第3話 少しの気持ち

「おい、これ食ってみろよ」

「えぇ~なんですか、これ?・・・随分と美味しくなさそうな見た目してますけど・・・」

熊が若者に何かを勧めているらしい、あのチャラい若者でさえ躊躇う食べ物らしいが・・・何なのだろうか?

「いいから食ってみろよ、美味しくなかったら銀貨3枚あげるからよ」

「銀貨ですか・・・いいですよ美味しくなかったら払ってもらいますからね」

銀貨3枚、昔の俺には大したことはない金額だが、薄給の警備兵にとっては、1ヵ月の給料の半分ほどだ。

「・・・・・・・・・パクッッムシャムシャムシャ」

咀嚼音が宿舎に響く、もうすぐ勤務時間になりそうなため、宿舎にはクマと若者と俺以外、誰もいない。

「美味しいっすね・・・なんてゆうか、ちょっとパンみたいなんですけど、少し甘いってゆうか・・・」

「そうだろう、そうだろう・・・それ、原材料は何だと思う?」

パンみたいで少し甘いものとは・・・ラスクは甘すぎるし、スコーンはジャムを付けないと甘くない。しかし高価な菓子類を熊が買うことは出来るのだろうか?

「それ、今日の朝食なんだよ。最近宿舎に来た、魔術師のケリーって奴いるだろ」

「えぇ、あの愛想のないおじさんですよね」

若者には愛想のないおじさんと思われているらしい。少し腹が立ってきたが、熊が言った言葉が妙に引っかかる。

「俺が朝食持ってってやってるんだが、あいつ全く手ーつけねーの。けど皿はピカピカになって返ってくる。最初は大食いなやつなのかな?な~んて思ったりもしたんだが、そうじゃない。あいつ、外に食べに行ってるんだよ。」

「えっ外ですか、でも給料的に無理じゃないですか?」

「貯えがあんだろうよ、だがそんなことはどうでもいい。問題は、俺が出したあいつの朝食がどうなってるかだ。俺は一昨日あいつに朝食を出してから、あいつを見張ってたんだよ、そしたら・・・まぁ御決り通り外に食べに行っちまいやがった。で、俺はあいつの部屋に入ってみるわけだ、服が散乱したりして汚かったが、俺はあいつの机を見ることに成功した。朝食はどうなってたと思う?」

熊に何もかもバレていたとは、しかもまさか・・・・・・

「どうなってたんですか?」

「ほれそれだよ、今お前さんが食べてた、あのよく分からないパンみたいなもんになってたんだよ」

「ってことはこれ、今日の朝食なんですか⁉」

「そうだよ、しかもそれをさらに不味くした特別製だ、一昨日から続々と不味くしていっているんだが、味が全然変わらないばかりか、美味くなっていってるような気もする・・・・・・あいつは気の食わねぇ野郎だが、あいつもあいつなりに努力してるんだろうな、でなきゃこんなうまいもん作れるわけがねぇ」

嬉しさと怒りと恥ずかしさが同時にこみあげてきた。

嬉しさは、俺の作った物が褒められたこと。(評価したのが熊とはいえ褒められるのは久しぶりだった)

怒りは、最近少しおかしいと思っていた朝食に対するものだ、俺が魔術で変化させていたからよかったものの、あれが通常の朝食だった場合、死傷者すら出かねなかっただろう。そんなものを出して来た熊に対する怒りは、嬉しさと相殺せれ少し怒りの感情が残った。

恥ずかしさは勝手に部屋に入られたことと、勝手に俺の食糧を食べられたことだ。

しかし、嬉しさと恥ずかしさが怒りを上回り、俺は階段でうずくまった。

少しの涙が、目からあふれてくる。とどめのない涙は俺の心を少しだけ洗い流してくれたようだった。

***

俺は泣き止んだ、泣きじゃくる子供のようにではないが、成人した大人が見せる姿ではないのは確かだ。

子供の頃の記憶がよみがえって来たのも何かだったのだろうか?とは思うものの、勤務時間が近づいていたので、宿舎を出て隣の兵舎に向かっていく。

宿舎から兵舎は徒歩10秒という超近距離にあるため、遅れていく人間はいない。熊や若者が先に行っていることだろうが、俺は恥ずかしい気持ちをずっと残しているわけではないので、顔も直視できる。

「おせぇじゃねーか、朝食ちゃんと食べてきたんだろうな?」

「ちゃんと食べてきましたよ」というが、内心ではわかってるんだろ、この野郎と思っていた。

***

ここまでは普通の日常だっただろう、後から思い出しても、その時の気分も、完全に日常だった。

些細なことに一喜一憂し、魔術を使って少しズルをする。

親や妹には近況を報告できず、友達とは会っていない、普通というよりちょっと厳しいような日常。

嘘で塗り固められているわけではないが、嘘もしっかりとつく、些細な嘘はどんどんと増え、嘘が嘘を呼ぶようになった。

危険にはできるだけ身を犯したくはないが、親しい人間には少しだけ力を貸してもいい、そんな人間だった。

・・・・・・・・・あの時までは・・・・・・あの時、全てが変わった。

俺も、熊や宮廷魔術師になったアルでさえも、変わらずにはいられなかったのだ。

あの王都を巻き込んだ巨大なテロに対しては・・・・・・

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魔術師ケリーの普通な日常 @arakikakeru

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