第67話 仮性脾動脈瘤2
自分自身に納得いかないことがあると言ってロンとアマンダの息子は出て行ったのだという。
冒険者としてのランクはBだったそうだ。ギルドの職員も兼任していたために長期不在になる依頼は受ける事もできず、誰も受けようとしない焦げついた依頼を優先して受けてくれていたとロンは語った。
SランクやAランクの冒険者から侮られるのが耐えられなかったのだろうと続ける。
父も母もSランクであり、それと比較され続けていた。ロンの話では彼の中で納得いかないものがあったのは確かなようだった。
「あいつはSランクになって帰ってくると言った。それを私たちは待っているんだ」
「このままではその姿を見る事なく死んでしまいますね」
「シュ、シュージ。そこをなんとか」
「大丈夫です。代わりに僕が見ておいてあげますから」
半分は冗談で言ったつもりだけど、このまま仕事漬けの日々をおっているとロンの体が壊れてしまうというのは事実だった。だから僕は少しだけ辛辣な言葉を言うことでロンの決意を鈍らせようと思う。
「それに、息子さんを待つことと仕事を抱え込むことは一緒じゃないはずです」
「いや、あいつが帰ってきた時にだな」
これは意外にも親馬鹿だったようだ。そんな親の下で仕事をしているから、自分の不甲斐なさを実感して出て行ったのではないかと思うほどである。
それから仕事を取り上げられたロンは僕を相手に息子の想いでを語るのだが、これはかなりの重症だなと思わざるを得なかった。
***
「というわけで、その息子を探し出して副ギルド長に戻ってもらわないとユグドラシルの冒険者ギルドは大変な事になりそうなんだよ」
「まさか、そんな状況だったとはね。呆れてものが言えないわ」
現状をギルドの酒場で暴露した。ロンの息子の話が長すぎて僕の診療に支障をきたしているというのは少し誇張して話したのだけど。レナが何もつっこんでこないところを見ると彼女も辟易していたんだろう。
アレンがテーブルに突っ伏して何も言えなくなっている。ノイマンとミリヤは苦笑いしながら食事を続けていた。アマンダ婆さんがここにいないけど、旦那の失態の話をしていたわけだしちょうど良かっただろう。ちなみにロンの病室で逃げないように見張ってもらっている。
「アレン、大丈夫?」
「大丈夫だ」
なんとか持ち直したアレンは思うところがあるらしい。ジョッキに注がれたエールを一気にあおった。
「もしかして、というか当たり前だけどアレンはロンさんとアマンダさんの息子の事を知っているよね」
「ああ、ジャックは私より少し歳が上になるがな」
息子の名前はジャック。優秀な魔法使いでアレンが冒険者として活動する頃にはすでにBランクになって半分引退した形でギルドの職員を務めていたらしい。ノイマンとミリヤはあまり話した事がないようであるけど、名前と顔は一致するそうだ。
「実力は折り紙付きだぞ。なにせあの二人の息子だ」
「それがなんか自信がなくなって出て行っちゃったんだってよ」
「そんなわけがない。冒険者を続けていればSランクであったのは確実なんだ」
当時のパーティーも若いのにかなり高いランクの依頼を受けることができるほどのものだったという。ギルドの職員となってからは派手な依頼は受けなかったようであるけど、頼りになる存在だったとか。なんかロンが言っていたのと違うような気がする。
「私よりも詳しい人物がいる」
アレンはそういうと受付の方を指した。そこには副ギルド長補佐であるシルクが仕事をしている。
「彼女はジャックと共にパーティーを組んでいた。それに、恋人だったはずだぞ。今も」
恋人? それがロンの補佐をしている? ものすごい複雑で面倒くさい構図が冒険者ギルドの中にあったという事実に僕らはため息をつくしかなかった。
「それで? どうするの?」
「ロンさんがかたくなに息子さんを待つって言うんだ。なんか結構馬鹿馬鹿しい状況だけど、ここは息子さんを見つけてきて副ギルド長として復帰してもらうか、もういっそギルド長になってロンさんを引退させるかしないと過労で倒れちゃうよ」
過労なんて回復魔法が効くわけではない領域である。一次的な体力回復くらいならできるけど、それに伴う身体への負荷は原因を取り除かなければならない。ストレスが原因の神経性胃炎どころか胃潰瘍や脳出血、心筋梗塞などなどリスクはいくらでも高まってくる。
「たしかに馬鹿馬鹿しくなってきたな」
「そのジャックがどこにいるかが問題なんだけどね」
「うむ、少し待っていろ」
アレンは急に立ち上がった。もしかして少し酔っている? アレンはギルドの受付の方へとずかずか歩いて行くとシルクを呼んだ。
「ジャックはどこだ?」
どストレートに質問する。もうちょっと言い方というのがあるんじゃないかなと思っていると、シルクは半分苦笑いで言った。
「え、えっと。多分、王都近辺にいると思うんですが」
「連絡は取り合っているんだろう? 早く呼び戻せ」
「……毎回早く帰れって手紙には書いてるわよ」
あ、シルクさんが逆切れした。これはマズイ。
ノイマンに目くばせして二人がかりでアレンを回収する。このところ大変な事ばかり起こっていたからアレンもストレスが溜まっているんだろう。超がつくほどの親馬鹿とわがまま息子のせいでギルドに負担がかかっているというのがアレンとしては許せないんだろうか。次期領主を辞めた自分も人の事を言えないと思うんだけど。
「ええい、シュージ。こうなったらジャックを連れ戻すぞ」
「どうやって?」
「とりあえずは王都で聞き込みだ」
アレンがちらっとレナの方を見た。
***
「シグルド、もうやめとけ」
「馬鹿言ってんじゃねえよ」
ジャックはシグルドが持っていた酒の瓶をひったくると、中身を全て飲んでしまった。ああ、と声を漏らすシグルドを睨みつける。
「もうこれ以上酒は飲むな。身体がボロボロだ」
「回復魔法をかければ元通りよ」
シグルドはそういうと
王都のそこまでにぎわっているとは言えない通りのさらに奥にある酒場に二人はいた。大通りに面した酒場で飲むこともあったが、面倒なやつらにからまれることも多く、その度に喧嘩になるために徐々にシグルドが飲むことのできる酒場がなくなっていった。
「明日はオーガの討伐だ」
「なあジャック。もう俺は置いて行けよ」
「そういうわけにはいかん」
「お前はSランクなんだ。別のパーティーに声をかければオーガの討伐なんてしみったれた依頼じゃなくてもっと良いものがあるだろう。それにユグドラシルの帰るってのもあるぜ。ロンさんやアマンダさんだけじゃなくてシルクだって待ってんだろう?」
「お前がこんな状態なのに放っておけるか。それにこのオーガはなんかおかしい。知恵が他のやつとは違うから、一般のBランクが依頼を受けちまったらどうなるか分からねえんだよ」
「王都にきてまで冒険者ギルドの職員みたいな依頼を受けちまってよお……」
シグルドのため息に対して誰のせいでこうなっていると怒鳴りたくなるジャックであったが、そうするとユグドラシルに帰れと言われてしまうと思って何も言えなかった。
シグルドをユグドラシルの町から連れ出したのはジャックである。それに罪悪感がないわけでもなかった。シグルドが王都になじめなかったのも自分のせいだという認識がある。
いまだにBランクの治癒師であるシグルドと、Sランクにまで上がったジャックでは実力差があり過ぎたのだ。それを王都の冒険者ギルドの連中にからかわれて、ちょっとして傷害事件にまで発展した。シグルドはそれまで悩んでいたのだろう。治癒師としての腕だけではなく、斥候業も少しできる冒険者でありジャックは認めていたのだが、回りはそう評価しなかった。
「俺を置いていけ」
「……」
テーブルに突っ伏したシグルドは栗毛色の髪をこちらに向けて、目を合わせようとしなくなった。これもおなじみの光景である。最終的に明日の朝の集合時間には間に合うように準備してくるというのがこの男の性格であるのをジャックは理解しているのだが、見ていられない。
だが、この日は少し違った。
「おい、どこか痛いのか?」
「あ? なんでだ?」
「だってさっきから腹をずっと押さえているじゃないか。痛いのか?」
シグルドは回復魔法をかけたまま手を腹に当てて動かしていなかった。テーブルに突っ伏した状態でも手を腹に当てたままなのにジャックが気付いた。まるで腹痛を悟られないかのような格好だとジャックは思った。
「……痛くない」
「そんな顔で痛くないと言っても嘘だとバレバレだ。どっか具合が悪いんだろう?」
「
「馬鹿野郎」
ため息をつきたいところではあったが、ジャックはそれを耐える。しかし、だからといってそれなりの腕の治癒師であるシグルドよりも腕のいい治癒師にみせたところでシグルドの状態が良くなるとは思えない。
「酒の飲み過ぎだ。もうやめろ」
「嫌だ」
よろよろとシグルドは立ち上がった。場所を変えて飲むつもりなのだろうかとジャックはそれを止めようとする。しかし、その手は振り払われた。
「もう、構わないでくれ。俺はお前の未来をつぶす気はない」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。このままでは俺じゃなくてお前の未来がどうなるか分からないんだぞ」
「だから、俺に付き合う必要はないって」
かなり酒に酔っているはずのシグルドはその時だけ真面目な顔をしていった。ジャックはそれを止めることができなかった。
シグルドは友だった。王都についてきてほしいと相談した時には迷わずついてきてくれた。だからこそこの状況をなんとかするまではユグドラシルに帰るわけにはいかないとジャックは思う。
しかし、シグルドは自分をも拒絶する。
「シルク……もうちょっと待っててくれるか」
このままだと恋人にも愛想を尽かされてしまうなと思いつつも、友のことも諦めきれない。自分にはまだ足りない部分が多すぎるとジャックは思い知った。
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