「いつか、あの雑踏の中で・・・」

低迷アクション

第1話



 陽射しがよく当たる雲一つない青空の日が“私”は好きだ。こんな日は

お昼になれば、町の中が様々な職業や種族の人達で溢れ、賑わいを見せる。


町の中央の噴水前の広場に私は向かう。備え付けのベンチに腰掛けた後、立ち上がる。

いつもの“日課”を行うためだ。左手を高く上げ、大きく左右に揺らす。まるで誰かに手を振るような仕草だ。


毎日続けているので、町の人達は誰も気にしない。たまに仕事や観光でやってくる、

2日前はエルフの親善大使の娘達だったかな?昨日は半獣風の男の子、などは不思議そうな

顔とちょっとのはにかみ笑顔で、元気に手を振り返してくれた。


無邪気な彼等、彼女達を見ていると2年前の風景が心に蘇り、

とても和やかな気持ちになる。私があの子と会ったのも、この噴水前の広場、

あの日も、空には雲一つなく、陽射しが良く当たる気持ちの良い日だった事を…



 私の仕事は今大陸における“奇病”の疾病対策班の担当だった。長きに渡る

人間以外の種族、魔物や魔族達との戦乱が終わり、互いに

手と手を取り合う“共創社会”の構図が出来始めた頃、それは起こった。


人間と獣人やエルフ、妖精との間に生まれた子供達、つまり“共創社会”第2世代の

“デミ”と呼ばれる人々が突如として、狂暴化し、人を喰う“アデミ”と呼ばれる存在に

変化し始めた。


既に社会全般、王立政府にまで、デミの人達は浸透し、根を築いていたため、これは大きな問題として大陸全土を震撼させる事態となった。


王立政府は軍の派遣と大陸中の学者、魔術師を集め、多面的な視点を導入する事によって、これに対応させる事を決めた。


私の部署はアデミになった者達を化学的に分析し、その原因の究明だった。

最初は魔界の勢力が疑われた。


しかし、元は人間を喰う事を嗜好としていた彼等は、今や、人間と同じモノを食べ、文化の交流も盛んであり、害は無かった。その交流から何かが悪性のモノに変化したという意見もあったが、魔術師達の調査の結果、特に異常はない事がわかった。


呪術や魔法関係が原因でないとわかれば、いよいよ私達の調査が期待される。

町に設けられた対策室のある建物には、止む無く殺害されたアデミの遺体が持ち込まれ、

来る日も、来る日も解剖に明け暮れる日々が続く。中には、まだ、変化してないデミの人々が自身の体を実験台にと志願し、訪れる者もあった。


彼等は皆、強い意思を秘めた眼差しで、自身に対するあらゆる仕打ちを許可する事を

宣言し、最後にこう述べた。


「愛する人達を傷つけたくないから…」


彼等、彼女達の決意に自分がどれだけ報いる事が出来たかはわからない。治療や

実験が失敗し、変化を止められず、研究員達に襲い掛かり、警備兵に止む無く

始末されながらも、私に笑顔を向け、


「先生、ありがとう…」


と言い、死んでいくデミに、私は何度、後悔し、涙を流したかわからない…



 「先生、そろそろ、一息ついたらどうです?」


疲労と困憊が全身を覆いつくした頃、軍が派遣したアデミ対策兵団の団員“軍曹(ぐんそう)”が私に言った。


彼は自称“異なる世界(異大陸?)”からの漂流者であり、大陸の戦乱時代は見た事も無い火器を使い、戦場を暴れ回ったが、本人曰く、


「弾が尽きました…」


との事で、人間側の軍勢に合流した。私は軍医をしていた頃、彼と知り合う事があり、

その時に軍曹の異大陸兵器からヒントを得て、今大陸で発見された

沼地のガスを溜め込む薬草と火薬を利用し、鉄の弾を発射する

“ガス小砲(後に小銃と呼ばれる)”を開発した。


これは、現在の大陸軍の剣や弓矢に変わる主要兵器になり、軍曹主導の下、新たな兵器が

多く生まれた。


私としては、一つの研究成果に過ぎなかったが、彼はこの事に、非常に恩義を感じていたらしく、以後“先生”と呼び、このアデミ騒動の時も真っ先に志願し、駆け付けてくれた。


彼の言葉にと言うより、他の部下に動かされる形で、私は与えられた私室に移動する。

3日寝ていなかった。ベッドに横たわるが眠れない。


死んでいったデミ達の顔が浮かぶ。勿論、アデミに殺された人間達の姿もだ。結局、

飛び起きた私は研究棟に戻る事も出来ず、外に出る事にした。


晴れ渡った空の下、歩く人達や町並みは変わらない。だが、夜にもなればデミから変化したアデミ達の事件が起きるだろう。この町の人口の半分はデミだ。人間との交友関係や結婚をしている者だって多くいる。


双方の亀裂はまだ起きていない。だが、それも時間の問題だ。軍曹は何も言わないが、

研究棟に配備される兵士に武器も増えている。何とかしないと、だが、その方法がわからない。一体、どうすれば…?


意識が遠のいていく。暑さも厳しい。やはり睡眠不足が祟ったようだ。何処か、休める場所を探そう。照り返しが厳しい地面を見つめながら、少しでもの涼を求めるように

体が動いていく。


確か、町の中央に噴水があった筈…どうにか歩を進め、たどり着く。そこまでが

限界だった。地面との顔の距離が近づく瞬間、力強い何かが腹に差し込まれ、上に持ち上げられる。


「だ、だ、大丈夫ですか?フラフラですよ?」


透き通った声から女性だとわかるが、黒い長髪が頬にかかり、肝心の助けた主の顔が

見えない。


「あ、ありがとう」


「いえいえ~」


返事と同時に黒髪が顔から流れ、整った顔立ちと頭から生えた二つの長耳っ!?

の女性が姿を現し、自分を見下ろしている。


「デ、デミ!!」


「ハイ、あ、でもアデミじゃないです。ほら、兆候の印の赤い目とかに

なってないじゃないですか?」


「あ、ああ、勿論、知っているよ。私はその…詳しいからね…」


こちらの上げた声に自身の目を大きく指さす彼女の仕草が可愛らしかった。そして、

自分がデミに対して偏見を持っていると何故か、この子に思われたくなかった。


必死で弁解する私を楽しそうに見つめ、頷く彼女とのやり取りはいつしか、互いに

笑い声が混じる会話となっていく。久しぶりに楽しい時間を過ごせていた。


気持ちが安心したのか…眠ってしまったらしい。気が付けば、先程のように黒い長髪が

自分の顔にかかっている。少し慌てた。


「す、すまん。つい…」


「いいですよ、お疲れのご様子でしたからね。私も今日は仕事がお休みですから。」


「そう…あっ、しまった。」


彼女の膝から顔を起こせば、既に町は夕暮れ…戻らなければいけない。

慌てる自分にゆっくり微笑んだ彼女も立ち上がる。今のいままで

ずっと自分が起きるまで待っていてくれた事に改めて気づく。


たまらず、オレンジ色の夕日に全身を染め、ピョコッと立てた2つの獣耳と

フリフリ揺れる尻尾が印象的な後ろ姿に声をかける。


「今日はありがとう、そ、その、今度お礼させてくれ。私は昼時に、ここにいるから!」


「ハイ、よろこんで。お待ちしています!」


気のせいか、尻尾の振り幅が大きくなったような気がした…



 彼女の名前は“ハルナ”と言った。森の戦士であるクロオオカミ族の父と人間の母を持ち、

町に出稼ぎに来ている。育った環境がそうさせるのか?その若さに似合わず、

母親のような包容力があり、私の悩みをただ静かに聞き、時には驚くほど、的確な助言を

くれたりする。


かと思えば、待ち合わせの合図、いつしか、それが当たり前になったが…私が手を上げ、

大きく揺らすと、賑わう人ごみの中から、耳を大きく立て、尻尾を嬉しそうに揺らす姿などは年相応の少女のようだ。


だが、彼女との関わりのおかげで、この事態に対するデミや他種族の考えを知り、

解決の糸口のようなモノが徐々に掴めてきた。まず、アデミの争乱に関しては、

ハルナ達の父親世代に言わせれば、この事態は“神々の困惑”だという事だ。原種である

父親達に食人の変質は出ていない。彼等も魔族と同じで、かつて人間を襲ったのは、生きるためであり、その必要が無くなった今は、人を喰わないし、アデミの問題が現れた時も、

彼等は人に襲い掛かる事もなかった。


これ事態はいい。だが、問題なのはハルナ達、デミの存在だ。人間と異種族の亜種、

このどちらつかずの新たな種族に対し、困惑した大地の神達が、その最もわかりやすい

解決策として、かつての魔物や怪物達の特性を目覚めさせ、人間、怪物としての区別化を

ハッキリさせた。そう考えている。


だから、当面の混乱は続くかもしれないが、いずれ沈静化する。神がデミ達を理解すれば、

元の姿に戻る。時間はかかるかもしれないが…ハルナの父親達は、全てのデミに対し、

山や人のいない地区へ隠れる事を提案していた。政府は当てにならない。狩りが始まる前に

身を隠せという事だ。


事実、アデミの騒動が始まり、町や人間の居住区からデミ達が姿を消しているケースも

少なくない。それに対し、ハルナ達は残る事を選んだと言う。


自身が危険なのはわかる。だが、その時が来るまで、ここに留まりたい。人間と他種族、

共に創る社会を選んだ象徴として生まれた、デミの誇りをかけて…


私は彼女、いや、彼女達の意思に答えるために研究を進め、遂にある薬品を開発した。

既存の化学と魔術、未開の地の薬草などの成分を合わせた“これ”を私は“環境適応薬”と名付ける。


ハルナの父親達が神と定義したモノを、私は環境と捉えたのだ。デミと言う既存の世界には無かったモノが平和な世界の到来によって生まれた。これに驚いた環境が、彼等を定義するため、狂暴化させた。


なら、彼等を人間に戻せばいい、そう環境に定義させる。いわば騙すのだ。私は人間が持つ

生物間での特性とアデミになった死体から摂取した特性と既存のデミを分析し、人間と

同じ特性を持つよう体質を変化させる薬を開発させた。勿論、これに対する外敵変化も

副作用もほとんどない。この開発により、アデミ騒動の対抗策は一気に進んでいく。


手際の良い軍曹を通じ、王立政府からも実験の許可を得た。

被験者となったのは“オルガ”という、テールフォックス族とのハーフの少女だ。

この騒動のせいで人間側から迫害され、家族に迷惑をかけないよう逃げている所を軍曹に保護された。この事例からもわかるように、残された時間があまり無い事がわかる。


私が与えた薬の効果はほぼ予想通り。保護時はオレンジに染まりかかっていた彼女の目が、すぐの回復を見せ、元の黄色に戻っていく。この成功に活路を見出した王立政府は、

飛竜を扱うハイランダー空軍と連携を取り、大陸全土に適応薬を散布させる一大作戦

“共生の雨”を計画し、準備を進めていった。


私が住む研究棟は万が一に備え、警備の兵が増員された。私の護衛も新しくついた。

軍曹の紹介で来た“コルテス”と言う女兵士は元アサシン(暗殺者)だと言う。


細く切れ長の目でこちらを見つめ、短く挨拶をした彼女は、ほとんど姿を見せないが、常に

私を監視しているらしかった。


しかし、そんな中でも私とハルナの逢瀬は続いた。事態は解放に向かっている。心配する事はない。全ては君のおかげだ。私の言葉に彼女は優しく頷き、最も、自分のおかげと言う所は謙遜か、曖昧な笑みを浮かべながら…そっと肩を寄せながら、故郷の歌を歌ってくれたり、事態が終わった後の楽しみの話に明け暮れた。


全ては順調に、上手く行くと、その時の私達は思っていた…



 被験者のオルガの目が赤くなった。歯を剥き出しにしながら、暴れる彼女は湧き上がる

食人性と自身の人間性と言う理性を自身の体の中でぶつけ合いながら、


「せ…ぜんせい…わだ‥し…コロシテ‥‥」


と懇願する。完全にアデミと化していた。私は呆然と立ち尽くしながらも、

警備兵に命じ、彼女を檻に閉じ込めさせた。


一体何がいけなかった?“共生の雨”はもう、目前まで迫っているというのに…

慌てて研究を再開する私に、非常に申し訳ないと言った表情の軍曹が現れ、静かに告げた。


「あの、先生、王立政府の命令が下りました。作戦は…“共生の雨”は予定通りに決行するそうです。」


「しかし、適応薬は治療薬にはならない…」


「わかってます。ですが、一部の研究機関から、こんな提案がありました。人間の遺伝子…

いえ、特性をデミ達にもたせる事が出来るなら、適応薬の純度を上げれば、問題ないと。」


「無茶だ。今の濃度ですら、彼等、彼女達にとっては致死量ギリギリなんだぞ?それを上げるとなれば、デミ達は皆、死んでしまう。」


私の言葉に、軍曹はゆっくりと…だが、力強く頷く。それで全ての意味を悟った。


「まさか…」


「“全て問題ない”との事です。研究に支障があるといけないので、黙っていましたが、

アデミ達の事件は最早、手に負えないレベルです。昨日、政府の高官の婦人がアデミになり、

夫を喰い殺しました。大臣クラスの人物です。権力者達は腹を決めたようです。」


最終宣告に近い言葉を告げ、軍曹は部屋を出て行く。机に両手をつき、私は

ただ、絶望に震えるしかなかった…



 町の景色は相変わらずだ。通りを行き交う人々の群れ、

主婦に子供、行商人、兵隊…この風景はいつもと変わらない。いや、変わっているのか?

獣耳の人間やエルフ、獣人達の姿が見えない。唯一、私の隣に座り、愛らしい耳と尻尾を

ピョコッと見せた、優しく微笑むハルナを除いては…


「逃げてくれ…」


私の絞り出すような言葉に彼女は答えない。恐らくこれが最後になるかもしれない、

いや、最後になどさせない。その意思が言葉を続けさせる。


「明後日に行われる“共生の雨”は救いじゃない。デミを一掃する根絶の作戦だ。

空から降る雨に当たらないように、室内に籠っているだけじゃ駄目だ。深い森や山に…

そうだ!!いつか君が話したお父さん達の用意した隠れられる場所に行くんだ。」


自分で言いながら、虚しくなった。今回の作戦は、その辺りの手抜かりがないように、

大陸内余す所なく散布される。異大陸の渡航などはまず不可能、港は全て封鎖されているし、よしんば雨を凌いでも、それが染み込んだ大地では、彼女達は生きてはいけない。しかし、それでも…


「私、ここの景色が好きなんです。」


私の懇願に近い話を笑顔で全て受け止めたハルナがそっと肩を寄せ、こちらを見ずに喋る。


「噴水前から見える奥の屋台が見えますか?売り子の女の子はいつも私達を見て、ぽーっとした表情をしています。きっと、友達にデミの男の子で好きな子がいるんですね。


通りを歩くあの奥さん、お腹が大きくなってきました。これで2人目なんです。いつも

買い物でここを通ります。するとね。毎日、町警の強面のおじさんがそれとなく、気配りをしてます。


この町に住む人達は皆が皆を支え合ってます。今は少なくなっちゃいましたけど、そこに

私達だってきちんと含まれてます。それが好きなんです。」


「ハルナ…」


「これでお終いなんて、私は思いません。先生の化学は素晴らしいです。でも、私達だって、この世界を創ってきた種族の一員なんですよ!きっと上手い方法を見つけます。先生達の

力を借りてね!それが共創する世界でしょ?」


「‥‥そうだね…そうだよな…」


私の自嘲じみた顔を、ハルナは優しく微笑み、そっと自分の胸に抱き寄せ、

子供をあやすように頭を撫でながら言い含めるように囁く。


「だから、しばらくお別れです。先生、何処かに隠れる必要はありません、

私は自分の好きな場所で頑張りたいと思います。ですから先生もお仕事を頑張って下さい。


そうして、いつか、この優しい雑踏の中で、いつものように手を振って下さい。私も振り返しますから。約束ですよ?」


「‥‥ああ…約束だ。」


「ありがとう、先生!」


私の顔を胸から自身の顔まで上げたハルナが頬に口づけをする。私は涙が彼女の唇にかからないよう、注意しながら、彼女の頬に口づけを返した…



 いよいよ、その時がやってきた。空を飛ぶ飛竜から蒔かれる適応薬の液体が

研究室の窓を染めても、私は研究を続けていた。ふいに

廊下でした銃声は気のせいではなかった。


木製のドアを破り、飛び込んできた3人のアデミ達は私に歯を突き立てる前に、何処から現れたコルテスに始末された。


「そこら中で似たような事件が起きてます。どうやら、デミ達に真実を話した

人間がいるようです。」


私とハルナの事を皮肉るかのように呟いたコルテスが3人の死体を運んでいく。

その日は1日、雨と銃声は止まず、この日を最後に町から、いや世界から、デミもアデミも全ていなくなった…



 一年の時が過ぎた。町には再びの平穏が戻ってきた。お昼時の雑踏も喧噪も同じ。

ただ、そこにはデミの姿はない。私の隣に座るハルナの姿もだ。


この町にいる事が辛かった。彼女のいない人込みを見るのも、もう耐えられない。


(約束は守れそうにない、ごめん…ハルナ‥)


辞表を書き、町を去る決意をしたその日…“共生の雨”以降、姿を見せていなかった軍曹とコルテスが私の前に現れた。1人の人間の少女を伴ってだ。その目を見て驚いた。


特徴的なテールフォックスの耳こそはないが、こちらを見詰める黄色い目、まさか…


「オ、オルガ?」


私の震え声に少女が初めて笑顔を見せ、頷く。


“どうして…?”との声は軍曹が繋ぐ。


「すいません、先生には、効果が確認できてから、報告しようと思ってましたが、

コルテスが“先生そろそろ限界”とか言いますんで、痛てっ!オイ、叩くな。」


「余計な話いい…」


軍曹の頭をコルテスが無表情のまま小突くが、その頬は少し赤い様子だ。


「ハイ、話戻します。共生の雨によって、デミ達のほとんどが死に絶えました、

いや、その筈でした。ですが、彼等の適応力を我々は計算に入れてませんでした。」


環境が彼等を怪物に変え、人間が今度は人間に変えようとし、最終的には絶滅を促しました。その結果、彼等は人間も、環境をも騙し返したのです。」


「騙す?」


「あの争乱時、私は部下達にある指示を出しました。決して、アデミ達を殺さず、捕獲しろとの命令です。勿論、死んでしまった者もいますが、先生を襲ったアデミ達も生きてます。

その辺はコルテスが熟知してますからね。


すると適応薬を浴びたデミも、アデミも眠るように息を止めましたが、数日後には全て目を覚ましました。耳や尻尾を退化させた姿でね。過度な適応薬に対し、人間側の本気の姿勢を彼等の体が理解し、進化したのです。そうゆう意味では、この世界にデミもアデミも

いなくなった訳です。」


「何故、そこまで…?」


「私のいた世界でも生物が環境に適応する事例を見た事がありますし、何より、銃を創れる

先生だ。何でも出来ますよ。そして自分の目は間違っていませんでした。」


笑顔で敬礼する軍曹にオルガも同じ様子で頷く。コルテスは目を逸らすが、肯定の様子だ。軍曹の話は続く。


「ですが、まだ、問題は解決していません。彼等の姿はあくまで仮り染め、騙し騙しの生活です。いずれ、ボロが出るでしょう。ですから、先生には研究を継続してもらい、

元デミ達の環境適応を維持してもらう必要があります。」


断る理由は無かった。私はその場で辞表を破り捨て、研究に戻った…



 あれから、もう一年が立つ。元デミ達の環境適応は周期的に行う薬の散布で

これと言った問題は起きていない。このまま進めば、完全な適応が可能になると予測できる。

元デミ達は外見こそ変化したものの、薬の影響もあり、本来の姿を戻し始めていた。


そして、私の“日課”が始まった。今日も彼女の姿は無い。上げた手を下げ、

私は研究棟に戻る。時々、姿を見せるコルテスは私に何か言いたげだ。今日も何処かの住所を書いた紙が、こっそり、机に置いてある。オルガと軍曹も同じ感じ素振りを見せる。

人の良い彼等は、もう、私の“待ち人”の居場所を知っているのだろう。


だが、私は尋ねない、訪ねる気もない。約束を守る彼女だ。姿を見せないのは、まだ

彼女自身の準備が出来ていないのだろう。それを邪魔したくない。


私は待つ事にする。いつかあの雑踏の中で、こちらに耳を立て、

尻尾を楽し気に揺らすハルナ…たとえ、互いがわからなくっていても、再開できるように…

だから、私は手を振るのだ…(終)

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