第68話 仮性脾動脈瘤3

 レナの転移テレポートを使って王都へ行き、そこでジャックを捜索して拉致というか連れ帰るという計画が進行している中、僕はロンの治療を行っていた。ジャックを連れ帰る計画はアレンに任せておけばいいし、僕は王都にまで行くつもりはなかったのでそちらの話し合いには参加していなかった。


「シュージや、すまんのう」

「いえいえ、それよりもアマンダさんも薬を飲んでくださいよ」


 むりやり入院させられたロンを看護もとい監視しているのはアマンダ婆さんである。今は冒険者ギルドもものすごい忙しい時期ではあるのだけど、ロンに倒れられても困るということでギルドの方からきちんと治るまでは復帰しないようにロンだけではなくアマンダ婆さんにも通達が来たようだった。陣頭指揮を執っているのはシルクである。

 ユグドラシルを数日抜けることになると思う、そのために今はSランクでなければならない依頼を中心に受けているところだとアレンは言い、昨日まで依頼を片っ端から消化していた。


 素面にもどってもアレンはジャックを探しに行くつもりのようだった。事態の深刻さは誰もが理解している。僕はジャックを知らないけれど、冒険者ギルドの人間はほとんどがジャックに帰ってきてほしいようだった。ロンが考えているジャックの人間像と印象が違うのは何故だろうか。

 息子を連れ帰るといわれてロンは何かを言おうとしたが、最終的によろしく頼むとしか言わなかった。


「今日はちょっと強めに回復ヒールかけますからね。お腹を押さえますよ」

「う、うむ」


 ロンを横に寝かせて腹部に手を当てる。魔法はイメージが大事であるのと距離が遠すぎても効果がない反面、接触すれば若干であるが効果が上がる。胃があるみぞおちからやや左側を中心にきつめに押し込んだ状態で回復ヒールをかけた。


「うぐっ、気持ち悪い」

「我慢してください」

「もういっそ、腹を開けて直接回復ヒールうったらどうさね?」

「アマンダ!?」


 開腹して直接回復ヒールをかけるというのは考えていた。胃に直接回復ヒールをかければかなりの効果が見込まれるだろう。だけど、それは出血がひどくなって吐血した時の緊急手段だ。できればやりたくない。


「それは考慮してますよ」

「シュージ!?」

「どうしても駄目ならやります」


 とはいってもたかが神経性胃炎である。いま休養をとっているこの状態で進行するとも思えないし、アレンたちが根本的な原因解決に乗り出している時だった。


「ジャックさんが帰ってきたら全て丸く収まるじゃないですか。ロンさんの仕事量もかなり減るし、将来の不安もなくなると」

「私はあいつがきちんと生きていけるかどうか心配なんだよ」

「ひっひっひ、大丈夫さね。あの子は強い」


 アマンダ婆さんはジャックを信頼しているようだけどロンは心配で仕方がないのだろう。ロンがあまりにも過保護なのだ。もしかするとそんな父親の過保護がジャックを逃亡させるはめになったのかもしれない。こういうのは普通母親の役目じゃないのか?

 病室でああだこうだと息子の話をしだした夫婦を放っておいて、僕は通常の診療に戻ることにした。


 もしかしたらジャックが帰ってきたとしても問題は解決しないのかもしれないと、少しだけ思った。




 ***




「アレン様? 私、こう見えてもかなり忙しいのですが?」

「知っている。だからジャックを連れ戻しに来たのではないか」

「いまのユグドラシル冒険者ギルドにはロンさんがいないのですよ? 副ギルドマスター代理の私までいなくなって、かなりの混乱をきたしていると思われないのですか?」

「一時的なことだ。長期的に見ればこれが最も早く混乱をおさめることができる」


 もはや何を言っても無駄だとシルクは思った。仕事中に無理矢理に連れ出されてレナの転移テレポートで王都にまで来てしまったのだ。シルクが連れ出された現場は複数のギルド職員が見ていたし、事務官にはアレンみずからシルクを連れて行くと言っていたから冒険者ギルドの業務が停止することはないだろうが、それでも大混乱である。副ギルドマスター代理のシルクが行っていた業務はそれなりに多く、ギルドマスターであるロンの業務も代行していたからだ。


「とりあえずはジャックのいそうな所を教えてよ」

「レナさん、あなたは常識人だと思っていたのに……」

「私のどこが常識人なのよ」

「非常識人は自分のことを常識のある人間だと思っているものよ」

「そうかもしれないわね。数人に心当たりがあるわ」


 ため息を吐くしかない。どちらにせよだまし討ちのように王都にまで連れてこられてしまったのだ。ジャックを見つけて帰らなければ無駄足になる。シルクは状況を冷静に分析してこれからの行動を計画する。


「ごめんな、シルクさん」

「ノイマンもミリヤもどうして止めてくれなかったのかな?」

「アレンが言い出したら止まらないし。知ってるだろ?」

「ごめんなさい」


 ノイマンとミリヤも協力させられていた。二人ともにアレンの暴走を止められるだけの力はない。シルクは二人にばれないように口の中で毒づく。特にこの二人は自然体でイチャイチャしだすから質が悪いと常日頃から思っていた。


 とはいえ、今回は自分の恋人の事である。ジャックがユグドラシル冒険者ギルドに迷惑をかけているという思いはあったが、それでも彼の好きなようにさせてあげたいという気持ちが強かった。シグルドもついて行ってくれたのだ。王都で変な事、主に浮気であるが、それをしているとは思ってはいないものの心配ではある。

 連れ戻すことができないにしても抜き打ちのチェックくらいにはなるかと、シルクは判断した。転んでもただで起きるのは自分の性格に合わない。


「まずは冒険者ギルドに聞きましょう。依頼の途中であったならば王都にはいないはずだし、そうでなければどこかの酒場にでもいるんじゃないかしら」

「よし、冒険者ギルドだな」


 おそらく、自分の冒険者ギルドの役職が何かの役にたつはずだ。ユグドラシル冒険者ギルドから副ギルドマスター代理が人探しをしに来たと言って無下にされることはないだろう。シルクはその明晰な頭脳でジャックを探す計画を立案していく。

 正直なところ、いつまで経っても帰ってこないジャックに一番怒っているのはシルクだった。彼の仕事のほとんどをシルクが代行している状態なのである。


「ちょっと、ジャックさんに同情するよな」

「ノイマンもそう思う?」


 アレンとともにジャック捕獲作戦を立て始めたシルクを見て、ノイマンとレナとミリヤは藪をつついてマザースネークが出て来たのではないかと思ったとか。




 ***




業火球エクスプロージョン!」


 臨時で組んだパーティーとは力の差があったようだった。初めて組んだわけでもなくある程度の実力は把握していたはずだったが買い被りだったとジャックは思う。彼らはたかがオーガと侮っていただけではなく、そもそもが実力不足だったのだろう。Bランクとは言っていたが正直な話普通のオーガでも苦戦したのではないかというメンバーだった。


「足止めを頼んだ」

「任せろ」


 オーガの亜種とおもわれる魔物に足をつぶされた戦士を助けにシグルドが走った。他の仲間は魔物と戦うのに精一杯で誰も助けに入る余裕はなさそうである。

 振り回されるオーガの剛腕をかいくぐり、シグルドが戦士の近くにたどり着くと同時にジャックがはなった業火球エクスプロージョンがオーガの顔面を焼く。思わずのけぞった間にシグルドは戦士を回収して後方へと走った。すれ違いざまにシグルドはジャックにだけ聞こえるように言う。


「撤退するか?」

「いや、まだだ!」


 ジャックの杖がオーガとその取り巻きの魔物たちへと向く。この死地ともいえる森の奥に入った時点で逃げるなんていうのは愚策だろう。追いつかれるのが目に見えているし迎撃なんてできるはずがない。


 知恵があるのだろう。そう考えるとこの魔物の集団の長はオーガではないのかもしれない。しかし、このオーガも普通のオーガではないという雰囲気がする。だが……。


「俺の前では関係ないな…………雷撃サンダーボルト!」


 左手にはめた腕輪と、右手に持った杖の二つを使い、ジャックは雷撃サンダーボルトを練った。最速で練り上げられた魔法術式が発動すると、それを横に薙ぎ払う。魔物の群れはその場で消し炭となった。


「圧倒的な力の前に、小細工は無意味だ」

「ジャック、おそらくは奥にまだ残っている」

「ああ、分かっている」


 いつの間にかシグルドが傍に来ていた。後ろから魔物に囲まれることはないと感じていたが、信頼できる仲間が警戒してくれるのとそうではないのでは違う。ちらと後ろを見ると先ほどの脚をつぶされた戦士がシグルドに回復ヒールをかけてもらったのか、なんとか立ち上がろうとしていた。

 さきほどのオーガの亜種を含めてそれなりの数の魔物を統括している親玉がいるはずである。ジャックもシグルドもそれは確信していた。最近現れ始めた魔物を軍隊のように動かして町を襲うものなのだろう。その主犯格ではないかもしれないが、関連のある者が必ずこの先にいるはずである。


「お前らはここにいてくれ」


 シグルドは戦士の仲間たちに声をかける。彼らもBランクだったはずだが、オーガの亜種の前に手も足も出なかった。ジャックがいなければ今頃は殺されていただろう。この先に連れて行っても足手まといにしかならない事はすぐに分かった。


「同じBランクとは思えないな」

「お前がまだBランクというのがおかしいんだ。とはいえ、少しは実力を自覚したほうがいい」


 Sランクの魔法使いが少し不機嫌に言っただけで臨時の仲間たちは押し黙った。現実を突きつけられた彼らに反論する勇気はなかった。


「よし、進むぞ」

「待て、シグルド」


 ジャックはシグルドの変化に気付いていた。


「今日はこれで撤退だ。オーガは討伐した」


 懐からナイフを取り出してジャックはオーガの角をはぎ取りにかかった。幸いにも今の所は魔物の増援が来る気配はなかった。


「ジャック」

「これ以上は耐えられないのだろう?」


 腹部に回復ヒールをかけながらシグルドは戦っていた。それがジャックにばれないはずはない。明らかな親友の不調にジャックは少しうろたえている自分を感じている。


「待て、ここで逃してしまえば他に被害がでるかもしれないんだぞ」

「その被害がお前でなければそれでいい」

「馬鹿野郎、お前はそんな人間ではないだろう」


 もはや隠そうともしなくなったシグルドは言いながらも自分の腹部に回復ヒールをかけた。いや、隠そうとしなくなったのではなく、それすらもできなくなったのだろう。明らかに呪いにかかっていた。


「シグルド……」

「そんな事でシルクに顔向けできるのか?」

「……シルクなら帰れと言ってくれるさ。さあ、撤収だ。それよりあいつらにもっと回復ヒールをかけてやってくれ」


 なんとか立てたがまだ歩けそうにない戦士を指差してジャックは言った。その顔には感情というものがないのかもしれないとシグルドは思う。全て、自分が悪いのだろう。彼のためにも、自分のためにもこの関係はよくないのかもしれない。そう思いながらシグルドは帰路についた。


 誰かになんとかしてほしかった。だが、自分で何かをする勇気はなかった。シグルドは自分の心の弱さを責めることしかできない。



 王都へ帰還したジャックとシグルドは、そこで自分たちを待っていた人物たちに出会う。


「ちょっと、そこの床に座って。正座でね」

「えっと、シルク? なんでここに?」


 王都冒険者ギルドでSランクの魔法使いを床に座らせたのはユグドラシル冒険者ギルドの副ギルドマスター代理だったという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る