第117話 食道癌3
ティゴニア火山にはもうずいぶんと来ていなかったような気がする。以前に来たのはアマンダ婆さんの手術のためにマグマスライムを狩りに来た時であり、その後に必要になった時の採取は冒険者ギルドにお願いしていた。
「久しぶりだね」
「そうね、あれからずいぶんと経つわ」
ユグドラシルについてからすぐの事だった。それから色んな事があったけど、僕らはなんとか診療所を開設してユグドラシルの町で医療を行うことができている。
あの頃はノイマンとミリヤはまだBランクの冒険者だった。実はそろそろSランクに昇格するというのを僕はジャックから聞いている。本人たちには黙っているけれど。
「耐炎のマントは騎士団も持っているらしいしね。僕らはやることはないよ」
「……そうでもないと思うわよ」
実は騎士団は先にユグドラシルの町を出発していて、僕らはレナの
「この前はロックアルマジロを狩ってきたんだっけ?」
「そうだったわね。私がギルドの酒場でシチューを買って」
ノイマンとミリヤが
「レナ殿、シュージ殿」
どの方角に火薬草を採取に行こうかなと考えていると、騎士団魔法隊の隊長が近づいてきた。騎士団長のオータム=ダンの弟であり、カレラ=ダンの父親であるスコル=ダンという人物だ。
「申し訳ない、思ったよりも道中の魔物にてこずりまして」
「野営の準備が終わるまで僕らは周囲の採取に出ています。この調子ではマグマスライムを狩りに行くのは明日の朝ですね」
「いやはや、本当に申し訳ない」
意外と悪い人ではないのかもしれない。しかし、隊長ともあろうものがこんなに覇気がなくてもいいのだろうか。兄のオータム=ダンはいかにも騎士団長というような人物であったのに比べて、少し頼りない印象がある。
約二十名の騎士団魔法隊の面々はてこずりながら野営の準備を行っていた。あれでは本当に日が暮れるのではないかと思うほどに手際が悪い。ユグドラシル領の騎士団は王都で武名を挙げただけに、この光景はちょっと信じがたかった。
「実は魔法隊よりも他の騎士の方が魔法ができたりするのよ」
「えっ?」
「私が演習の指示をしていると他の騎士たちも来るんだけど、こいつらよりもよっぽどの見込みが良いというか、こいつらは騎士団の中でも落ちこぼれというか……」
そういう事か。中には優秀な騎士もいるけど、基本的には落ちこぼれが集められた集団というわけである。新たに新設した部隊だけあって、上位数名を除くと他の隊であぶれたものたちがかき集められたのだろう。魔法適正だとか、そういう分け方で選ばれたわけではないようだった。
「さ、こんなの見ててもイライラするだけよ。さっさと採取に行きましょ」
「う、うん。そうだね」
なんだろう。僕が彼らに抱いていた印象ががらっと変わったような気がする。
***
「前衛が攻撃を防いでいる間に魔法で仕留めないと、マグマが……」
翌日に騎士団がマグマスライムの討伐へと向かったのであるけど、レナがきちんと説明しているわりには攻撃を防ぎそこねて火傷して戦線離脱する騎士だとか、いつまでもとどめを刺せない騎士だとかが目立つ。あまりにもひどい所にはレナが助けにいかないといけない隊もあった。僕は基本的にはただの見学だったはずだけど、火傷してしまった騎士を治療している。
「シュージ殿、助かります。申し訳ない」
スコルは昨日から僕らに謝りっぱなしである。そこまで謝らなくてもいいと思うけど、癖になってしまっているのだろうか。貴族だと聞いていたけど、気が小さい人なのだろう。
「ちょっと、休憩にしますか。一旦引きましょう」
「そ、そうですね」
けが人が増えたところでそう進言する。マグマスライムは一応Aランク相当の冒険者たちが狩りにくる魔物である。レナがいるからBランク相当だったノイマンでも前衛を務めることができたけど、後衛の魔法の威力が足りなければ前衛にかかる負担は増すに違いない。
視界に入る討伐済みのスライムゼリーだけを回収して、騎士団魔法隊は撤退することになったのだった。
「こんな体たらくでは……」
スコル自体はなかなか優秀な騎士なのだろう。特に魔法の威力はレナやロンとまでは言わないが、申し分ないのだ。その子であるカレラもこの魔法隊の中では上位に入る実力者だった。
「ちょっと、失礼」
それぞれ休んでいる騎士団魔法隊から離れて、スコルがタバコを吸いだした。カレラがタバコを吸うのは父親の影響だろう。そう思っていると、カレラもスコルの方へと歩いていき、一緒にタバコを吸いだした。タバコを吸う後ろ姿は親子であると実感するほどに似ている。
「どうしたの?」
「いや、医者としてね。医者としてタバコを吸うってのはあんまりよい印象はないというか」
「そうね。病気の原因になるんだっけ」
「高血圧に心筋梗塞、脳梗塞、そしてもちろん肺疾患などなど。それに対していい所なんてほとんどないよ」
「なんか、落ち着くってカレラは言ってたわ」
「まあ、依存性薬物によくある作用だよ。落ち着く作用があるんじゃなくて、依存が強くなればなるほどに吸ってないときに落ち着いてないだけだ」
ということはカレラもすでにニコチン中毒なのだろう。あ、もう今日は諦めたのか食事の準備に入っている。
「まあ、タバコのことはいいとして、このままじゃマグマスライムは狩れないわよ」
「そうだね。まさか二十人もいて三匹しか討伐できてないとは思わなかったよ」
Bランクだった頃のノイマンですらもっと耐えたし、それ以上にマグマスライムにとどめを刺すはずの氷魔法の威力が低すぎる。今回はマグマスライムの足が遅いから撤退は何の問題もなく行えたけど、これが足の速い魔物だったり飛行する魔物だった場合には僕やレナがしんがりを務めるはめになったのではないだろうか。
「これは本格的に鍛えてやらないと、今後のユグドラシル領が心配だね」
「そうね。その通りなのよ」
レナがため息をついた。僕らにも携帯食が回ってきたけど、もうちょっと美味しいものが食べたいので断っておく。というよりも時間はあるからきちんとした食事を作ればいいのだけど、魔法隊の面々は疲労困憊らしい。
「コンセプトは悪くないはずなのよね。前衛と同程度の防御力を持ちつつ、馬にも乗れて機動力も十分になるはずだし」
「鍛え上げることができればね」
「そうね。できればの話ね」
僕らはそろってスコルとカレラの親子を見つめた。おそらくはあのスコルという隊長が優しすぎるのだろう。隊を率いている最中だというのに息子と談笑しているようでは駄目だ。
あ、携帯食を喉に詰まらせたのかな? むせているスコルの背をカレラがさすっていた。これはもしかして……。
「もしかして、あの親子のしつけを押し付けられたのかしら」
僕が心の中で思ったことをレナが口に出して言った。
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