第3話 機械人間28号ちゃんと死にたくなる日

 日が沈み、電灯が点き、外が暗くなってくると理由もないのに切なくなる。そんな時ってありません? 私はあります。たとえ、私みたいな機械とオイルで出来た人間であったとしても、血と肉で出来た人間とそう感情面では変わらないのです。


 それに私の主であるお嬢様と比べたら、もしかしたら私の方こそ人間らしい人間であるかもしれません。彼女の館で起動してからこれまで一ヶ月と二十二日三十三秒経過しましたが、その冷たい態度はまるで冷徹な殺人マシーンのようです。朝に挨拶をしても返事を返さないし、一日の殆どを部屋のなかで過ごして他者を拒絶し、これまで笑った顔さえ見たことはありません。学校でも友人をつくらず、喋りかけられても相槌もしないそうです。さすがの天使のように明るい私も気が滅入ってしまいそうでした。毎日無表情で怒りっぽいお嬢様と顔を合わせることが苦痛になっていたのです。きっとそんなことも重なってこの日、私は夕暮れを眺めながら死んでしまいたくなっちゃいました。


 そうやって閉じられた世界に絶望しながら窓辺を眺めていると、背後から赤いスカーフを首元に巻いた男の子がやって来ました。ミスター・ジャンクフードです。彼も私と同じ使用人ですが、生物学上ではちゃんとした人間です。ということで機械人間ではありませんが、お嬢様曰く人間としてどこか間違っている人間であり、人間の皮を被った化け物であるそうです。私もこれに批判しません。彼と比べると、私の方が人間らしいと思っていますから。しかしミスター・ジャンクフードからしてみれば、自分こそが人間らしい人間であると信じて疑いません。曰く、人は常にどこかで間違うものだそうです。それはそれで正しい気がしますが、間違っていることを正当化しているようにも聞こえます。なんだか、もう何が何だかわからなくなりそうですね。


 そもそも彼はミスター・ジャンクフードとい名前でなく、戸籍上は愛之助というらしいです。しかしこの世で二番目に好きなハンバーガーやポップコーン等のジャンクフードを名前にしたいからという理由で自分をそう自称し、周りにもそう呼ばせるように促しています。ちなみに、なぜ一番好きなものを名前にしないかというと、一番好きなものは主であるお嬢様だからです。高度な次元の奇人である彼もさすがに恐れ多くて一番好きなものは名乗ることが出来ないみたいでした。さらに補足するならば、私はこの同僚が嫌いです。まあ、どうだって構わないかもしれませんが。


 とはいえ、同情するべき部分もあります。彼は愛故に嬢様に接近する機会を常に伺っているため、彼女からの無慈悲の反撃にやられてしまうこの館の最たる被害者でもあるからです。もっともこれはお嬢様の冷徹さのせいだけでなく、彼の歪んだ愛のせいでもあるのです。お嬢様の気を惹こうとして殴られ、お嬢様を心配して殴られ、お嬢様のストッキングをこっそり嗅いでみようとして殴られる光景を何度も見てきました。しかし未だに諦めようとはしません。不屈の精神の持ち主なんです。


 そんな彼が気さくに「やあ」と言って、私の側に立った時、もう本当に死んでしまおうかなと強く思ったぐらいです。彼は私が何を見ているのか気になったみたいでした。その横顔を見ると、幼いながらも皺が一つもない清潔な紳士服を着こなしており、その服に自然と合致する顔立ちだけは良いことがわかります。つまり表面上だけは完璧なんです。代わりに中身だけが腐ってどろどろの液状になって取り返しがつかないことになっています。


 「どうしたんだ、28号? 」と彼は言いました。


 28号とは私の名前です。誰も名付けてくれないので製造番号が名前になってしまいました。これではミスター・ジャンクフードとあまり変わらないかもしれませんね。ああ、悲しい。


 私は眉を寄せながらこう答ええました。


 「別になにも見てませんよ。死にたくなっただけです」


 「死にたいだって? またなんで? 」


 「たぶん太陽が沈むせいでしょうね。本当のところはわかりません。ただ一日の終わりってなんだか色々と悲しくなるんです。こういう気持ちってわかりませんか、ミスター・ジャンクフード? 」


 彼は肩をすくめ、しばらく熟考しました。それから首を横に振りました。


 「ぼくにはわかんないな。お前と違ってロボットじゃないし」


 「ロボットはそんなこと考えませんよ。それに私はロボットじゃなく機械人間です! そこをお間違いなく」


 「どちらだって構うものかよ。とにかく僕は太陽を見たって死にたくないね。それが人間らしい人間なんだよ」


 「嘘だ。ミスター・ジャンクフードは真っ当な人間じゃないからそんなことを言うんです」


 「ぼくこそが真っ当の人間だね。というか僕こそが人間の本質を司っているのだ」


 「あなた、たぶん悲しいという感情を胎内で忘れてきたんですよ」


 「結構酷いこと言うな。さすがの僕も泣いてしまいそうだ」


 「嘘だ。ミスター・ジャンクフードは真っ当な人間じゃないからそんなことを言うんです」


 「本当だって。……というか、さっきと同じこと言ってないか? 」

 

 「言ってません。全く、あなたには風情がないのですよ。あの太陽を見て何も思わないのですか? 」


 「綺麗だなあ、とは思うよ。でもただの太陽じゃないか」


 「私は何だか悲しくなるのです」


 「わかんないな。だって明日もお嬢様に会えるし、お嬢様のお世話も出来るし、お嬢様と同じ部屋の空気を吸えるし」


 「そうですか」と私はため息を吐きました。やはり彼とは住む世界が違うようです。同じく住み込みで働いているのに何も共感できないし、されません。


 「それよりお嬢様がどこにいるか知らない? 」


 「さあ、見てませんね。たぶん部屋の中だと思いますよ。また殴られに行くのですか? 」


 「そうなるかもしれないな。……でも本当は殴られたいわけじゃないんだ」


 「そうなんですか? 」


 「ああ、そうさ。だって身体だけじゃなくて心も痛いから。本当はもっと仲良くなりたいだけなんだよ。だけど僕は僕の知っている方法でしかお嬢様と会話できないんだ」


 ミスター・ジャンクフードの顔が少しだけ暗くなりました。たしかに彼にも悲しいという感情はあるみたいです。こういうところがあるからちょっとだけ同情もしてしまいます。


 「それなら今日はいつもと違う方法を試してみては? 」と私は言いました。「とにかくお嬢様の私物をこっそり拝借したり、匂いを嗅いだり、そんな気持ち悪い犯罪をやめ、悔い改めて接することです」


 「それもそうだな。でも僕にとってもあれは大事なものなんだ」


 「お嬢様とどっちが? 」


 彼は瞼をぎゅっと瞑り、うめき声を出しました。


 「……わかったよ」


 「何が? 」


 「ちゃんと真摯に向き合ってみるよ。もう嫌われたくないし」


 「素晴らしいです、ミスター・ジャンクフード」


 「ああ、真摯にやるさ。これまで以上に」


 「これまで以上? 」


 「そう、これまで以上に真摯に向き合うんだ」


 「……そうですか」


 こうしてこの日はミスター・ジャンクフードは帰ってきました。私もしばらくしてから自室へと戻りました。いくら太陽を見てもの悲しくなったとしても本当に死んだりはしません。その日はぐっすりと眠りました。


 次の日、仕事が終わり、私がまた夕暮れ時に窓辺で黄昏ようとして、いつもの窓に向かっていたら先客がいました。ミスター・ジャンクフードです。背中から哀愁が漂っています。きっと上手くいかなかっただろうから、彼の肩を何度か軽く叩いて元気付けてやりました。


 「今日もお嬢様に叩かれましたか? 」


 「うん」と彼は呟くように小さい声で答えました。


 「今日は何をしたんです? 」


 「うん」


 「頭がちゃんと働いていないみたいですね。ちゃんと答えてください」


 「……これまで拝借していた私物を返しただけだよ」


 「良いことじゃありませんか。一歩成長ですね。人類にとっては小さな一歩ですが、あなたにとっては大きなものです」


 「そうかな? 」


 「きっとそうですよ。頑張りましたね」


 「本当だな。でも何だか辛いよ。お嬢様、無表情でがんがん僕のお腹を殴ってくるんだもの。苦しいし、悲しかったよ。それでお前との話を思い出してここに来てしまったんだ。今ならお前の気持ちがわかる気がする」


 「まあ、そこはお互い様だと考えましょう。きっとその方が上手くいきます」


 「……そうだな」と彼はスカーフで涙を拭きました。


 「夕暮れの太陽はどうですか、ミスター・ジャンクフード? 」


 「死にたくなる」










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