはそうすぐには変身できない」らしい。というわけで、メルが広い農園の中、場違いなパーティ用のドレスを着て、どう王都に帰ったものかと途方に暮れていると、幸運な事に王都へ向かうという商人の幌馬車に行き合った。まさか悪い魔女に追われていて……などとそんなことは言えなかったので、とっさにそれらしい事情を述べると、商人は首をひねりながらもメルを無害と判断したのか、荷台に乗せてくれた。
売り物の林檎がぎっしり詰まった袋たちの隙間に座り、幌の間から遠ざかっていく景色を眺めながら、メルたちはたっぷりと休息を取ることができた。ヴェスターはメルの膝に寄りかかって眠り、メルは眠りさえしなかったがのんびりと農園の風景を楽しみながら、とっちらかっていた髪を耳の横あたりで左右に結い、いつもの髪型に戻した。それから、しばらくボーっとしてから、突然ドレスが汚れたり破れたりしていないか心配になって、あちこちめくったり立ち上がって見下ろしたりした。幸い、ドレスはどこも破れてはいなかった。しかし、黒ずんだ汚れをあちこちに見つけてしまった。仕方がない。転んだり空を飛んだりしたのにどこも破れなかったというだけでも大したものだろう。けれど、せっかく祖母が貸してくれたドレスなのに、という暗澹たる気持ちは拭えなかった。それに追い打ちをかけるように、メルは髪飾りがいつの間にかなくなっていることに気づいた。おそらく、空を飛んで逃げていた時に風に吹かれてどこかへ飛んでいってしまったのだろう。見つけるのは至難の技だ。靴はというと、王城に置き去りである。
土に汚れた素足を眺めながら、メルはため息をついた。全く、生まれて初めての正式なパーティだったのに、コルキアのおかげで台無しである。それに、メルたちが去った後のパーティ会場がどうなったのかが気にかかる。メルが最後に見たパーティ会場の光景は、突如現れた竜に恐れおののき、蜘蛛の子を散らすようにして逃げてゆく人々の姿ばかり。今頃どんな騒ぎになっているのやら。きっと明日の新聞の紙面はその話題で一面が埋め尽くされるだろう。
熟しすぎた果実のような夕日が西の空に沈み始めた頃、メルとヴェスターを乗せた馬車は王都へ到着した。商人に、王都まで乗せて行ってくれたお礼を述べた後、メルは急ぎ足で家路へ着いた。ドレスに素足という妙な格好が恥ずかしくて、できるだけ人通りの少ない路地裏を通る。と、風が吹いてきて、メルの裸足に新聞紙が一枚張り付いた。それを何気なしに拾い上げて見てみると、なんと新聞紙の一面を飾る白黒写真には、黒い竜がでかでかと写り込んでいた。おそらく王城の庭で撮影されたものだろう。パーティを取材しに来ていた記者が撮影機を持ち込んでおり、それで撮影したに違いない。
「わあ、僕だ。メルもいるよ」
メルの肩に乗って新聞紙を覗き込んだヴェスターは、嬉しそうな声をあげた。
写真は、空を飛ぶヴェスターを下から撮影したもので、ヴェスターの前足の中にいるメルもバッチリ写っている。メルは眩暈を覚えた。もう早速号外で記事にされていたのだ。
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