第14話 嵐の父

 母親と暮らしている嵐の自宅に、ある中年の女性が訪ねてきた。


「私、河口美紀と言います。突然にすみません。こちらは、斎藤真美さんのお宅で間違いないでしょうか?えっと、嵐さん?」


「ええ、そうですが。」


「お母さまはご在宅でしょうか?」

「今日は、夜勤なんで、もう、仕事行きましたが。」

「では、明日、伺っても大丈夫ですか?」

「母に聞いてみないと。あの、どういう用件ですか?」


「あなたのお父さん、渡辺正彦さんのことで、伺ったのですが。」


「自分、父親のことは、一切聞いてないので、渡辺っていうんですか?」

「明日、お母さんに詳しくお話します。何時からが良いか、連絡いただけるとありがたいです。ここに連絡下さい。」


 河口美紀と名乗る女性は、そう言って、名刺を置いて行った。


「父親って、今更なんだ?弁護士?」


 嵐は、名刺を見て、益々疑問が沸いた。母親にメールをしておいたが、返信の無いまま、翌朝の日曜日、嵐は母に起こされた。


「メール見たよ。今、河口さんて人に連絡したわ。今日、2時に約束したから、嵐もいてね。」


「ね、お父さんって何?母さん、何も話してくれなかったから。」


「そうね、話すタイミングも無かったしね。能登の人なのよ。」


「能登?へぇ〜そんなとこに縁があったなんて。」


「なんで、結婚しなかったの?」


「ちょっとね、いろいろ噂があるうちだったから。東京で知り合ったんだけど、向こうが実家に帰るって言うもんだから、だったら結婚はしないって、自分から言ったのよ。自分から言ったから、養育費も何ももらってないわ。」


「ふうん、でも今頃なんだろう。」


「なんで、弁護士さんが来たのかまでは、私も聞いてないわ。」


 嵐は、落ち着かない様子で待っていた。


「嵐、立ったり、座ったり、ちょっと、落ち着きなさいよ。」


「だって、昨日聞いた時は、よくわかんなかったんだけど、なんか、だんだん気になって、夜も眠れなかったよ。」


 約束した時間ピッタリに、チャイムが鳴った。

 

 河口美紀が来た。


 黒髪のショートヘア、50歳代くらいか、シュッとした体形で、眼鏡をかけ、いかにも弁護士らしい。言われなくても、職業を当てられそうだ。



「昨日は、突然、すみませんでした。連絡先が分からなかったものですから。」


 居間で話は始まった。


「息子さん、お父さんの話は聞いていなかったとのことですが、お話して大丈夫ですか?」


「今朝、少しは話しましたので、いいですよ。」


「分かりました。」


 河口は、A4の紙を何枚がバックから取り出し、

「私、弁護士と言っても、成年後見人を依頼されたものなんです。」


「成年後見人?あの人に何かあったんですか?他に誰もいなかったという事ですね。」


「そうです。実は、渡辺正彦さんは、肝臓がんの末期で、あと数か月といったところでしょうか、他の家族は、母親は亡くなっています。父親は認知症で、施設におります。」


「お姉さんがいたと思うんですが。」


「たしか、智子さんとおっしゃったと思いますが、15年前から行方がわからなくなっていて。それで、正彦さんから、あなたたちの事を聞きまして。」


「あの、でも、私たち、もう関係がないので、面倒は見れないですよ。」


「いえ、そういう事ではなくて、財産分与のことです。正彦さんのお父さんの昭さんも、そう長くはないと思われます。それで、金銭的管理を私が任されているのですが、お二人とも亡くなった場合に、財産の一部を、あなたたちにと、正彦さんのご要望がありまして。あとですね、お二人とお話をしたいと仰っています。何か伝えなければならない事があると。」


「お話の内容は分かりました。でもその財産は、受け取る理由がないと思っています。自分から、結婚しない選択をしたわけですから、それに、この子が小さい頃は、会わせたりもしてましたが、ほとんど関わっておりません。彼には会いに行くことはかまいませんが。」


「正彦さんは、あなたが結婚を断った理由は、自分の方に原因があったので、致し方がないと言っておりました。」


「でも、そんなことは考えたこともなかったので。」


「嵐さん、おじい様にほんとによく似てらっしゃいますね。」


「そうなんですか?」

 

 -昭?なんか聞いたことある名前だ。


「時間があまり無いという事ですね。わかりました。勤務を調整して、いつ行くかを河口さんに連絡します。」


「それでは、連絡お待ちしております。正彦さんには、今日の真美さんのお気持ちもお伝えしますね。」



 河口が帰ったあと、嵐は、すぐ彩乃に電話連絡をした。


「ねえ、この前、蛭児神社のとこで、自分に似てるって人の名前覚えている?昭さんって言ってたけど、渡辺だっけ?」


「あ~渡辺さんちの昭さんって、確か言ってた。どうしたの急に。」


「その人、自分のおじいちゃんだ。」


「ほんとに?やっぱり、繋がってたんだ。なんで、それが分かったの?」


「今日ね、能登から、成年後見人って人が来て、自分の父親がもう癌で長くないんだって。それで、財産分与の事と、何か伝えたい事があるから、会いたがってるって。初めて聞いたんだよ。父親のことなんて。」


「そうなんだ。で、行くの?」


「母さんの勤務が調整出来たら、行くよ。」


「私も行ってもいい?あの祠の場所見てこようと思って。」


「良いよ、また連絡するね。」


「ありがとう。連絡くれて。」



 彩乃が、ありがとうって言った…。いつもの大波小波が、今は凪みたいだ…。嵐が来ないといいけど…。

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