小説執筆の癖のようなもの
小説に限らず、創作物には制作者の趣味趣向や癖が反映されがちだ。僕が大好きなアニメ『機動警察パトレイバー』を例にあげよう。押井守が監督を務める回が結構あるのだが、押井守が監督をしている回は食事シーンが多い。整備班の連中が大皿に群がっておかずを取り合うシーン。立ち食いそばを食べるシーン。とにかく押井監督は食を描きがちだ。
そんな制作者の癖だが、僕にもあるらしい。
僕は「酒と飯のシーン」をよく描く傾向がある。登場人物設定には「酒の好み」という項目がある。人物のバックボーンや性格によって「こいつはどんな酒を好むだろうか」「そもそも酒を飲むのだろうか」と考える。そして、作中にはその好みを反映させて飲みのシーンを入れる。飲みのシーンは大抵重要な局面になることが多い。自分が入れたいシーンを無駄なシーンにしたくないのだ。
また、僕には「喫煙シーン」を入れるという癖もある。これまた登場人物設定には「喫煙の有無」と「吸っている銘柄」の項目がある。紙巻きたばこを吸うのか手巻きたばこなのか。加熱式なのかVAPEなのか。銘柄は何か。ライターは何を使っているのか。何故その銘柄やライターなのか。愛煙する銘柄の移り変わりまでも細かく設定してある。
煙草という小道具は非常に便利だ。物を考えながら煙草を吸うシーンでは灰皿に残る吸殻の数でどれだけ長考していたのかがわかる。煙草の味の感じ方でなんとなくの心理描写もできる。登場人物が今リラックスしているのか、緊張しているのか。そういったことも煙草の吸い方などで描写できてしまう。
これは小説に限った話ではない。仕事でもストーリー仕立ての文章を書くことがある。そういうときの心理描写にも煙草を使うことがある。
ただし、頼り過ぎないようには気を付けている。こういう小道具による心理描写というのは「たまにあるから光る」のだ。あまりに頻繁に使い過ぎると喫煙という行為の特別感が薄れてしまう。
もちろん多くのスモーカーにとって喫煙はそこまで特別な行為ではない。ただ、特別な心理のときに煙草を吸う時間というのはやはり特別なものだ。恋人と別れた後の一本はその時にしか味わえない。仕事で辛いことがあったときの一本もその時にしか味わえない。煙草と心理が結びつくことは「特別」なのだ。
少し熱くなりすぎた。創作の癖の話から煙草という小道具の話になってしまっているじゃないか。
みなさんにはどんな癖がありますか?
そう、これを聞きたくて書きはじめたんだった。忘れてた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます