栄光のゴールデンバット

 今日も仕事が終わった。今日は諸々の支払いを済ませなければいけない。体力を使い果たした仕事終わりに非常に面倒なことだが、僕はコンビニに行った。時間は19時半頃だったか。最も近いコンビニに行くには片道10~15分程度かかる。本当に面倒だ。支払いのためだけに行くには億劫になる。何かを買いたい。そういえば缶ピースがもう切れていた。煙草を買おう。

 暗くなってきた道を歩く。ぼうぼうと生えた草が左腕を刺してくる。活動時間を誤った虫が目の前を飛ぶ。蒸し暑い。雨粒がぽつぽつと空から落ち始めている。全てが鬱陶しい。畜生、と心のなかで呟いていたらコンビニに着いた。眩しすぎる灯りに吸い寄せられるようにして店内に入る。支払い用紙を鞄から出し、店内を物色。安酒を手に取り、支払い用紙と一緒にレジに持って行った。

「あと……」

 レジ奥の煙草棚に目をやる。僕は缶ピースが切れたときにはよくハイライトメンソールを買う。僕のタバコの原点だからだ。ただ、この日は気分ではなかった。ある銘柄が目にとまる。僕は何も考えずにその番号を口に出していた。

「204番、ゴールデンバットひとつください」

 店員さんが「おっ」という顔をしてから笑顔でゴールデンバットを取りに向かう。丁寧にパッケージを見せてくる。「こちらで間違いありませんか?」「はい、間違いありません」テンプレートのやり取りをして、僕はまたテンプレート通りに年齢確認ボタンを押した。支払い手続きも進んでいく。無事に支払いと買い物を終え、「ありがとうございました」と店員に言い残して店から出る。ゴールデンバットだ。久しぶりだ。以前はよく吸っていた。旧三級品と呼ばれる、他より安い煙草なのだ。金欠のときに度々世話になるのだ。ただし、他の紙巻き煙草よりも短い。そして使われる葉も他のタバコを製造したときに残される茎などを含む葉だ。いわゆる「クズ葉」というやつだ。生産した煙草葉はもれなく製品にしなければならない。煙草はクズにもやさしい。そういうところに愛おしさを感じる。クズと言われながら旧三級品を愛する人は多い。愛すべきクズなのだ。

 早速吸いたい。だけど、コンビニ前の灰皿は撤去されてしまっている。吸うためには早く家に帰らなければならん。足早に帰る。帰宅して手を洗い、グラスに氷を入れて酒を注ぐ。ゴールデンバットのフィルムを剥がす。葉っぱ感のある緑色のパッケージに包まれた煙草が見えてきた。たまらず一本取り出し、火を点ける。ほんの少しの青臭さと強い甘みが口中に広がった。これは当たりの一本だ。ゴールデンバットには「当たり外れ」がある。ハズレのものはひたすらに青臭い。当たりのものは煙草本来の強い甘みを感じる。不均一な葉っぱを使っているからだろうか、味もまた不均一なのだ。この不安定なところに僕はたまらない魅力を感じる。しかも、当たりの一本は僕が愛するピースにも負けないうまさがあるのだ。

 ピースはJTの最高傑作と呼ばれることがある。国産初の本格ヴァージニアブレンド。煙草本来の甘みにバニラの着香が加わり、かなり甘い。甘い上に雑味がほとんどないのだ。ゆっくりと吸えば極上の喫味になる。こればかりは唯一無二だ。だけど、当たりのときのゴールデンバットもまた唯一無二と言える。

 ああ。

 いいなあ。

 久しぶりに、いいなあ。いいわあ。これだわこれ。

 だけど、残念なことにゴールデンバットは9月末で製造終了となる。10月からは在庫の売りつくしをもって販売終了だ。旧三級品仲間のわかば・エコーもまた販売終了となる。わかばはリトルシガーとして販売が続く。ゴールデンバットのリトルシガーも北海道限定で展開されているが、これが全国展開されるかはわからない。されるのだろうか。パッケージに付いてくる「ゴールデンバットに関する重要なお知らせ」には、ゴールデンバットのリトルシガー展開に関することは何も書かれていない。ただ、販売終了のお知らせと「わかばシガー」が販売されるということが書かれているだけだ。

 ゴールデンバットの煙を吸いながら、なんだかとても寂しい気持ちになった。太宰治も愛したゴールデンバット。現役最古の銘柄として知られるゴールデンバット。煙草が売れにくいご時世、旧三級品の居場所はないのかもしれない。それでも続いて欲しかった。この歴史は連綿と続いていくものだと信じていた。煙草の歴史が続く限り。

 ああ、栄光のゴールデンバットよ永遠に。

 僕は変わらずピースを吸い続けるけど、君のことも忘れない。根本まで吸った当たりの一本をもみ消しながら、「9月いっぱいはゴールデンバットを吸おう」と決めた。

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