機械人間28号ちゃん

@natu777

第1話 機械人間28号ちゃんとお嬢様

 ……ブゥーン。

 

 頭の中で、電源が入りました。誰かがスイッチを押してくれたようです。

 

 「やあ、おはよう。機械人間ちゃん」

 

 瞼を開くと、そこには紳士服に、やけに艶のある赤いスカーフを巻いた男の子がいました。歳は私と同じくらいに見えます。私が15歳の女の子を設定に作られていますから、それくらいでしょうか。

 

 「……おはようございます」

 

 私はゆっくりと起き上がりました。見渡すと、ここは結構なお屋敷のようです。天井にはシャンデリア、窓は金で装飾されて、外からは手入れされた大きなお庭が見えます。

 

 「あなたが私の所有者ですか?」

 

 「そうだぜ。少ない貯金で頑張って君を買ったんだ」

 

 「……あなたはお金持ちに見えますが」

 

 彼は首を振ります。

 

 「ここは僕の家じゃないんだ。お嬢様の家さ。僕はそこの使用人。ミスター・ジャンクフードと呼んでくれ」

 

 「それは本名ですか?私の社会通念プログラムに引っ掛かりました」

 

 「本名じゃないよ。でも、自分の好きなもので呼ばれたいんだ。ジャンクフードはこの世で二番目に好き」

 

 「ちなみに一番は? 」

 

 「この真っ赤なスカーフさ。これは人から借りた物だし、恐れ多くて名前に出来ない。これからよろしく」

 

 彼は手を差し出しました。私はそれを握手だと思って掴んだら、そのまま引っ張られ何処かに連れていかれます。

 

 「そういえば、君の名前は所有者が名付けなきゃ駄目なのか? ……じゃあ、ブルドッグが良いなあ。三番目に好きなんだ」

 

 「名前は既に設定されています。28号です」

 

 「中途半端な番号だな。なんで、28?」

 

 「1号から27号まで失敗したからです」

 

 「後二回失敗しとけば良かったな。そうしたら、きっちり30号だぜ」

 

 どうやら、彼は何でもキッチリしなければ落ち着かない人のようです。それは、若いのに整えられた髪型からや、歩幅に差が生まれない歩き方からでも判断できました。

 

 連れていかれること、23分22秒。その間、長い廊下や永遠に続くと思わせる階段を歩き続け、一際大きいお部屋の前でようやく彼は立ち止まりました。パッと掴んでいた手を離すと私に向き合います。

 

 「……君を買ったのは事情があるんだ」

 

 声を潜めて彼は言いました。

 

 私もそれに合わせます。

 

 「任せてください。私は万能型機械人間。家事でも、事務仕事でも何でも出来ます。夜のお供も可能です。行為中は気持ち悪いからシャットダウンさせていただきますが」


 「そんなこと望んじゃいないよ。お嬢様のお友だちになって欲しいんだ」

 

 「その人はお友だちがいないのですか? 」

 

 「……ちょっと変わった人でね。大人しくて可愛らしいんだけれど、気まぐれで暴力的なんだ。僕も何度、殺されかけたか」

 

 彼は裾を上げて、腕を見せます。そこには瘡蓋になった切り傷が幾つか出来ていました。

 

 「検出しました。これはナイフによる傷ですね。お嬢様の危険度を上げておきます」

 

 「その方が良い。悪い人じゃないが、うっかりしてると死んでしまうぜ」

 

 一つ深呼吸をすると、ノックをしてからゆっくりと扉を開きました。

 

 覗くと、部屋の中はピンクの壁紙に囲まれ、艶のある木製の机にお人形が並べられて、キングサイズのベッドがありました。とってもメルヘンチックです。

 

 お嬢様は机の椅子に座っていました。宝石のような瞳が特徴的な女の子です。うっかりすると彼女が一番お人形に近い存在に見えてしまいます。

 

 「お嬢様。使用人の愛之助です」

 

 とミスター・ジャンクフードは言いました。これが、本当の名前のようです。

 

 「別に呼んでない」

 

 「少し、紹介したい奴がいまして。この女の子です」

 

 私はミスター・ジャンクフードに背中を押されて、部屋の中に入れられます。

 

 「……こ、こんにちは」

 

 お嬢様は特段、狼狽えることはなく、私をジッと見つめました。それから、ミスター・ジャンクフードの方に視線を移します。表情は変わっておりませんが、何となく怒っているように見えます。

 

 「愛之助、お前の女か? のろけているなら殴ってやる」

 

 「いえいえ、違います。お嬢様のお友だちとして、連れてきたんです。ほらお嬢様、コミュニティで馴染めない人でしょ? 」

 

 次の瞬間、お嬢様は尖った鉛筆をダーツのように投げてミスター・ジャンクフードの額に刺しました。彼は小さく呻いて、鉛筆を抜き取ります。血がタラリと流れ落ちておりました。

 

 「酷い! 刺すなんて!! 僕はこんなにお嬢様想いなのに」

 

 「知らん。それより、その女を早く家から追い出せ」

 

 「それは私が困ります。せっかく、ミスター・ジャンクフードに買われたのに直ぐ廃棄処分なんて、あんまりです」

 

 私はミスター・ジャンクフードの袖を掴んで慌てます。私たち、機械人間にとって廃棄処分ほど悲しいことはないのです。

 

 「……廃棄? お前は人間じゃないのか?」

 

 「はい。機械人間の28号です」

 

 お嬢様の凍りついた表情が少し溶けたような気がしました。そこにはどす黒い怒りが放たれています。

 

 ミスター・ジャンクフードは額に手を当てて、目を瞑りました。怒りは彼に向けられているようです。おかげで私は大きな安堵を感じました。

 

 「つまり、愛之助。私に機械を友達にさせようとしたわけだな? 」

 

 「だってお嬢様、狂ってんじゃん!! 暇潰しでナイフは投げるし、サンドバッグ代わりにするわ、口を開けば毒しか吐かない。 生身のお友達じゃ死ぬぜ!!」

 

 「最初にお前を殺してやる」

 

 お嬢様は引き出しからナイフを取り出して、ミスター・ジャンクフードに投げつけました。彼は咄嗟に身を屈めて、避けます。頭があった場所にナイフは突き刺さりました。

 

 「やっべえ!後少しで、 もう二度とハンバーガー食べれないところだったぜ!! メンへラかよ」

 

 「……気に入らないわね」

 

 お嬢様は2本目のナイフを投げつけました。ミスター・ジャンクフードは小さく悲鳴を上げて避けようと倒れ込みます。しかし、次は彼の赤いスカーフが壁と共に刺さり固定されました。もう逃げられません。

 

 私は困りました。もし、ミスター・ジャンクフードが死んだら廃棄されるだろうからです。

 

 「……あの、お嬢様。私は馬車のように働きますよ。 どうか私だけは屋敷に置いといてくれませんか? 」

 

 「駄目」

 

 「……ですよね」

 

 ミスター・ジャンクフードは怒りに満ちた目で睨み付けます。仕方ないじゃありませんか。私だって、必死なのです。

 

 しかし、お嬢様に見逃して貰える方法はないのでしょう。ミスター・ジャンクフードと私も彼女を相手にするには力量不足みたいです。

 

 私は諦めの入り雑じったため息をついて、ミスター・ジャンクフードに憐れみの目を向けました。彼は私の意図を察したのか焦ってスカーフを取ろうとします。

 

 可哀想な男の子です。少し、ずれていながらも一生懸命、お嬢様に尽くしたのに、そのお嬢様に殺されるのですから。全く、このお嬢様のどこにそんな甲斐性があるのでしょうか? どんなにお金をもらっても、どれだけ彼女が可愛い女の子でも命には変えられないでしょうに。

 

 すると、ミスター・ジャンクフードは首もとのスカーフを外すことが出来たのか、無事に三本目のナイフを避けることができました。中々、器用です。

 

 私は落ちていたスカーフを拾ってあげます。その瞬間、私は目を見開いて驚きました。スカーフと認識していたのが覆されたからです。私のプログラムされた認識論によると首もとに巻く衣服は、スカーフはもちろん、マフラー、ネックウォーマー、ネクタイなどです。しかし、ミスター・ジャンクフードが身に付けていたのはどれも違います。あろうことに彼はニーソを首もとに巻いていたのです。

 

 フリーズした私にミスター・ジャンクフードは気づいたのか、顔をしかめてスカーフ、もといニーソを取り返そうと、走ってきました。

  

 「それは僕の物だぞ! 」

 

 あまりの迫力にお嬢様もナイフを投げる手を止めます。それから私の方を見ると顔を青ざめました。無表情なままですが、恐怖を感じとれます。私は震えた手で彼にニーソを返しました。

 

 「……な、なんで、ニーソを? 」

 

 「そりゃあ、この世で一番好きなものだからさ」

 

 「それは私のものだ、愛之助。なぜ貴様が持っている? 」

 

 とお嬢様が静かに、そして怒気を含ませた声で言います。

 

 瞬間、ミスター・ジャンクフードは背筋をびくびくさせて、顔を引きつかせます。それから、モゴモゴと曖昧に何かを呟いて、困った顔をしました。しかし面倒になって開き直ったのか、一転して笑顔になります。

 

 「従者が主をリスペクトして、使用後のニーソを巻いて何が悪いのでしょうか!? 良いじゃん! 減るもんじゃないし!! 僕はお嬢様の使用済みニーソを愛してるんだ」

 

 それを最後に彼は逃げるように部屋から出ていきました。残された私とお嬢様がいる部屋には沈黙が流れます。黒く冷たい、まるで深海のような雰囲気です。

 

 約10分後。ちゃんと再起動して、体を動かせることができました。それに満足した私はお嬢様に少しだけ歩み寄ります。狙いがあってのことです。

 

 「……あの~、私だったらミスター・ジャンクフードを一日中、監視できますが? 」

 

 お嬢様は顔を僅かに俯かせて、窓の外を眺めました。庭でミスター・ジャンクフードが双眼鏡を使い私たちを見ているのがわかります。彼女はカーテンを閉めました。

 

 「採用」

 

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