第97話 鎖骨下動脈盗流症候群5
王都周辺の魔物たちは一旦引いたとはいえ、未だに南方に集結していた。その数は数千とも数万とも言われ、王都に各地から防衛戦力が集まりつつあっても安心できるような戦力ではなかった。
人間の軍隊のほどに組織だっているわけではないが、共食いもせずに一か所に集まるのはそれだけで異様であり、また脅威である。
積極的な攻撃論はでないままに王都は籠城を続けることを選択した。その理由は魔力遮断水に限りがあるというのが建前ではあったが、ユグドラシル両軍が魔物たちを追い払うまでに守備兵たちの多くが傷つき、とてもではないが攻勢に出られるような状態ではなかったというのが本音だっただろう。
「後方には彼らがいるはずだ。でなければ魔物たちを制御できない。あれは魔力で支配していたというのが証明されたからね」
僕が言う彼らとは白とか赤をまとう男たちの事である。おそらくは以前青の服を着て僕らの前に現れたヴェールもそこにいる。他にも仲間がいるかもしれない。
「幸いにもメルジュさんたちのおかげで魔力遮断水はなんとか量産体制に入ったらしいし、防衛だけを考えるとまだまだ大丈夫だと思うんだ」
「それで、私たちは何をするの?」
「後方にいるであろう白とか赤とかをなんとかして、戦力を削ぐ」
「ずいぶんと大雑把な計画ね」
「今、攻められるなんて考えてないんじゃないかな。王都はこんな状況だし、依然として魔物の数はかなりいる。あの魔力遮断の霧をなんとかすることを考えながら風の魔法でも練習していると僕は思うんだけど」
だからこその少数精鋭での潜入である。
王都の防衛隊は壊滅一歩手前だったから反撃の力なんて残っていない。残っているならばユグドラシル領軍と、あとから合流した地方の騎士団たちだろう。それらが動くとさすがに彼らに察知されてしまうのだけども、逆手にとってやることもできる。
僕はジェラール=レニアンの陣営に赴いた。
「つまりは我々が攻める素振りをすれば、後方の警戒が弱まるということですね」
「そうです。そこを僕らが潜入して、なんとか戦力を削ぐ手伝いをしましょう」
「なるほど、レナさんの
ユグドラシル次期領主であるジェラール=レニアンの頭の回転は悪くない。変な
「最低でも僕の
「すでに魔力遮断が弱点だと分かったではありませんか」
「いえ、それだけではないはずです」
もし彼らがヴェールと同様の魔法人形だとしたら、体の内部の魔力をかき集める器官をどうにかすれば魔法が使えなくなるかもしれない。無力化させることができれば、捕縛も可能だった。
「彼らを作り上げた存在というのがいるのであれば、なんとか捕まえたいんです」
***
王都の南にある町があった。あった、と過去形であるのはすでに魔物の群れに攻め滅ぼされたと思われるからである。遠巻きに観察した冒険者の話では、建物もほとんどが倒壊し、城壁ごと廃墟と化していた。しかし、ごくわずかに残った建物を中心として魔物の群れがたむろしていた。
町の名前はセンシル。もともとは農業が盛んで王都に近いこともあり、交易の重要拠点としても有名だった町である。
「攻めてくるか……」
「おい、どうする? お前のところの風竜が本当にあの霧を払うことができるってんならなんとかなるが、そうじゃなけりゃあやべえぞ」
「セイがいないから、上空はクロに任すしかないのでござる」
その崩壊した建物の一つにクロたちは潜伏していた。潜伏といっても、周囲には魔物の群れがいる。すでに隠しておくことの必要性がなくなった今、各個撃破を避けるためにも戦力を集中させていた。
そこにユグドラシル領軍を中心とした無傷の軍隊が南下したという情報が入る。
魔力を遮断している霧をなんとかする必要があった。あの霧に包まれると、魔法で配下にしている魔物たちが正気をとりもどすのである。とは言っても魔物が正気を取り戻せば暴れ回るだけだった。中には逃走するものも多い。少なくとも統率などとれなくなる。
さらには霧に包まれた自分たちが魔力をとりこむことができなくなる。そうすると自身の魔力のみで魔法をつかわなければならなくなり、強力なものはいっさい使えなくなるのだ。
訓練もしていない、一般人と同様の彼らにとってそれは命とりだった。
「距離をとって風で霧が来ないようにするしかあるまい。逆に霧の発生源さえなんとかできれば我らを妨げるものはない」
「発生源か、なんか樽を持ち込んで魔法を使っている奴らがいるのは見たな」
暴風雨を巻き起こす魔法というのはクロたちであっても時間がかかる。しかし、時間がかかっても魔法を施行することはできるのだ。その間の時間稼ぎは風竜を主体とした竜族に任せる。
霧の発生源が特定できれば、セキの配下の獣族を向かわせる方針となった。セキが近くにいれば支配も外れにくくなる。こんな時にセイの配下の鳥族がいないのがクロには腹立たしかったが、そこは竜族でも代わりを務めることができる。発生源がなんとかなれば、ハクの配下のアンデッド族で攻め潰すのみである。
「冒険者と思われる斥候たちも何人か見かけるな。今のところはそこまで気にしてはいなかったが、これからは積極的に狩るように指示を出そう」
配下の魔物たちは南下してくるユグドラシル両軍に備えていく。次こそは負けるわけにはいかない。自然とクロの肩には力が入っていたが、それを指摘できるものは陣営の中には誰一人としていなかった。
「敵が、止まったでござるな」
「ああ、そのようだ」
しかし、魔物の群れと対峙した敵軍はそれ以上の進軍をしてこなかった。むしろ若干後退しているようにも見える。まだ距離があるために、こちらから攻撃をしかけるかどうかをクロは迷っていた。
「アンデッドで攻撃するのにはまだ遠いでござる」
「風竜を出すか、しかしもう少し距離を縮めなければ突撃も効果があるまい」
もしあの魔力を遮断する霧を吹き飛ばすことができたとしても、敵軍へ近づいている最中にもう一度霧を出されてしまう恐れがあった。それに今の敵軍はあの霧に包まれているわけではない。我々が近づいたら霧を出すつもりなのだろうかとクロは迷う。
迷っていてはだめだ。しかし、現状であの霧を本当に無効化できるかどうか不安があるのは否めなかった。それでも時間をかけてしまうと相手はこちらが風で対抗しようとしてくることに気付くかもしれず、それの対抗策を取られてしまえばそれこそ勝機を逸してしまう。
「もう少し引き込もう。あの軍さえ叩けば、王都は陥落したも同然だ」
当然の思考だとクロは思う。自分が若干焦っているというのは自覚していたが、自覚していたからこそ冷静な思考ができているかどうかを何度も考え直した。ここであの軍さえなんとかできればこちらの勝ちであり、王都を陥落さえすれば我々の計画はほとんど達成されたも同然なのである。
しかし、ここれクロは裏をかかれたことを知った。セキが配下の魔物の背中に乗って駆けてくる。
「おい! セイが
後方からやってきたセキの言った事が、クロには理解できなかった。
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