『宇宙船製造法』

 藤子不二雄少年SF短編集。ドラえもんで知られているあの漫画家はさまざまなSF短編を描いている。それを集めた短編集が多数出版された。その中のひとつが藤子不二雄少年SF短編集だ。僕は1~3巻まで持っている。この短編集は全ての短編が収録されているわけではない。全集はまた別にある。

 この短編集で印象的な話はいくつもある。『流血鬼』とか『山寺グラフティ』とか『未来ドロボウ』とか。

 今回は『宇宙船製造法』の話だ。僕が持っている短編集の3巻ラストにこの話が収録されている。僕が今書いている小説『冬が真っ赤に染まる音』で主人公が読んでいる漫画でもある。彼はこの話を読んだとき、彼のその時の心境なども影響しているのだが非常に失礼で的外れた反応をした。鼻で笑いながら「こんなのありえるのかねえ」と。

 宇宙船製造法は少年少女が乗っている宇宙船が損壊して星がほとんど見えない宇宙の辺境の星に不時着するところから物語が始まる。地球に帰れないことに腹を立て落胆し絶望する船員たち。仕切りたがりの志貴杜が「大気圏の中なら飛べる。流氷から抜け出そう」と提案。船を緑豊かな大地に移動させる。主人公である小山は宇宙船を修理することを提案するが、志貴杜は「この星に根を下ろして生き抜くほうが現実的だ」と却下。備蓄の食料にも限りがあるから生き抜くためにまずは食料調達から始めよう。ゆくゆくは農業にも手を出したい。と語る。小山以外の全員が「確かに今は生きることが先決だ」と志貴杜に従った。

 順調に食料になりそうなものを見つけていき、家畜にするために獣を生け捕りにすることを考える。ここで堂毛という男が光線銃を持ち出して獲物を仕留めた。志貴杜は「何のために罠をはったんだ。生け捕りにしないと意味がないじゃないか」と堂毛を咎めた。すると堂毛は光線銃を志貴杜の足元に撃つ。ここから堂毛が好き勝手し始めるのだ。スネ夫みたいな甲森という人物に堂毛が銃を預ける。二人は備蓄の食料で勝手にパーティーをするなどやりたい放題。

 他のメンバー全員で堂毛の武力解除を試みる。無事武力解除は成功し、志貴杜が光線銃を管理することに。堂毛は一週間の禁固刑になった。

 志貴杜は自分自身を指揮官とし、他のメンバー全員を働かせるようになる。メンバーは自分自身を奴隷みたいじゃないかと言い、文句を垂れる。小山は依然として宇宙船の修理方法を探っており、夜な夜な考え事をしていた。志貴杜は消灯時間を過ぎていることを指摘。これからさまざまな法律を作ることを宣言。

 翌日小山は宇宙船の材料になりそうなものを拾ってきたが、肝心の食料調達はノルマに達していなかった。志貴杜に宇宙船のことは忘れろと言われ、小山は「地球への未練は捨て切れたのか」と問う。志貴杜は答える。

「夢を見るよ、毎晩……地球に帰った夢を。」

「だが、考えるのは実行可能な道だけだ。それがリーダーの役目じゃないのかな。」

 それから志貴杜は仕事をさぼって山火事まで起こした甲森にムチを打つ。

 ある日、小山は宇宙船の修理方法を思いつく。それは「氷を水の中に沈めて流氷で覆うことで破損した船の外殻をカバーする」というメチャクチャな案だった。小山はこの案を断行すべく、志貴杜に無断で船を動かす。志貴杜は小山に銃を突きつけた。それでも止まらない小山の腕を光線がかすめる。次は殺すと志貴杜は言うがそれでも小山は止まらない。引き金を引こうとしたとき、堂毛らが志貴杜を取り押さえる。

 小山は水の中に宇宙船をつけた。

 破損した船の隔壁が水圧にどれほど耐えられるのかを志貴杜は気にかける。小山は「たいてい大丈夫だろ」と言う。志貴杜は小山に「そんないい加減な見通しで皆の命を危険に晒すのか! 100%を保証しろ」と怒鳴るが、堂毛は「俺は30%でもやるぜ」とたしなめる。

 結果、巨大な氷を覆った船は無事に浮上して宇宙に飛び立っていく。小山が志貴杜の姿が見えない事を気にして彼の自室に行き「地球に帰れるよ」と言うと、志貴杜は「ママ……」と言いながら涙を流した。ワープホールに入る。

 ここで物語は終わるのだ。


 はじめて読んだとき、僕は鼻で笑いながら「ありえへんやろ」と言った。子供の頃だったからその感想になるのは仕方がないと思う。


 だけど、今読んでみると全く捉え方が異なることに気づいた。この短編には社会とは何か、法律とは何か、そんなたくさんの要素が散りばめられている。社会には秩序が無ければ成り立たない。一人だけ武装して皆を脅して好き勝手やっている奴がいるようでは全滅だ。だからと言って人の感情を無視して法律を徹底させたとしても、人々の不満が募ってしまう。しかも志貴杜は指示だけして自分は労働に参加しないのだ。現場を知らないリーダーへの不満というのは今の世の中もよくあることだと思う。

 また、全員の安全を考えて規律を重んじて心を鬼にしながら与えられた環境をより良くしようと考えるのも、そもそもの原因を解消して環境自体を変えようとするのも両方正しいように思う。

 この物語の中心は「志貴杜」と「小山」の対立関係だろう。現実だけを見ようとする志貴杜と理想を抱き続ける小山。

 結局みんなは小山の側につく。志貴杜というリーダーに不満が募っていたこともあるのだろうが、全員心のどこかに「地球に一生帰ることができない」という現実を受け入れがたいと感じる自分を抱えていたのだろうと僕は思う。だから確実ではないとしても自分たちの理想を実現しようとしている小山に賛同した。

 人は現実だけ見ているのでは生きていけない。夢や希望という理想を抱いてこそ華々しく生きていられるというものではないだろうか、と僕は思う。

 表面だけをさらえばトンデモな話なのかもしれない。実際、子供の頃の僕はそのトンデモ加減に他の作品となんだか違うなあと感じていた。他の作品は深く考えなくてもゾッとしたりジーンとしたり感情を揺さぶられるものが多かったからだ。

 ただ、大人になってあれこれ考えながら読んでみるとやはり藤子不二雄の短編集だ。さまざまなことを考えさせられる。考察も感想も人によってさまざまだろうと思う。

 話の展開の都合上ネタバレをしてしまったが、実際に漫画で読んでみてほしい。たぶん、古本屋とかには本作を収録した短編集が売っていると思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る