第2話 機械人間28号ちゃんの林檎

 機械人間であるからには、コンセントを差しながら林檎を食べよ。私の創設者、コルク博士の言葉です。お屋敷の使用人として買われ、段ボールで郵便される際の別れ言葉でした。

 

 今でも、私はこの言いつけを守り続け、食事はコンセントを刺した林檎しか食べません。まったく、博士の言葉は間違いありませんね。たまにビリビリして美味しいです。

 

 しかし、同じ使用人のミスター・ジャンクフード(本名は愛之助。人間の男の子です。あまりにジャンクフードが好きだから、敬愛を込めてミスター・ジャンクフードと呼んでいます)は理解してくれないようです。私が林檎を食べようとすると、決まってコンセントを隠しちゃいます。

 

 今日の夕飯も私は文句を言われました。せっかく、お嬢様も一緒にテーブルを囲んで食べているのに、気分が悪くなっちゃいますよね。ミスター・ジャンクフードは周りの事なんて気にしないのでしょう。

 

 「なあ、28号。コンセントに林檎を刺して食べる癖やめなよ。僕、気持ち悪くてしかたないや」

 

 ミスター・ジャンクフードは呆れた顔をつくります。やれやれ、勘弁してほしいよね。なんて付け加えて首を振るんですよ。でも、まともな人間の振りをするのが得意なだけです。

 

 なんたって、首に巻かれている愛用のスカーフの正体は、お嬢様のニーソなんですから。いつも、こっそりタンスから拝借するらしいです。彼の性癖は留まることを知りません。なぜ、お嬢様が彼をクビにしないのか不思議ですよね。でも意外に仕事だけはテキパキ出来るんですよ。人間って不思議です。

 

 まあ、それを差し引いても、ミスター・ジャンクフードはド変態。危険信号が鳴りっぱなしですね。

 

 私は林檎を噛み締めて、ミスター・ジャンクフードに一瞥しました。

 

 「良いじゃないですか、ミスター・ジャンクフード。私は栄養バランスを考えて電気と糖分を効率良く食べているんですから。あなたなんて、ハンバーガーやポップコーンばかりで、栄養が偏ってます」

 

 「でも、見掛けは君より良いぞ。でしょ、お嬢様? 」

 

 「知らん」

 

 お嬢様は黙々と本日のメイン、チーズハンバーグをフォークでつつきます。

 

 まったく、彼女はミスター・ジャンクフードと正反対で寡黙すぎます。いつだって表情なんて無くて、眉もピクリとも動かしません。しかも、かなりの暴力癖があるんです。理由もなく、ミスター・ジャンクフードにナイフを投げるのは序の口ですよ。(彼がニーソをスカーフ代わりに巻いているから、という理由は常に成り立つのですがね)可愛い顔して、やることは殺っているのかもしれません。

 

 「とにかく、私は人間では無いので、食べ方に文句を言わないでください」

 

 私はお嬢様に目を背けて、代わりにキッパリとミスター・ジャンクフードに言いました。

 

 「じゃあ、機械らしくしたら? 自分にコンセントを差して充電しておくとかさ」

 

 「機械でもありません。機械人間です。機械でもあり、人間でもあります。当然、人権だって主張しちゃいます。ロボット三原則も破ります。でも、都合が悪くなったら機械に戻ります」


 「ずるいぞ! まるで二十歳迎えたら成人だけど、学生だから大人ではありませんって言ってる奴みたいだ。ねえ、お嬢様!? 」

 

 そう言って、ミスター・ジャンクフードはテーブルに身を乗り出します。彼はいつも大袈裟なんですよ。

 

 「知らん」

 

 と、お嬢様は一言。チーズハンバーグをフォークで二つに割って、片方を口に頬張りました。

 

 「ほら、お嬢様も呆れてる! 」

 

 「違いますよね? チーズハンバーグにしか興味ないだけですよね? 」

 

 「君にお嬢様の気持ちが分かるもんか! ねえ、お嬢様!? 」


 「知らん」

 

 「ほらっ! な、分かったろ? 」

 

 「何がですか? 理解不能です。ずっとエラー状態ですよ」 

 

 ミスター・ジャンクフードは誇らしげに笑い始めます。

 

 「そりゃ、分からないだろうね。僕とお嬢様は通じあってるのさ。きっと愛なんだと思うよ。マジでさ」

 

 「やっぱり、エラーしてるようです。メンテナンスを要求します。あるいは病院か休暇を。勿論、あなたがですよ? 」

 

 私はムッとして言い返しました。そんな一方通行の愛なんて迷惑なものです。しかし、ミスター・ジャンクフードは気にするでもないように、ケタケタ笑います。本当、苛つきますよね。

 

 「君には分からないのさ! 機械だから。血肉の無い機械だから。冷徹なマシーンだから」


 「まあ、そういうことで良いですよ。所詮、あなた程度には私が理解できませんものね。脳みそに限界があるから! 容量が少ないから! ついでに友達も少ないから! 」 

 

 「友達は関係ないだろ!? そんなこと言ったら、お嬢様が気に病むぞ。この人、本当に友達がいないんだから。 マジで一人もさ! 」

 

 私はギョッとしました。この馬鹿ちん、お嬢様のいる前で悪口を言いやがって。しかも、私が言ったかのように。

 

 私はお嬢様の代わらない顔色を伺いながら、ミスター・ジャンクフードに反論します。

 

 「べ、別にお嬢様は関係ありません!! 」

 

 しかし、ミスター・ジャンクフードには聞こえなかったようです。彼は見え透いた涙を浮かべて呟きました。

 

 「……ああ、可哀想なお嬢様。このネジの外れた阿呆に貶されて。人生は友達だけじゃないんだぞ! 」

 

 「わ、分かってますよ! 私だって仕事で館から出られないから、友達いませんし」

 

 「……言い訳にのつもりか? 自分も悲劇のヒロインを演じてるのか? 勘弁してくれよな。本当の被害者は学校に通ってんのに友達が全く出来ないお嬢様、ただ一人だってのに!! ねえ、お嬢様!? 」

 

 次の瞬間、ミスター・ジャンクフードの顔面がめり込み、椅子と共に倒れちゃいました。私はゾッとして、席を立ち上がり、迷いなく扉に向かって走り出します。しかし、気づいたら床に頭を叩きつけられていました。

 

 心の中では、ひたすらお嬢様に対する懺悔の言葉を唱えていました。

 

 ふと、見えたミスター・ジャンクフードの鼻血が、私のコンセントを刺した林檎を真っ赤に染めています。それは、この世で一番真っ赤な林檎に思えました。こんな素敵な物を見れるのなら壊れるのも悪くないかな。

 

 それを最後に、私の意識はシャットダウン。まあ、後悔はしていませんよ。思ったことは言えたわけだし。

  

 

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