第25話 母子の時間

ー加奈子が病院からいなくなる、24時間前。


彩乃が蛇夢へ向かう途中、電話が入った。


誰?知らない番号。

彩乃は、知らない番号出ないことにしていた。

すぐ留守電が入った。

メッセージは風間平和からだった。


『風間平和です。嵐のことで、ちょっと話したい事があります。川崎ビルの3階で待っています。』


えっ、何?


風間平和を、何故かあまりいい印象を抱いていなかった彩乃は、気が進まなかった。


無視もできないか…。


折り返しの電話を入れた。


「今行くよ。」



ドアを開けた彩乃はその光景に驚いた。


いつか、声をかけてきた女性が、風間平和と並んで、立っていた。


「この前の人ですよね。親子だったんだ。」


「そうだよ。あの時は、あんたと智子が繋がっているか、試したんだけどね。平和から、あんたの名前を聞いた時は、神様が見方してくれたと思ったね。驚いたよ。あの写真は、隠し撮りで、私が撮ったんだよ。」


「サトコって言ってなかった?」


「そんなもん、直球で聞いたら、警戒されるだろ。少し考えたら分かるように遠回りしたんだよ。あんたの反応を見た。」


「ふーん、それで、何か分かったの?」


「反応薄かったけど、考えてる感じはあった。思い当たる事があるんだなと。」


「へぇ、何にも思わなかったけど。で、嵐の事って何?」


「そこに座れよ。」


 彩乃は平和の口調に、苛ついた。


「ここは、何なの。なんか、暑いわね。」


「オープン前の、居酒屋ってことにでもしておくよ。」


「どういう事?テーブルも椅子も、ボロボロ。」


「あ、そうだよ。必要ないからね。このために料理人の親父の名義で借りたんだよ。」


 彩乃は平和に促されるまま、崩れそうな椅子に座り、平和をじっと見た。


「そんな目で見るなよ。冷たいお茶ぐらいは出すから。大事な大事な人だからね。」


「どういう意味よ。嵐に聞いていた人と、あんた、全く別人のようね。で、嵐の事は?」


「嵐?何にもないよ。あんたと話をするために、ウソを言ったんだよ。嵐もな、祠が消えたとかなんとか、バカげたこと言って、どこにあったか分からなかっただけだろ。」


「祠があったの、分かっていたのね。」


 彩乃は、汗をかき、喉の渇きで、冷えたお茶を一気に飲み干した。


「あぁ、そうだよ。祠には参拝したよ。でも消えたなんて抜かすから、そんな超常現象を嵐が体験したなんて、許せなかったんだよ。だから、最初から、行ってないことにしたんだよ。だから祠が無かったのは当たり前の事になる。嵐の頭がおかしくなった。それでいいのさ。」


「信じられない。嵐は友人でしょ。何、自分にない体験をした嵐に嫉妬したってこと?あり得ない。」


「あんたらなんかに分かってたまるか。」


「で、そんな事言うために、私を呼んだわけじゃないでしょ。」


「なんで、あんたを呼んだのかは、そのうちわかる。」


「あんたの、考えが理解できない。」


「なぁ、こんだけ話してても、やっぱり、覚えてないよな。」


「何を…。」


「まあいいさ、あの女が来たら、全部話すさ。悪いが、ここで待ってもらうよ。そろそろ、効いてきたかな。強力なの入れておいたから。いい夢を…。」


彩乃の意識は朦朧となり、椅子から崩れ落ちた。


「しばらくは醒めないな。」


平和に連絡が入った。手違いで荷物が明日になっととの連絡だった。


「母さん、計画は明日になった。明日、母さんはいつもの通り、朝から、病院で仕事しててくれ。智子から目を離すなよ。」


「分かったわ。あんたは、19時ごろ変装して来るのね。彩乃はどうするの?1日計画ずれたじゃないか。」


「途中で目が覚めるだろうけど、縛って身動きは取れないようにしとくよ。」


「その間、平和はどうするの。」


「壁に穴を開けて、母さんの逃げ道作っておくよ。その水の袋も邪魔だから上に積んでおくよ。すべては明日だな。」


「水なんて、何で頼んだの?」


「あぁ、これね。ここ借りるときに、倒産した飲食店から大量に出たから、もらってくれないかと言われてね。それらしく振舞うためにもらったんだよ。」


「じゃ、母さん、病院でもし何か変わった事あったら、連絡してくれ。」


 風間典子は、智子と思われる身元不明の女性が、病院に入院していることは分かっていたが、どこの病院かが分からず、事故現場の周辺の病院を、面会人を装い探していた。

 

 そして、ようやく、智子を見つけたのだった。

 

 典子は、その病院に看護補助として働き、眼鏡とショートヘアで当時の典子とは見た目を変え、平和とともに今度こそはと、長年募った恨みを晴らす機会を狙っていた。

 

 彩乃の面会はなかったが、面会人から彩乃と言う言葉を聞いていた。看護師からも、記憶が戻っているらしい、病院から逃げるのではと、最近監視もついたとの情報も得た。


 平和は、計画を急ぐことにした。さすがに病院に火をつけることは気が引け、彩乃をだしに呼び出せないかと、ビルの貸店舗を借りていたのだった。


翌日、昼前に、彩乃が目を覚ました。


重い身体を動かそうとするが、手足が縛られ、身動きが取れない。


「あんた、なんで、こんなことを。」


「眼が覚めたようだね。昨日の計画が、今日になってね。あんたが眠っている間に決行するはずだった。ま、楽しみが延びたってことで。」


「何をするんだ。」


「夜にはわかるさ。」




19時


「彩乃の事で話がある。彩乃を監禁している。面会コーナーで、話をしよう。」


 女装した平和が、女性に声をかけた。


「あなた、誰?」


「小坂典子の息子だ。そう言えばわかるだろ。」


 女性は、驚いた様子だったが、刑事の監視を気にしながら、表情に出さないように、無言で面会コーナーに向かった。


「15年前の事、覚えてるね。あんた智子だろ。母は、あんたにひどい目に合わされたんだ。」


「だから、あの事故の時も私を狙って。」


「そうだよ。あんた、悪運が強いね。2度も助かっている。他人は死んでるのにな。」


「彩乃を預かっている。同じようなビルの一室だ。いつでも、爆発させれるよ。あんたが来ると言うなら、彩乃は助けてやるよ。あんたが、あの火事で彩乃を助けたことを自分は知っているんだ。母親のように思ってるんだろ?」


「……。」


「今。母が悲鳴を上げて、火災報知器を鳴らす。その隙に、出る。いいな。」


女性は頷いた。


典子の悲鳴とともに、計画は決行された。



風間典子は、火災報知器を押した後、すぐ病院の裏口から逃げ、その足でビルにビルに向かった。


「あら、おとなしくしてたのかい?すまないね。もうすぐあの女がくるからね。もう少しの我慢だよ。」


「あんたの息子はどこ行ったのよ。」


「今、女を連れてくるのさ。」


「もしかして、母を?」


「何言ってるんだい。加奈子は死んだんだろ?いくら似ているからと言って、間違えちゃいけないよ。」


「でもなんで?」


「私はね、光一と一緒になる約束をしてたんだよ。それを智子が取ったんだ。死んだら、お金持って逃げて行ってじゃないか。私から、すべて奪っておいてひどいもんだよ。許せないね。」


「私を人質にする意味を考えたら、連れてくるのは母しかいないと思った。理由が分からなかったけど。そういう事だったんだ。」


「もしかして智子が母親か?」


「違う。」


「ふん、わけのわからない事を言うんじゃないよ。」



「母さん、連れてきたよ。」


 平和に押されるように加奈子が入ってきた。

「あなたは、病院の助手の…。」


「そうだよ。なんだい、不思議そうな顔をして。」


「あなた、典子さんだったの?」


「そんなに分からなっかったかね。あんたのお陰で苦労したからね。こんなになってしまったよ。」


「あんたも、こっちへ来るんだ。」


平和は、彩乃の隣に加奈子を座らせた。


最期に時間をやるよ。二人で仲良く話すんだな。


「母さん、鍋に油入れておいてくれ。」


平和は、壁の穴を確認したりと逃げ道を確認していた。



二人の間に、しばらく気まずい時間が流れた。


お互いの埋められなかった長い年月のいろんな思いを、目の前の張り詰めた空間に吐き出せずにいた。 話したいことはたくさんあるのに…。視線も合わせられず、言葉も出ない。


「彩乃…。」


 最初に口を開いたのは、加奈子だった。


「…。」


 彩乃は、涙がこぼれ声が出せなかった。


「ごめんね。苦労かけて。辛かったね。」


「うん。」


 彩乃は、聞き覚えのある声を聞き、懐かしさでポロポロと涙があふれ出した。


「彩乃、ほんとに、ごめんね…。」


 加奈子も声にならなかった。


「もういいよ。ずっと自分は生まれちゃいけない子だったんだと思ってた。正彦さんに話聞くまで。」


 涙も拭けず、後ろ手に縛られた手をもどかしく動かしながら、彩乃は湿気を含んだ鼻水をすすりながら話を続けた。


「渡辺さんとこの正彦さん知ってる?」


「知ってるわ。正彦さんには良くしてもらったもの。」


「正彦さん亡くなったのよ。肝臓がんで。その息子さんと、私、知り合いなの。小さい頃会ってたなんて知らなかった。」


「えっ、そうだったの。」


「だから、みんな聞いた。あの家にいたのは、智子さんの方だって。ばあばにも会ってきた。施設に入ってるけど、元気だよ。」


「そうなの…。」


 加奈子は涙が止まらなかった。


「でも、私はもう死んだ事になってるから。本当の自分には戻れないわ。智子として、あの方たちに恨まれて、ここで死ぬのね…。」


「お母さん、諦めないで。病院からいなくなったことで、警察も動くと思う。助けが来るわよ。」


「ありがとう。あ母さんって呼んでくれたのね。それだけで十分。あなたに会えたし、もう思い残すこともないわ。でもあなただけでも助かって。」



「今生の別れを十分惜しんだか?泣くだけ泣け!どう足掻いても、誰も助けは来ないからな。さ、こっちに来てもらおうか。」


 平和は、彩乃たちを立たせ、調理場の狭い床の上に二人を座らせた。


「鍋に火をつけた。ずっと、つけておくとどうなるかな…。」


「あんた、昨日、何を私が覚えていないって言うのよ。」


「そうだったな。冥土の土産ってやつだな。」



ノックの音がした。


「宅配です。」


「荷物受け取ってから、教えるよ。やっと荷物が来たよ。でも、もう要らなかったな。あんたら、案外、素直に言う事聞いてくれたしな。優秀だったよ。」


拳銃だった。


平和は、彩乃たちに抵抗されたり、もしも、誰かが乗り込んで来た時のために、依頼しておいたものだった。


ドアを開け、受取のサインをしたとたんに、橋本が乗り込んできた。


そして、橋本と風間平和の攻防戦の中、火が上がったのである。

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