第98話 鎖骨下動脈盗流症候群6

「シュージ、あまりにも事が上手く運び過ぎてだな。むしろこれは罠ではないかと思うのだが」

「アレン、僕もちょっとその可能性を考えてたよ」

「どうすんのよ。結局、戦ってすらいないからユグドラシルに帰るくらいの魔力は残ってるわよ」


 王都のジェラール=レニアンの陣営があったところで僕たち三人は今後のことを考えていた。あまりにも早く計画が成功してしまったために、ジェラール率いるユグドラシル領軍どころか僕たちですら戦っていない。

 計画成功の知らせを受けたユグドラシル領軍は王都まで後退してきているし、僕の目的は果たしたけどジェラールに言った「戦力を削ぐ」という行為は達成できていないのだ。


「なんとしても弱点を見つけないとね」

「いや、これがそうだろう」

「まあ、そのような気もするね」


 今、僕たちの目の前にはヴェールが座っていた。その首にはよく分からない何かが巻き付けられている。なんというか、ぱっと見ただけでは茶色のマフラーにしか見えない。


「先生たちに助けられちゃったわね」


「聞いてもいないのに助けられたとか言っているぞ。やはり罠ではないか?」

「だから、いっその事ユグドラシルまで連れていっちゃえば何もできないんじゃないの? 正直疲れたからもう帰りたいのよ」

「これ、どう考えても魔力を取り込めなくする魔道具だよね。自分たちの仲間を拘束するために使ったんだろうけど、これを解析したら他の連中も拘束できるんじゃないかな。ちょっとメルジュさん呼んでこようか」


 アレンに先導される形で僕らはセンシルの町の南に潜入した。魔物の群れはたくさんいたけど、そのほとんどは町の中心部に近いところにいたために、南側には何もいない。おそらくは北側の警戒はすごいのだろうけど、そもそも人間の見張りのように魔物を使うことができるかどうかも分からなかったのだ。

 アレンは持ち前の俊敏さを駆使して僕らを先導してくれたために、町に入り込むことはできた。中心部にヴェールがいるのだろうなと思っていたために、まずは比較的崩壊具合がマシな建物の中に入って様子を見ようということになり、一番南側の建物に忍び込んだのだ。


 そしたら、そこにヴェールが捕えられていた。


「助けて! 先生!」


 動けないヴェールを見て僕らはちょっと混乱したのだけど、レナの転移テレポートを使ってあっという間に王都に戻ってきたというわけである。そしてとりあえずはジェラール陣営の留守番をしてくれている騎士に信号弾を放ってもらったというところだった。



「とりあえずジェラール様たちが帰ってくるのを待とうか。報告もしたいし」

「ねえ、先生。これをほどいてくださらない?」

「それは当分できそうにないんだけどさ……少し、ヴェールに聞きたいことがあるんだ」


 僕は今のうちにヴェールに聞いておかねばならないことを聞くことにした。ヴェールも嫌がった素振りは見せない。


「なに?」

「仲間に捕えられてたってことは、裏切ったってことかな?」

「そうね、彼らはそう解釈したみたい」


 やはり、僕らに王都襲撃を忠告したことが仲間にばれたようだった。それで捕えられたと。


「ヴェールはもう僕らと敵対しないと考えてもいいのかな?」

「まあ、そうね。こうなった以上は彼らのもとにはもどれないわ。でもこのまま捕まっていても処刑されるだけよね?」

「取引しない?」

「取引?」


 僕はヴェールにこう提案した。今、王都を襲撃している彼らを助けることは不可能だけど、ヴェール一人ならばなんとかなるかもしれない。少なくともランスター=レニアン領主には助命を嘆願してみる。僕は前回の王都防衛の時の手柄にたいする報酬をまだもらっていないし、ランスター領主もまだヴェールの事などについては王都側にも情報を与えていないと言っていた。なんとかなるかもしれない。


「その見返りは? 私になにを望むのよ」

「僕はね、君にある魔法を使って欲しいんだよ」


 それは液体を自由自在に操り、そしてその中の成分を変えるという魔法である。つまりは人工心肺である。周囲から魔力を吸い取ることのできるヴェールであれば魔力量は問題ないはずだ。だから、ヴェールが人工心肺の役割をしてくれることで、ラチェットの鎖骨下動脈盗流症候群の手術が可能となる。かなり大がかりなものになるけど、これで僕の理想とした手術体勢が完成するかもしれな……。



「……残念ながら無理ね。液体を操るのと魔力量はなんとかなっても、私は製薬魔法を使ったことがないわ」



 僕は一瞬理解ができなかった。おかしい、さっきまでものすごくうまくいっていたはずなのに。あれ? ヴェールならばできるはずだと確信していたんだけど……。


「や、やってみたらできるかもしれないよ?」

「ええ、練習したらなんとかなるかもね。魔力量はこういう体質だからなんとかなるわ」


 つまり、ヴェールが製薬魔法を覚えて血液の中の酸素と二酸化炭素の入れ替えができるようになるまでは人工心肺は使えないということか。


「シュージ、仕方ないよ。諦めよう?」

「いや、レナ。僕は諦めないよ。他の方法を探す」

「ちょっと、私の助命嘆願は?」


 僕らはヴェールの訴えを一旦保留して、ジェラール=レニアンが帰ってくるのを待った。




 ***




「そちらが、彼らの仲間の一人だったヴェールという女性ですね?」


 こんな時も紳士なのがジェラールである。アレンとはちょっと違う。


「ええ、セイと名乗っていたわ。ヴェールはユグドラシルの町に潜入した時の偽名よ」


 青色だからセイか。結構適当だなと僕は思った。おそらく、本名は違うんだろうけど。


「しかし、すごい早かったですね。さすがは兄上」

「なに、ちょっと森の中に道をつないだだけだ」


 アレンは僕らをつれてセンシルの町の東にある森を突っ切った。途中にかなり深い川があったのだけども、それを氷の魔法で橋を作ることによって本来ないはずの道を作り出していた。

 街道にはさすがに魔物がいた可能性が高い。少なくとも魔物を警戒して歩みは遅くなっていただろう。


「何も決められた道を進む必要など全くないだろう。誰が決めたんだ、そんなこと」

「兄上らしい」


 あれ? アレンが言ったことが僕の何かにひっかかった。


「行くべき道が塞がれているならば、他から道をつなげばよい」

「なかなか、その考えを実現までもっていける人物というのは案外少ないものです」

「これは現場レベルでの発想だ。お前はもっと大局を見る考えを身に付けなければならないぞ」

「ですから、機転のよく効く使い勝手のよい人材だと思いますよ」

「この、言うようになったな」


 多分、普通の階級ではありえない高度な兄弟喧嘩が繰り広げられているのだろうけど、後半はほとんど僕の耳には入って来なかった。


 僕は自分の馬鹿さ加減を呪いたくなった。こんな簡単なことにも気づかなかったなんて。


「レナ、帰ろう。僕はラチェットを救わなきゃならない」

「えっ、治療法を思いついたの?」

「ああ、というか僕が愚かにも気づかなかったという目も当てられない事態だよ。ラチェットに謝らなきゃ。彼を絶望させたのは僕だ。何が今の僕にはできないだよ、本当に嫌になる」


 急に落ち込みだした僕にアレンとジェラールの兄弟はかける言葉が見つからないようだ。しかし、ここまで来た意味が全くなくなってしまった。レナとアレンにヴェール拉致作戦を徒労に終わらせたという事実にも、自分自身が不甲斐ない思いで一杯である。


「えっと、ヴェールはどうするの?」


 そしてレナにそれを言われて僕は固まるしかなかった。



 ヴェールにはもう用はないんだよ、なんて言える雰囲気ではないからなぁ。

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