はなびたいかい

柚子杏

夏短編 はなびたいかい

暑い、溶けそうだ。こんな日にエアコンの効いた部屋は最高で、ぼくはベッドに転がる。そこにピロンと携帯の通知音が響く。


『ひなたー!今年も花火大会行こ!』


今年も来た。幼馴染(女子)が小4から高校1年生になった今でも花火大会の3日前までには送ってくるLINEだ。見た瞬間再び通知音が響いた。


『おい陽向。非リア同士悲しく花火でも見ようぜ。』


こっちは今年友達になった奴(男子)からのLINE。2つともほぼ同時に来た僕へのお誘い。


つまり僕にどちらかを選べ、ということらしい。僕はちょっとあいだを置いてから


『おっけー。今年も行こうか』


幼馴染のほうにそう返事をした。毎年幼馴染とだし、今年は他の人と行ってもいいかと思ったけれど、僕には今年こそやらねばならないことがある。



そう、幼馴染の夏海との関係にそろそろケリをつけなければならない。



小学生から中学生まで夏海と僕は同じ学校だったけれど高校は離れた。学校が違ったって結構頻繁に(主に夏海から)連絡が来る。

ほんの昨日だって友達と行ったらしいカフェの写真が自慢げなコメント付きで送られてきたところだ。だから正直離れた感はそんなにない。


僕にはずっと夏海に隠していたことがあって、それは彼女が好きだってことだ。


向こうがどう思ってるかは知らないけれどいつも無邪気に僕を振り回す夏海のことが僕は好きで何なら毎年2人きりで花火大会なんかに誘ってくる女子のこと、思春期の自意識過剰な男子が意識しないほうがおかしいんじゃないか?


華の高校生である夏海に彼氏が出来ないなんて保証はない。僕はずっと臆病だったけれど、手遅れになる前に、気持ちを伝えたい。


『陽向既読無視すなw』


ベッドの上に投げ出したスマホには新着メッセージが届いていた。つけっぱなしにしておいたから既読無視していることになっていたらしい。


僕は急いで返信する。


『ごめんごめん別の友達と行くことが決まってる』

『なんだよ〜ほんとは彼女でもいるのかと思っちまったじゃね〜かよ!』


まだ、彼女じゃない。


『まあ、楽しめよ!』


スマンと頭を下げた癒し系くまのスタンプを送っておいた。多分これで大丈夫。


花火大会が楽しみだけれど、今年で終わるんじゃないかっていう少しの不安。


とりあえず考えるのをやめてスマホを放り投げて、心地よいエアコンの風に当てられて僕は眠りに落ちた。







花火大会当日。僕は浴衣を着て集合場所へ向かう。街の中心部で行われるので規模が大きく、人の数も尋常じゃない。カップルも多くて、お揃いのブレスレットを付けていたり恋人繋ぎをしていたり。なんだかとても大人に感じられてしまう。


僕は夏海に告白する ということを再確認して心臓がキュルキュルした。キュンキュンではない。



「ひーっなた」



とんとんって擬音が聞こえてくるような肩の叩きかた。耳をくすぐる甘い声。何故か少しだけあれっと感じたけれどすぐに分かった。


夏海だ。


「ひ…さしぶり……わっ!」


後ろ振り返ってを思わず2度見した上に変な声まであげてしまった。けれどその姿がいつも見るものと異なってて驚いた。


「なんでそんなにかわいいんだよ…」


桃地の浴衣には色とりどりの花が散っている。キラキラした糸で装飾した部分があるのか、光に照らされて映えている。


髪に刺されたかんざしに付けられた桜のモチーフはちりめん細工…だろうか。浴衣の色と合わせていてとても綺麗だ。


浴衣自体が新しくなっていたのもそうだけれど中学生時代の時はただ1つにしか結ばれていなかった髪が編み込みやらかんざしやらで彩られていたり、耳にはアクセサリーが付いていた。少しだけメイクをしたのか唇が桃色に染まっていた。


何もしなくても可愛かっただけに今の姿が可愛すぎる。


それに、今日の夏海は仕草がちがう。さっき感じた違和感はこれだ。いつもだったらうるさいくらいに飛びついてひなたひなたと騒がしかったのに。今日は大人しい。何故?


僕が固まっている間も静かだ。ほんとに、目の前にいるのは本人かと思うくらい大人っぽく…と形容していいのだろうか。とにかくそんな感じだ。


「ひなたどうしたの?なんで顔赤いの?」

「なっなんでもない!花火までまだ時間あるよね出店出てるし、買いに行こうよ。」


直視出来ないからとりあえずアルキタイデスネ。


「うん!まず私かき氷食べたいなぁ」

「まずかき氷っていう所は変わってないな…いつものところ、行こっか」

「わーい! 」


察しの悪い天然と幼さの残るしゃべり方はそこまで変わってなくてちょっと安心した。中身まで大幅リニューアルしてたら距離が分からなくなってしまうところだ。


出店のある中心部まで歩く。やっぱり夏海は大人しくなっていて僕はどう接すればいいか焦っていた。というか、今まで僕から話しかけることって少なかったんだな。


いつもいつのまにか会話の主導権を夏海に奪われている僕としてはこの状況に少し困った。話題話題。


「今日、楽しみだね。」

「楽しみ。とりあえず早く花火うち上がらないかなぁ。でっかいの!」

「でっかいのかぁ...僕は小さいのがポンポン打ち上がるの好き。」

「ちっちゃいのもかわいいっ」

「う、うん」


僕はもともとそんなに喋るほうじゃないから、更に口数は少なくなっていた。ああっどうしよう…。


「あ、陽向じゃねーか。陽向ー!」


突然僕の名前を呼ぶ声に振り向くと、思わぬ人物から手を振られていることに気がついた。前にLINEを送ってきた男友達だ。


「ひなたの友達?」

「そう。ちょっと話してくるから。待ってて」


向こうも近づいてきて、夏海の方をちらっと見た。驚いた顔をしてまた僕をみた。僕は一瞬下を向いた。夏海のことをとやかく言われたくない僕は間髪入れずに話しかける。


「おう。そっちは楽しんでる?」

「もちろんだぜ。俺らは向こうで花火見る予定。」

「あー向こうか…見晴らしよさそう。」

「そうそう!いい場所見つけたんだよ。開けててよく見えそうだ。それより…その子」

「幼馴染」


ちょっと素っ気ない言い方だったかな。でもとやかく聞かれるよりは一言で片付けてしまった方が楽だ。


「ほぉ」


何かを察したのか、それ以上は夏海のことを言ってこなかった。


「花火楽しめよ!あと…その…告白?頑張…れよ!」

「うん、まぁ頑張る。ありがとう。」


何かを期待するような顔で去っていった。あいつはつくづく察しの良い友達だなあ。


「ひなたまだー?かき氷あったよ!行こ!はやく!」

「あっごめん今行く…ぁっ」



あっ



そのとき、自分の手に柔らかいものが触れた気がしたと思うと、僕の手は夏海にきゅって握られていた。男にしては小柄な僕よりもさらに小さな夏海の手。 しろくてすべすべしてて…。


掴まれた手が熱い。たぶん顔も熱い。


「私いちご味食べたいな。ひなたは毎年ブルーハワイだったっけ?」


そんな問いも耳に入らないくらい、史上最高に僕は動揺していた。

どうしてだ、夏海のボディタッチなんていつものことのはず。手を握られたことなんて何度もある。それなのにこんなに心が揺れるなんて今日の僕はどうかしてる。


というか、手を繋ぐとかそういうことは僕からしたかった。そんな寂寥感。


「今年は、レモンにするよ」


今は澄んだ青色の気分じゃなくて、でもさっぱりはしたかったから、僕は言った。



いつものかき氷屋に着いた。

出店が沢山出てて危なそうだし最初から僕が夏海の分も買うつもりで居た。かき氷屋はそこまで混んでいるわけでもなさそうだった。僕の次には誰も並んでいない。それよりも隣の焼きそば屋の方が行列を作っている。タオルを頭に巻いた人達が汗を拭きながら作っていた。大変そうだ。


毎年僕らが花火を見ているところで待ち合わせをして、僕は列へ並んだ。


ここのお店のおじさんは僕らと知り合いで小学生のころから毎年お世話になっている。よく笑っていてノリのいいおじさんだ。


順番が回ってきたから僕は注文をする。


「いちごとレモン1つずつください」

「あいよっ…200円なー。あれれ、いつもの夏海ちゃんは?」

「あ…危ないので向こうで待っててもらってます」

「そうかそうか!そういえば陽向ももう高校生か、でかくなったもんだな。いっつも夏海ちゃんと手ぇ繋いで花火見に来てたもんなぁ…」

「そうでしたっけ?」


僕と会話をしながらも器には砕かれた氷が注がれていく。その手つきは鮮やかだ。その手さばきのように、ごく自然な流れで


「彼女と花火大会っていいよな」


そう言った。


「あの。実はまだ彼女ではなくて…」


一瞬だけ削る手が止まったような気がした。


「あっそうなの?毎年仲良さそうにしてんのに?俺勝手に陽向が中学になる頃には付き合ってたと思ってたぞ?」


おじさんは心底驚いていた。まあ無理も無い。6年も一緒にいる所を見てきたなら自然にそう思うのが当然のことで。今まで付き合ってるとかそういう会話が出たことなかったし。


「でも、陽向は夏海ちゃんのこと好きだろ?」

「は…い。好きじゃなければ毎年来ないですよあはは。」


若干の引き笑い。


「夏海ちゃんはだいぶ天然で鈍感そうだからなあ…。たぶん陽向の想いに気づいてない気もする」

「そうなんですよね。ずっと一緒にいますけど昔から単純で鈍感で、でも純真でそういうところが可愛いというか…あっ。」


思わず語ってしまったことに気づいた僕はかたまる。一瞬の沈黙。


「ぶっっっははは!はははっ!お熱いねぇ!青春だねぇ!ひゅーひゅー」

「おじさん…っ」


笑ってるからかシロップをかける手が少し震えてる、気がする。そんなに面白いのか…?


「そうかそうか、夏海ちゃんは幸せもんだなぁ」

「本当ですかねぇ」


一通り笑ってからシロップのたっぷりかかったかき氷を僕にずいっと突き出してきた。


「勇気出せ!陽向!青春は期限付きだからな」

「はっはいっ!」


迫力のある物言いに僕は少したじろいでしまう。おじさんの大きな手。この手からかき氷を受け取るのももう7回目なのか。原材料は氷で重量はないはずなのに、気のせいか今の僕にはものすごく重く感じられた。


「早く行けよー夏海ちゃんが待ってるからな!あとこぼすなよー?」

「分かってますって。ありがとうございます!」


僕は駆け出した。思いっきり笑い飛ばされたからか気分は軽い。

今の僕ならいける。そんな気がした。


会話していたらだいぶ時間を使っていたらしいとスマホを見て気がついた。LINEが来ていて、見ると夏海からの催促スタンプだった。急ぎ足で歩く。


「あれ…?」


おかしい。夏海が、いない。


決めた待ち合わせ場所には何度も来たことがあるし、まさかここまで来るのに迷うなんて考えにくい。となると他に可能性を考えると…分からない。


とりあえず『今どこ?』とだけLINEを送っておく。


どこ行ったんだ?夏海?


こういう時にどこかに行かれると本当に検討がつかない。何してるんだよ。ここで僕は最悪の可能性に気づいた。


「誘拐……?」


そんなこと絶対に考えたくない。考えすぎだとは思うけれど可愛い上にどこか抜けている夏海の事だ。連れていかれた…?僕は一気に青くなる。


あえて人がいなさそうな場所へ行って見る。手に持っているかき氷が邪魔で仕方がない。完全に両手を塞がれている。さっきは一時的に置き場所があってスマホも操作出来たけれど、そうもいかない。


普通この時間に人がいないはずの夜の公園に行ってみた。イレギュラーな人影を見つける。


そこには人が2人いた。


何故か見てはいけないような気がして、僕は公園にある倉庫の裏に隠れる。そこからバレなさそうな限りに2人を見る。


1人は背の高くて爽やかそうな見た目の男子。高校生くらいだろうか。制服を来ている。夏海の学校の制服にそれはよく似ていた。


もう1人は背の低くて着物を来ている少女。着ている桃地の浴衣には色とりどりの花が散っている。キラキラした糸で装飾した部分があるのか、光に照らされて映えている。


髪に刺されたかんざしに付けられた桜のモチーフはちりめん細工…だろうか。浴衣の色と合わせていてとても綺麗だ。


あれ?まさか…。ここまで来て僕は既視感に気づく。そこにいたのは夏海と、僕の知らない男子。目の前の光景が信じられなくて、また、見えても理解するまでに少し時間を要した。


「え…」


僕は絶句した。だって、人目のつかないところに人を呼び出して2人きりでいてこの次何が起こるって、そんなの、


「あの。急に呼び出してごめんね。俺、ずっと片山さんに言いたいことがあって」


片山、というのは夏海の名字だ。ダメだ。ここにいたくない。この先の展開なんて僕でも分かる。


「えっと、何…?あの、人を待たせてて」

「ごめん。すぐに済む用事だから。片山さん彼氏いないって聞いてるし、待ってるのは友達?」

「うん。友達」

「後でごめんねって伝えといて」


友達、か。夏海にとって僕は友達なんだ。

本当はすぐにでも止めたい。けれど僕には止める権利がない。


僕はまだ夏海の友達だから。彼氏でもない僕にこの男子の告白を止めることは出来ない。


男子が口を開く。手に当たっているスラックスをギュッと握りしめて、彼は話す。


「ずっと前から片山さんのこと可愛いな、付き合いたいなって思ってて。好きです。付き合ってください」


あーぁ。言っちゃった。男子が頭を下げる。夏海は唇を噛み締めている。珍しいな、と思った。そんな表情をする夏海はほとんど見たことがない。いつもみたいにふわふわ笑っているはずの彼女が見えない。


《ただ今より、花火の打ち上げを開始します!まずは…》


どこからかアナウンスが聞こえた。数秒後、ド、ド、ヒューと花火が打ち上がった。花火が打ち上げられ始めたというのに僕は今独りだ。告白が成功したら来年は花火大会行けないかもしれないなぁとぼんやり考えていた。


「ごめんなさい」


小さく開いた口から消え入りそうな声が聞こえた。詰まっていた息を僕は吐いた。何処か僕は安心する。そしてもう一声。彼女が言った。


「すきなひとが…ほかに、いて」


え、あの夏海に、すきなひとが。好きな人が居るのか…。そんな話なんて僕は聞いたことがない。それと夏海はまだ心が幼くて恋なんてしたことが無い、と僕は知らない間に決めつけてしまっていたことに気づいて反省した。


動揺して動揺して頭がバグってる。…え?誰?他校?


「あ…そう。ありがとう。そっか他にいるならしょうがないかぁ」

「う、うん。」

「伝えたかったのはそれだけ。じ、じゃあまた学校で」


あとはそっけない会話だった。それだけ言って、赤い顔をした彼は走っていった。すぐに姿が見えなくなる。


てか、呼び出しておいたならちゃんと元の場所まで送ってけよ…。僕が来なかったら夏海はどうするつもりだったんだろう。絶対迷うぞあいつ。


「あれ?ここどこ?あっどうしようぅ」


ほらぁ…。


僕はこれはどのタイミンクで夏海のところに行けば良いのだろう。あまりうじうじしてると夏海が1人でまたどこかに行ってしまいそうだ。夏海の死角をかいくぐって公園の入口部分にさっと移動する。そして何も無かったかのように平成を装って…。


「あれ?ひなた?」


ぎりぎり、バレていないような気がする。僕はゆっくり近づく。


「あ……。さ、探したんだぞ」

「うっ…ごめんなさい!」

「ひ、1人でどっか行くなよ…な、んでこんなところにいたの?」

「これは、」


確実にこれだけは分かった。盗み聞きをしていたことはバレていない。単純な夏海だから分かってたらまずそれを聞いてくるはずだからだ。


夏海の目が泳ぐ。


「えっと、なんでっていうと」

「何?ふ、普通こんなことしないよね?」


少し責め立てるような口調になってしまったことを後悔する。勿論僕はここで何が起きていたか知っている。けれどなかなかそれを言い出さない夏海に少し苛立ってしまう。



「それは…あっ!!」

「ん?」

「かき氷!手!水!」

「かき氷?…うあっ」


僕の両手にはだいぶ溶けてしまったかき氷があった。背の高い紙コップに入っていたからこぼれることはなくて良かったものの、中身は少しのジャリジャリした氷の粒、残りはほとんど味付き色水になってしまった。一応まだ冷たい。


「どうしようかコレ」

「…飲めるかなソレ?」

「まぁ、薄いけど味はするんじゃない?ちょっと溶け残り入ってるし。はい。夏海のいちご味」


そっと紙コップを手渡しする。先端が開いたスプーン型のストローで、中身を吸っている。驚いた顔をして、戻ってきたいつものふわふわした無邪気な笑顔で、僕に話す。


その笑顔に心底ほっとした。


「あ、ちゃんといちごの味する!意外といけるかもしれない」

「ほんとかよ」


僕も飲んでみると、レモンの味が口の中に広がった。意外とすっぱかった。顔をしかめて上を見上げれば花火が夜空に咲き誇っていた。僕ら以外の人がいないから音もとてもよく届いてきている。


「なぁ…場所、移動する?僕はここで見てもいいと思うんだけど」

「私もここで見たいな。ここだと落ち着いて見れる!」

「そうしよか」


公園のベンチに2人で座る。


「ねぇっねぇっ!今のみた?滝みたい!あれ何?うわぁ綺麗…ボンポンしてるね!」


マシンガンのようにテンションが上がってまくし立てている夏海。やっぱり変に落ち着いているより今みたいに本心ではしゃいでいる夏海のほうが僕は好きだ。


「ねぇ、さっきのこと聞いてもいい?」

「うん…」


何かを決意したかのように彼女は話し出す。さっき見たことを大まかに説明された。呼び出されて告白されたこと。そして…。


「断ったの。ごめんなさいって。」

「そっか。理由とか、教えてくれたりする?」

「私、その人のこと全然知らなかった。だから突然言われても無理だなって思っちゃったの」

「それだけ?」

「う、ん。そ…それだけ」


ふうん。さっき好きな人がいるとか言ってたよな?それは言わないんだ?


「あのさ、花火大会毎年僕と来てるわけだけど、夏海は好きな人とかいないの?」


ちゃんと夏海からそれを聞きたかった。問いかけたらすぐに、夏海のほっぺたは赤くなって俯いてしまった。


「いる…ってなんでそんな事聞くのっ…そんなこと言って、ひなただって、いないの?」


一瞬だけ言葉が詰まる。


「い、いるよ」

「えっ!いるの?うそっ???ひなた、恋、とか興味ないとおもってた…」

「夏海サン、君は僕のことをなんだと思っているんだ?」


なんだかもう色々と面倒くさくなってきた。


「僕は、夏海のことが好きだよ。ずっと前から」

「…え、」



……………………………………………………………沈黙、沈黙、沈黙。





僕は本当に自分が今何を言ったのか理解できなかった。隠しきれなくなった本音。それが自然と、ほろりとこぼれ落ちた。らしい。


「えっ…ひなたが…」


当の本人はさっきの男子に告白された時よりも赤い顔をして、目が泳いで、今にも倒れそうなくらいフラフラしていた。多分同じくらい僕もそうだ。


「いきなりごめん。でも夏海が知らないだけで僕は小学生の頃からだってす…きだったし!僕に意気地がないだけで本当はもっと前に言っておくべきだった。ていうか好きじゃない相手と7年も花火大会来るかよ!」


だからこんな言い訳をしてしまいたくなってしまった。夏海を見ると目が合って、潤んだ目だけれど眩しい笑顔で。


「私だって…ひなたのこと好きだよ。」


えっ…今なんて?今度は僕が絶句する番だった。


もちろん素直に嬉しい。でも好きって言葉に実感がわかない。僕このまま帰っていいかな。理性がシニソウデス。


「私だって今日こそって思って準備してきたんだよ?なんか好きな人と花火デートに行くって話したら友達が色々手伝ってくれて…すごく張り切ってくれて可愛くしてくれたの!メイクもいっぱい教えてくれたの!」


なるほど。いつもと全然違ったのはそういう事か。

誰かわからないけど友達さんありがとうございました。尊い。幸せすぎます。


「あとねー、友達にはおしとやか?にしなよって言われたから今日は静かにしようと思って…まあ難しかったけど…」

「それは、いつものはしゃいでる夏海のほうが僕は好きだよ」

「やった!えへへ」


違和感の正体がわかって全ての謎が解けた気分だ。すっかり普段モードになった夏海はまた花火実況を始めた。「あれ、あれ、」と空を指差しながら、ふと思い出したように僕に問いかける。


「今日の私、どうだった?」


どうって、


「…イママデデイチバンかわいいデス」

「ナンデカタコトナノ?」

「ソッチコソ」


今日何度目だろうか、フリーズしかけた頭を何とか落ち着かせようとぶんぶん振る。あと1つ言ってないことがあった。


すうっと僕は息を吸った。そして言う。


「僕の彼女になってくれませんか」


夏海は笑顔で、


「もちろん!来年も、そのまた来年もその先も!ずーっと花火一緒にみようね!」


『恋人』ちょっと考えてみてもその響きは初めてでくすぐったかった。…多分、今夏海が「こーいびとっ、こーいびとっ」ってうるさいからだ()嬉しいのかな。


その後も花火を2人で見ていた。ベンチで隣同士近い距離に座ってたらしく、ときどき肩とか手とか触れ合ったりして、その度に2人でどきどきしあって死にそうになった。


そんなやり取りが途中からはまどろっこしくて僕から手を繋いだ。なんでそんなことが自分から出来たんだろう。不思議だ。


『おい陽向、あのあとどうだったんだ?』


スマホが震えていた。開くと友達からLINEが来ていた。僕は躊躇うことなく言葉を打ち込む。


『恋人が、できました』

『お!!!おめでと!また話聞かせろよ!こちとら待ってるぞ?』

『おう』



フィナーレに差し掛かり大きく弾け咲く花火が僕らを照らす。


新しい、夏海と僕の関係は、まだ始まったばかりだ。

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はなびたいかい 柚子杏 @kakuy_zk

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