貧乏飯のおもいで②「油揚げ」

 僕は、よく油揚げを食べる。別名「薄揚げ」「お揚げさん」。油揚げは揚げているから脂質が少し高いが、豆腐同様に良質なタンパク質などが含まれている栄養満点の食材だ。


 油揚げを使った代表的な料理と言うと「稲荷ずし」「うどんの具」だろうか。貧乏飯的に言うと「稲荷ずし」は使う油揚げの量が増えるため、贅沢だ。甘辛く味を付けてうどんに乗せるのは良いけど、僕は、きつねうどんより素うどんのほうが好き。だから具にはしない。


 僕がよく作るのは、衣笠丼だ。


 衣笠丼とは、甘辛く炊いた油揚げを玉子でとじてご飯に乗せた丼料理のこと。ほとんどの衣笠丼には油揚げと一緒に青ネギが使われている。だけど、僕には青ネギを買うという習慣があまりないため、玉ねぎを代用することが多い。貧乏飯と玉ねぎは切っても切り離せないものだ。親友みたいな感じ。


 これが凄くうまい。油揚げを噛んだ瞬間に、出汁の香りと醤油の甘辛さが口の中にじゅわっと広がる。卵のふんわり感もたまらない。これがご飯に合わないわけがない。一味をかけると一気に味が引き締まり、これまたうまい。卵2個と油揚げ1個程度なら、よほど切迫した状況以外では揃えられるほど安価だ。


 衣笠丼は、貧乏飯界の重鎮と言えよう。


 そして、衣笠丼以外にも油揚げは使い道が多い。炒め物に入れてもボリュームが出るし、何かを包んでフライパンで焼いてもうまい。納豆を包んで焼くのが個人的にはお気に入りだ。


 芸人・さまぁ~ずは、貧乏時代に油揚げを焼いて醤油をかけたものをご飯に乗せて食べていたらしい。見た目はあまりおいしそうに見えないが、食ってみると結構うまい。使う食材が二つだけ、調味料は一つだけというのが貧乏にはありがたい。


 また、個人的に推したい油揚げレシピがある。


 きつね鍋だ。鍋に出汁と油揚げを入れて短時間煮るだけ。これをポン酢とあわせて食べる。油揚げに染み込んだ出汁の風味と、ポン酢が驚異的な味わいを演出してくれる。温かいから「なんか食ったなあ」という感じもする。冬の定番貧乏飯だ。


 きつね鍋には忘れられない思い出がある。寒すぎて死にそうなある夜、妹が一人で僕の家に来て「鍋食べようぜ!」と言った。妹の手には「たくさんの油揚げ」だけ。当時は別に収入が低かったわけではないが、妹にたくさん金を使ったため、金欠だった。他の食材は冷蔵庫に無い。あるのは米とポン酢、そして少しの日本酒だけだった。


 妹は「知ってた。大丈夫」と言い、鍋を作り始める。どうするんだと思って待機していると、食卓には油揚げだけが敷き詰められた鍋が出てきた。「これが美味いんだって」と言う妹の言葉を信じて食べると、これがうまい。寒くてかじかんでいた手が、じんわりとあたたかくなっていくのを感じた。


 妹に何かを作って貰ったことは、後にも先にもこの日以外にない。妹は現在は他界しているから、彼女は永遠に「きつね鍋の女」であり続けるだろう。僕は、きつね鍋を食べると毎回この夜のことを思い出す。


 書いているうちに、また食べたくなってきた。明日食べよう。

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