僕にとってのお酒と、煙草と、音楽、オタクの原点。

 僕は酒が好きだ。最近はヴェポライザーだけど煙草が好きだ。音楽も好きだ。そして、オタクだ。


 僕のこういった趣味趣向には、原点がある。趣味趣向に原点があるのは、誰でもそうだと思う。生まれついたときからオタクな人間はいないし、生まれついたときから喫煙者な人間はいない。居たら怖い。すげえ怖い。


 今回は、そんな「原点」の話をしたいなあと思う。


 僕にとってのお酒と、煙草と、音楽、オタクの原点は全部同じだ。



 姉さん。



 僕には、血の繋がりも戸籍上の繋がりもない家族がいた。そのうちの一人が姉さんだ。

 姉さんと出会ったのは、小学校にも家にもあまり居場所がないと感じていた僕がよく行っていた公園。なんだかんだとイロイロあって仲良くなり、イロイロあって共依存して生きてきた。イロイロはまあイロイロだよ。


 姉さんは、僕より七つ年上だった。

 だから、僕より七年も早く成人する。


 姉さんは成人してからすぐ、酒豪になった。毎日会っていたわけではないけど、本人が言うには毎日酒を浴びるように飲んでいたらしい。姉さんが好んで飲むのは、ウイスキー全般だ。一番よく飲んでいたのは角ハイだけど、本当はアイラ・モルトの方が好きらしい。癖が強い酒を好む人だ。


 グビグビ飲むのに、姉さんは顔色をあまり変えない。たまに変な飲み方をしたのか、ヘロヘロになることはあったけど数え切れるくらいだ。ヘロヘロになるとき、姉さんは必ず同じことを口走る。


「くたばれ!」


 何に対してなのか。正しいことは永遠の謎。

 だけど、なんとなくわかる。


「社会よ、くたばれ!」

「同僚よ、くたばれ!」

「先輩よ、くたばれ!」

「不安よ、くたばれ!」

「私に付きまとう全てのネガティブ要因よ、くたばれ!」


まあ、こんなところだろう。海で「バカヤロー!」と叫ぶ感覚に似ている。


 「ばかやろう」じゃなくて「くたばれ」なのは、彼女の口の悪さをよく表している。「しね」じゃないのは、彼女の微妙に言葉を選ぶ性格をよく表している。だから、僕は姉の「くたばれー!」が結構好きだ。「よっ! 出ました!」と心の中で思いながら、姉に「どうしたん」と言っていた。



 さらに、姉さんは成人してからすぐ、喫煙者にもなった。



 姉さんはハイライト・メンソールばかり吸っていた。姉さんに抱きしめられるとき、煙草の匂いがする。「やめろー」と言って突き放していた。煙草の匂いが好きになれなかった。隣に座って話しているときも、いつも姉さんは煙草と酒を嗜んでいる。


 姉さんは昔からストレスを抱え込みやすく、発散するのが苦手だった。僕自身もそうだったから、姉さんが酒や煙草といった依存性のあるものに逃げているのを責めることはできない。


 僕はというと、中学2年生になってから人に遠慮して生きるようになっていた。中学校で起きたある事件の犯人として濡れ衣を着せられ、大勢の女子から避けられ、汚物扱いされ、男子には心無いからかいを受け続けたためだ。僕が楽しそうに笑うと誰かが迷惑そうにするし、僕が何かをしようとすると誰かが嫌な顔をする。それなら、僕は何もしないほうがいい。空気に徹しよう。そんな気持ちだったかな。


 僕は、姉さんが煙草と酒を嗜んでいるのを見て、密かに羨ましいと思っていた。


 姉さんは、自分自身のやりたいように生きている人間だ。実家から居場所が消えたため単身で家を飛び出し、居場所を手に入れた。親は金銭的支援や学校の手続きなどをするだけで、姉さんの面倒を見ていたのは別の人だ。その人には、僕もよくしてもらった。


 僕と出会ってからは、僕のことを散々振り回した。僕は姉さんのやりたいことに付き合い続ける。


 僕にとって、酒と煙草は「好きにやる」「やりたいように生きる」ということの象徴のように思えた。


 ある日、そんな僕に姉さんはこう言った。


「遠慮するなよー。やりたいようにやりな?」


 姉さんが僕の目の前に煙草の箱とライターを置く。その隣には姉さんが普段飲まないはずの焼酎が置かれていた。姉さんは当時未成年の僕に無理矢理煙草と酒を勧めることはせず、僕に決断を委ねる。未成年飲酒も喫煙も、ダメだ。法律違反だ。正当性のある断り方は何通りもある。むしろ、断る方が社会的には正しい行為だ。


 だけど、僕は姉さんの言葉でなんだか許されたような気がした。本当はダメなこともしたくて、本当は他人のことなんて気にせず生きたくて。そんな生き方をしようとする自分がどこか許せなくて。それが許された。僕が止まる理由はもう何もなく、僕は目の前に置かれたそれらを手にとっていた。



 また、姉さんは重度なロックファンであり、オタクだ。



 姉さんは僕にたくさんの音楽を聴かせてくれた。


 その中で僕が好きになったのは、「the pillows」「石鹸屋」「COOL&CREATE」「ボカロ」だった。石鹸屋とCOOL&CREATEは、東方アレンジサークルだ。東方projectという同人ゲーム作品の音楽をボーカルアレンジして、CDにして即売会などで売っている。ライブ活動も行っている。


 the pillowsは、今でも一番好きなバンドだ。


 1986年から活動を開始しているメジャーのロックバンド。初めてその音を聴いたとき、衝撃を受けた。これまで僕が聴いてきたのは、YUIとかコブクロとかのポップだ。YUIはその魂にロックを宿しているが、当時の楽曲は優しい雰囲気のものが多かった。これまで聴いてきたどの音楽とも違うサウンドに、歌詞。明暗が混在する混沌とした、だけど伝えたいことがハッキリしている世界観。全てを好きになった。


 僕の音楽好きの原点は姉が好きだったthe pillowsであり、オタクの原点は姉が好きだった東方アレンジやボカロだ。深夜アニメを見るようになったのも、そこからだ。


 ちなみに、深夜アニメの原点的作品は「けいおん!」。これは別に姉さんが好きだったからというわけではなく、たまたま見たら面白かったという感じかな。




 姉は形としては特に何も残さずに亡くなった。自殺だ。自身の写真、録音された声、自分の好きだったもの、日記……。自身の存在を感じさせるものの全てを処分してから亡くなった。今、姉さんのことを覚えている人間は姉さんの実の親と、姉さんの面倒をみた家の人と、僕だけだろう。僕たちの心の中にしか、姉さんの存在を証明できるものはなにもない。


 だけど、姉さんは僕にたくさんのものを残してくれた。


 たくさんの「好き」を残した。


 姉より少し年上になった今、気がつくと僕はthe pillowsを聴きながら酒と煙草を嗜むようになっていた。


 これが、僕のお酒と煙草、音楽、オタクの原点。

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