高校1年の冬、富山駅でホームレスに混ざって一晩過ごした話。

 高校1年の冬、彼女に会うために富山に向かった。


 ネットで知り合った彼女。親は「ネットの人と会ってはならない」と口を酸っぱくして言っていたため、気取られないように「友達と東京に行く」と嘘をついた。夜行列車に乗ると言っていたため、始発が動き出すまで実家の近くの森の中で野宿をして夜明かしをする。なんだかワクワクしてくる。


 始発が動けば電車に乗り、大阪に向かう。大阪から特急に乗って富山駅。駅に着けば彼女がいた。彼女に富山を案内してもらいながらさまざまな話をし、スターバックスデビューを果たし、雪で遊び……。


 楽しい時間はすぐに過ぎ、彼女が帰る時間になった。互いにプレゼントを渡して彼女を見送る。


 これからどうしようか。


 金は特急料金と食費とあと少ししかない。宿を取ることはできない。駅ビルでブラックラーメンの醤油辛さにびっくりしながら、考える。


 野宿、しよう。


 だけど、富山は雪が積もっていて寒い。寒さだけなら地元の方が上だけど、雪が積もっているのが辛かった。地面に座ると雪で体が冷えてしまう。雪が積もっていない屋根があるところでなければ、野宿ができそうもなかった。


 結果、僕は富山駅の入り口付近で夜明かしをすることにした。公園のトイレで歯を磨き、温かい飲み物を用意して座り込む。彼女からのプレゼントを開封すると、大きなマフラーだった。マフラーだけど、ブランケットにもなる。僕はそれにくるまり、じっと辺りを見渡す。


 周囲には、ホームレスの方々がいた。


 まじか……。


 ホームレスに混ざって夜明かしをする高校生、というなんとも闇が深そうなシチュエーションを生み出してしまった。ヤバイ、と思ったが、それはそれで面白い気もしていた。なんだか途端に楽しくなってきた。


 座り込んでいると、目の前に飲み屋がたくさんあることに気づいた。「へえ、飲み屋もあるんだ」と思っているとホームレスの一人が隣に座ってくる。


「羨ましいかもしれないけど、ダメだよ」


 自分が飲み屋に入りたいと考えている、と思われたのだろう。酔っぱらいながら僕に「酒は二十歳になってから」「酒は身を滅ぼす」という話を熱心に説いてくる。妙な説得力があった。酒が原因で何か失敗をし、ホームレスに行き着いたんだろうなあと考えさせられた。それでもなお酒を辞められないのかとも思う。


 彼はひとしきり語った後、どこかに消えた。僕はそのまま寝転んで、「床冷たいなあ」なんて思いながら目を閉じる。眠りに入れそうだと思っていた矢先、何者かによって肩がゆすられた。


「大丈夫?」


 顔を赤くしたサラリーマンとOLの集団が僕を囲んでいる。飲み屋から出たところ、床で寝ようとしている高校生が目に入って今に至るのだろう。


「野宿してるだけなので大丈夫です」


 今思えばアホだ。野宿をしていること自体が大丈夫ではないだろう。OLの一人が起き上がる僕の顔を覗き込みながら、「なんで野宿してるの?」とゆっくり聞いてきた。


「遠距離の彼女に会いに来たんですが、お金が無いので。じゃあ野宿かなと」

「いつもこんなことしてるの?」

「会いに来たのは初めてだけど、野宿は慣れてます」

「慣れてる?」

「はい。昔もしてたから」


 僕のこの発言に、周囲の大人たちがざわつく。お姉さんは「うーん」と言いながら仲間たちの顔色を伺う。誰もがお姉さんから目を背けていた。多分、「誰か泊めてあげなよ」というサインだったんだろうと思う。だけど、変に肝が座っている野宿高校生なんて誰も泊まらせたがるわけがない。


 お姉さんは「うち来る?」とため息まじりに言った。


 僕は慌てて「いえ、迷惑をおかけしたくないので。大丈夫ですよ。だけど、ありがとうございます」と断る。


「本当に大丈夫?」

「一晩だけだし、朝に彼女がまた来るから」

「ああー」


 朝に彼女が来るから、お姉さんに送られているところを見られるとややこしいことになる。そんな意味を込めて言うと、お姉さんは納得したように笑った。そして「少し待っててね」と言ってどこかに行く。周りの大人たちはお姉さんと少し話をしてから、散った。


 言われるがまま待っていると、お姉さんがコンビニ袋を抱えて戻ってきた。


「せめてこれくらいはさせてね」


 中を見ると、いろいろ入っていた。中身はよく覚えている。


・カイロ

・手袋

・靴下

・パンツ

・ホットミルクティー

・菓子パン(朝食用かな?)

・お酒(本当に謎)


 お酒に「ん?」と言うと「飲むと温かくなるし寝やすいよ」と笑顔で返すお姉さん。そういう問題じゃない。僕は思った。ホームレスに混ざって野宿をしている高校生の自分が言えたことじゃないだろうけど、このお姉さんも相当ヤバイ人だ。チクショウ、笑顔が眩しいぜ。黙ってもらっておくことにした。


 お姉さんにお礼を言うと、お姉さんが一回僕の頭をポンッと叩いてから「風邪引かないようにねー」と言って去っていった。


 手袋をはめて、靴下を取り替えて、カイロを取り出す。そして何故か渡された酒を飲む。アルコール度数5%くらいの缶チューハイ。しかもロング缶。確かにあたたかくなってくるけど、冷たいから飲んだ瞬間は体温が下がる。


 この夜、僕は頻繁にトイレに行きたくなり、結局ほとんど眠れなかった。


 後日、ほどなくして彼女と別れる。


 この話は僕にとって、鉄板トークネタになった。

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