第3話 新しい呪い

「ライ。聞いたよ、ライの『呪い』」放課後になってから、ランはライと対峙した。だんだんとクラスメイトが帰っていく。

 ライはランドセルを机の上に置いてぶっきらぼうに答えた。「有明廻からか」

「そうだよ。ライの呪いは『緊張しているとき必ず成功する呪い』だよね。小学校に上がる前、駄菓子屋『嵐』のある噂を聞きつけたライのお母さんが、ライを連れて『嵐』に訪れた。そう、『呪術を用いて願い事を叶えてくれる駄菓子屋がある。そこの店主は寂秋神社の神主だから、信用できる』ってね。(私は昨日までその噂を知らなかったけど。)もちろん、店主のカイ、有明廻はなんども断ったんだけど、お母さんの必死の願いに根負けして、結局カイの呪いを受けることになったんだね」

「ああ。その通りだ」ライの表情は暗い。

「でも、呪いには裏がある。もちろん、有明廻は説明したし、ライのお母さんも承諾した。だから今、ライはその身に受けた呪いの裏の面に苦しんでるんだよね。『気分がいいとき気候が崩れる呪い』っていう呪いをね。だから、寂秋町に長く続いていた弱まったジンクスが、ライが入学したときから四年間、覆されたんだ。ライの呪いの方が新しく強いからね」

 ライは目を合わせてくれない。ずっと俯いて、暗い表情のまま、視線を落としている。

「……みんなには申し訳ないと思っているよ。気分が向上すると雨が降ってしまうなら、ずっと期待しなければいいんだって。そう思っても、どうしても楽しみにしてしまうんだ。雨が関係ないものならば素直に楽しめるんだけど、雨が影響するものだと、みんなに迷惑がかかってしまう。いくら希望を捨てても、心を鎮めてるから雨が降らないと思うと、結果的に心が踊ってしまうし、そろそろ呪いが薄まってきたんじゃないかって勝手に解釈してしまうこともある。どうしたらいいんだって。思ってしまうんだ」口調に緩急が混じっている。ライがこんなにも感情的になるのは、小学校に入って、出会ってから、初めてだった。

「辛かったんだね」ランはふと呟いた。ただの慰めの言葉ではない。ライの、初めて見せた強い感情が、ランの胸に突き刺さってきた。そのことで、ライの気持ちが痛いほど理解できてしまうのだ。ただの同情ではなく、心からの労いだ。

「呪いのことなんて、誰にも話せないもんね。なかなか信じてくれないだろうし、嘘つき呼ばわりされて、バカにされるかもしれない。そう思うと、悩みが増えて葛藤が深くなる」ランはライの頭部に手を当てた。「四年間、お疲れ様。もう、大丈夫だよ」

 ゆっくりと手を動かして、撫でる。

 ライの目に、涙が溜まっていくのがランにはわかった。そっとライを抱き寄せ、さらに頭を撫でた。教室には二人しかいない。誰かにこの光景を見られることはないだろう。

「大丈夫、大丈夫」ランは繰り返しライの頭を優しく撫で続ける。耳元でライの泣き声が聞こえてきた。


 ライが気がすむまで泣いたあと、ランは告げた。「実はね、私も呪いを持っているの」

「え……?」呆然とするライ。

「例の寂秋町のジンクスを生んだ、かつての寂秋神社の巫女。ライに呪いをかけた駄菓子屋『嵐』の店主、有明廻。私は、彼らと同じ呪いを持っているの」

――『人と話しているとき人の感情がわかってしまう呪い』。そして、その裏は『自分が幸せだと感じているとき他人に祈り・呪いをかけることができる呪い』

 この呪いは、呪いをかけることができる呪いでは呪うことができない。唯一、先天的な呪いなのだ。遺伝的とも言えるのだが、発現する可能性は極めて低いものと見られる。ランとカイは巫女の子孫なのだが、彼らが呪いを持って産まれてきたのは、奇跡に近いものある。同じ時間に、同じ地域に、この呪いを持っている人間が二人も存在しているのは、実は、先例がないらしい。もしかしたら、もう、後にもないのかもしれない。

 ランはライに寂秋町のジンクスの真実を話した。「そう考えると私のこの呪いって、かなり合理的だよね。他人に呪いをかけるとき、幸せでならなければならない。でも、裏の呪いのせいで、人の感情がわかってしまう。人の感情がわかるって、大抵幸せになれないものね。だから、たぶん、その巫女は条件のおかげで途中から呪いをかけることができなかったんじゃないかなあ。かけたつもりになってただけかも。力が減るように感じたのも、ただ自分が衰弱してただけで。でも、最期の最期はちゃんと呪いをかけられた。自分の子供のために祈ることができるのは幸せなことだから。だから最期に最も強力な呪いを放ったんだよ。きっと」

「そういうことだったんだ」ライは全てを聞いて納得した。

「ライ。だから、私はライの力になれるんだよ」

 ライはランが成そうとしていることを察したようだ。

「でも、俺はランにその巫女と同じ道を歩んで欲しくない。ずっと幸せでいてほしい」

「大丈夫よ、ライ。私は彼女の二の舞にはならない。かといって、カイのような孤独を幸福と感じるような卑屈な人物にもならない。私が呪いを使うのは一度だけ」

 ランはライに近づく。首を傾げるライ。


「巫女が最期に放った呪いを、彼女よりも幸せな私がもう一度かけるの」


 ランはライの首に手を回す。戸惑い気の抜けた声を上げるライ。


「裏なんて知らない。カイの呪いよりも強力なジンクスを作るの」


 ランとライの顔面が急接近する。ライの顔が真っ赤になる。


「だって、私は、私たちは、とても幸せなんだから」


 ランは満面の笑みを浮かべて目を閉じた。ライはそれに応じた。

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呪いの表裏 藍澄早瀬 @Tak-Smika_pm

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