淀電伝典(6)

 「とめたらまた出てくる可能性が残るが、出し尽くしてしまえばもう二度と噴き出すことはない」

 カエデの葉の噴き出す噴水に対して名枕がとった方針は荒々しかった。

 しかし、処置は正しかった。カエデの葉は有限で、噴水からとめどなく噴き出し続けてやがて枯渇した。枯渇したので噴水からまたカエデの葉が噴き出てくるという心配はしなくてよくなったが、その代償として霙町はカエデの葉によって氾濫した。赤や黄色の葉に埋め尽くされた霙町は視覚的には秋の景色として見応えがあったが、季節的にはまだ夏が続いていた。依然として気温は高く、少し外を出歩いただけで首筋から汗が垂れ出した。

 カエデの葉が溶けきるまでにしばらくかかった。筆木と雲津は巨大倉庫内で通信設備の点検や改善をしたりしながら過ごした。定期的に屋上に出て霙町の様子をうかがった。溶けたカエデの葉は無色透明のかすみとなって町の水路に流れてどこかへ消えた。

 カエデの葉が溶けきると、ふたたび夏が霙町を占拠した。

 ある日、筆木と雲津は早朝から海に出かけた。霙町の南に広がる大きな海だ。

 筆木はサンダルを履いて家を出た。雲津は麦わら帽子をかぶって現れた。二人とも夏の太陽の下を歩いているわりには日焼けをしていない。

 波止場の隅のほうに海に突き出た石の足場があって、一隻のボートが停泊していた。ボートは小さく、筆木と雲津が乗船するとやや窮屈だった。その上、雲津が持ってきたクーラーボックスを船内に載せていたから二人とも身を縮こめなければならなかった。筆木がボートを漕いだ。

 「もっと沖だな」雲津が指示を出す。

 雲津は両手にセンサー付きの探知機を持っていた。雲津は探知機から目を離すことなく筆木に指示を出した。

 「重なった。この下だ」雲津が言った。

 筆木はオールを漕ぐのやめる。ボートがゆっくりと前進を終えると、筆木は船内から身を乗り出して海中を覗いた。沖の海は濁っていて、浅瀬のときのように底まで見通すことはできない。

 「さあ、釣ろう」筆木はそう言って、船内の端に置いてあった釣竿を手に取った。

 釣り糸の先に餌はなく、代わりに白いライトがつけられている。釣竿を周囲にぶつけないように操作して海に突き出す。海中に釣り糸を垂らす。白く光るライトは海中に沈んでいき次第にその光は見えなくなった。雲津は筆木の後ろで網を用意している。

 「引き上げるよ」

 釣り糸を垂らしてから三十秒ほど経って筆木が声を上げた。

 海中から白いライトがゆっくりと浮かび上がってくる。その周囲には、べつの何かを引き連れている。それは魚ではなかったが魚のように自由自在に海の中を泳ぎ回っている。白いライトに惹き寄せられているようだ。

 雲津が身を乗り出して海面を泳ぐなにかの大群を網で一気にすくい取った。両手でしっかりと網を握っている。網にかかった大群は重量があるらしく、雲津の体勢は少し崩れる。転ばないように足を踏ん張って船内に網をゆっくりと引き上げた。

 網の中に入っていたのは小魚の形をした小型の記憶装置だった。そのどれにも機械で作られたひれがついていて、まだ生きているかのように動いていた。記憶装置に模様はない。長方形の記憶装置を身体として、その背と腹と尾に機械のひれがついているだけだ。ブラック、シルバー、ホワイト。様々な色がある。

 「うじゃうじゃ釣れるな」網に張り付いた記憶装置をむしってクーラーボックに投げ込みながら筆木が言った。

 「釣ったというか掬ったというか」雲津も記憶装置をむしって言う。

 「映画を記憶してるものが多いな」

 「演劇も多い」

 網にかかった記憶装置をクーラーボックスに詰め終える。雲津が、ふたたび探知機を手に方角を指示し筆木がオールを漕いだ。

 筆木と雲津は昼ごろまで記憶装置を釣った。クーラーボックスは記憶装置でいっぱいになった。最初に投げ込んだ記憶装置はボックスの底ですでに凍り付いていた。

 「作業完了、帰ろう」

 帰りは雲津がオールを漕いだ。波止場に到着すると、二人がかりでクーラーボックスを陸地に運んだ。そのまま白いワゴン車のトラックに収納する。

 そして白のワゴン車は冷凍施設に向けて走り出す。

 筆木と雲津はいつものようにルーチンワークをこなした。

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