淀電伝典(7)
ある日、夜明け前の霙町に雨が降った。
文庫本でもなく漫画本でもなく記憶装置でもない、普通の雨だった。雨足は強くなく、どちらかといえば少し弱かった。それでも連続していれば、ある程度のボリュームにはなった。
筆木は自宅のベッドで目を覚ました。
筆木は服を着替えて外に出た。傘をさして歩いた。特に用事もない。気まぐれだった。しばらく外を歩くと夜は明け始めた。東の空が夜明けの色にゆっくりと変わっていく。
筆木は水路に一枚の赤いカエデの葉が落ちているのを見つけた。噴水から噴き出したカエデの葉の残りだった。
筆木が歩き出すとカエデの葉は筆木の歩調に合わせるように水路を流れ始めた。
筆木が立ち止まると、カエデの葉も止まった。葉が動き出すと筆木も歩いた。しばらくのあいだ、そんな歩行が続いた。
水路が川に繋がったところでカエデの葉は一気に先へと流れていった。筆木は立ち止まったまま流れていくカエデの葉を見送った。すぐに見えなくなった。
さて、どうしようか。自宅に戻るにしても、随分と歩いてきてしまった。水路のパートナーも去った。雲津はまだ眠っているだろう。挨拶を交わす町の人は一人もいない。どこに向かう用事もない。けれど、眠りに落ちるほどの眠気も既にない。
まだちょっとその辺りを歩いてみることに決める。
そしてそう決めた通り、夏の完全な青空が戻ってくるまで、筆木は霙町を徘徊して過ごした。
淀電伝典(でんでんでんでん) 淀之直 @yodomi
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