第116話 食道癌2
「お迎えにあがりました」
「はあ、では呼んできますけど。前でお待ちくださいな」
「はい。ありがとうございます」
診療所にやってきているのは騎士団長にあたるオータム=ダンの甥であり、ユグドラシル領の騎士団の一員でもあるカレラ=ダンという青年である。オータム=ダンの弟が騎士団の魔法隊を率いているとかで、要は父親と叔父のコネで入隊している人物である。ちなみにそこそこのイケメンだ。
「いや、先生。あのカレラって人は騎士団の中でもそれなりに優秀らしいよ。冒険者だったらAランクくらいだってアレンさまが言ってた」
「ローガン、噂のみをもとに人を評価をしてはならない。相手が信じられるかどうかは自分の目で確かめなければならないのだよ」
「うわー、なんか良い事言ってる風を装いながらおもいっきし私情が入ってそう」
昨日も一昨日もやってきてはレナと一緒に領主館へ向かうカレラというこの人物。レナに心酔しているのか、「あれほどの魔法使いは王都にもそうはいない」だとか「あの若さであんな素晴らしい魔法を使うなんて天才だ」だとか本人の前で恥ずかしげもなく言いまくる。
「薄っぺらい言葉ばかりを並べたとしてもだね、本当にその人を理解できているかどうかというのは分からないものなんだよ」
「はいはい、わかりましたよ。ところでレナさんを呼んでないけど、いいんですか?」
「うん、五分くらいは待たせておこう」
診療所の外ではカレラがタバコを吸っている。あんな高級品を吸うことができるというだけでも金持ちのボンボンであるというのは確定である。そして診療所の前でタバコを吸うということがどういうことかを理解していない時点で僕の中では気に食わない。そう。そういう意味で気に食わない。
「いいかいローガン。タバコというのは医学的には百害あって一利なしというくらいに健康に悪いものであってだね。自分で吸うのはもってのほかだし、あの煙に近づくのも良くないからね」
「それ、先生とその周囲以外に知っている人はいない情報ですからね」
タバコは発癌物質が大量に含まれているだけではなく、主成分のニコチンには強い依存症状がでるために止めにくくなるというのは現代人ならば誰でも知っているだろうが、この世界ではそれを知っている人はほとんどいない。そもそもタバコが流通する事自体がほとんどない世界であって、貴族とその周囲のごくわずかな人々だけが嗜好品としてそれを楽しんでいる。
癌だけではなく動脈硬化や呼吸器疾患にも影響を及ぼすものであり、医学的にはありえないほどの不健康物質だった。反面、それを吸う事で精神的に落ち着くなどの効果もあるために現代日本をはじめとして世界的に完全に禁止することはできていない。僕も昔はちょっと吸っていた時期はあった。
「そもそも煙を吸うこと自体が健康にいいわけがないでしょ」
「そうですね。でも、呪いで亡くなる前に騎士団員として殉職する可能性もありますね」
「長生きするかもしれないよ」
「うわぁ、先生って意外と器が小さかったんですねえ」
なんかローガンにひどいことを言われているようだけど、医学的に見て、そう、医学的に間違ったことは何一つ言っていない。僕が昔、諸事情で禁煙しなくてはならなくなって、頑張ってやめたはずのそれを美味そうにプカプカと吸っているカレラが憎いわけでも、昨日も一昨日もレナをつれていってしまうカレラが憎いわけでもなく、医学的な立場からそう言っているだけのことだ。
「あ、カレラが来ているのね。そろそろ領主館へ行ってくるわ」
「ああ、いってらっしゃい」
まだ呼びに行っていないのにレナに気付かれた。レナが出てきたのにきづいたカレラがタバコを地面に捨ててレナに怒られている。ざまあみろ。
「そんなに心配ならさっさと付き合っちゃえばいいのに」
ローガンが何かを言ったらしいけど、よく聞き取れなかった。
***
騎士団の魔法隊というのはあくまで騎士団であって、正式な魔法使いというわけではない。彼らは一般的な騎士団同様に鎧を着こんで剣を佩いている。馬にも乗るし、主体はあくまでも騎士だった。だから
「魔法が使える騎士という位置づけらしいね」
「ああ、そうだ。父上が考案した」
久々に診療所にアレンがやってきていた。今日は依頼に出ているわけでもなく、ノイマンとミリヤは他に用事があるとかで一緒ではないという。
「最近はベルホルトが世界樹に登っているから、世界樹の雫を依頼することもめっきりなくなったもんね」
「ああ、なんだか寂しいようなきもするが、本当は良いことなのだろう」
専属で薬を作る役割を買って出たベルホルトは意外にもこの診療所にかなりの貢献をするようになっている。薬の材料の調達から栽培まで、ベルホルトがやりだしたことは幅広い。
そもそも現代日本でも薬剤師は薬剤師単体でかなりの業務内容がある。医師も薬の調合にまでは手が回らないし、他にも看護師、検査技士、臨床工学技士、放射線技士、リハビリ技士、介護士、医療事務など職種は多岐にわたるのだ。一人で全ての医療を行えるわけではない。
「魔法薬師か」
「他にも看護師に医療魔道具師、医療鑑定師とかを考えているよ」
「看護師はサーシャ殿にマイン、医療魔道具師はヴェール、医療鑑定師はまだ専属はいないがシュージとローガンがやっている感じだな。アマンダの弟子の中に候補がいそうだな」
「そうだね。フォンが冒険者を引退するっていうならスカウトしようかな」
心眼や鑑定魔法の使い手を育てたいところである。もちろんローガンは医者として育てていく予定だった。
「学び舎が必要だな」
「そうだね、医学を学ぶ学校が必要だ」
僕の最終目標はそこである。病院もそうだけど、そこで医学を教えていく。そして広めていくのだ。
「ところでシュージに頼みがある。父上からだ」
「領主様から? どうしたんだい?」
「いま、レナが教育している騎士団の魔法部隊があまり良くなくてな」
「そ、そうなんだ」
「それで実戦演習を企画しようと思っているのだが、協力してくれないかということだった」
実戦演習となると、冒険者ギルドの依頼のようなものだろうか。
「具体的には何も決めていないが、レナの時間をとってしまうことも考えるとこの診療所で使う素材を集めにいくというのはどうだろうかとジェラールが言っていたぞ」
「それはいいね。是非お願いしたいよ」
「シュージも、ついてくるか? レナが騎士団と一緒に行くしな」
「あ、ああ。そうだね」
「分かった、了承を得られたと伝えておこう。その間の診療所はカジャルにでも任せればいいだろう」
よし、それならばまずは手始めにマグマスライムでも取ってきてもらおうか。騎士団の魔法隊が何人いるかは知らないけど、レナの
「助かるよ」
「シュージ……、何か悪い事でも考えているのではないか? そんなキャラだったか?」
アレンには何故か心配された。後ろで聞いていたローガンにはため息をつかれた。
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