第15話  双子の証明

 橋本は、野崎が淹れた珈琲を味わっていた。

 

「やっぱり…落ち着くな。」

 

 橋本は、15年前の火災で亡くなった櫻井加奈子のものと思われる遺留物と、入院している女性のDNA鑑定を依頼した結果を報告に来ていた。

 

「それで、検査どうだった?」

 

「やっぱり、双子で間違いない。」

 

「これで、科学的に証明されたことになるな。1969年の出生証明書の偽造と、赤ん坊も故意に入れ替えている。どんな罪になるのか。いずれにしても時効になっているがな。」

 

「でも大罪だよ。これは。」

 

「そうだよな。時効って何なんかね。あ、それと、女性の爆発事故前の動きが分かってきたんだ。いずれも、規模の小さなスーパーの総菜を作る仕事を一緒にしたという情報や、個人の飲食店で雇ったという者もいた。今まで、情報が無かったのは、身元を証明するものを持たない者を働かせていたことで、色々と書類上の問題があって言わなかったそうだ。でも、見てる人は見てたんだよ。タレコミが何件かあってね。化粧っけもなく、質素な暮らしで、娘さんの子供の頃の写真なのか、それを見て泣いてる姿を見かけた人もいたよ。この周辺ばかりだ。彩乃を見かけなかったのかな。」

 

「ずっと分からないように、そばで見守っていたんじゃないか。名乗れないような何かがあったのか…。そういえば15年前の火事で、放火が疑われたのは、彩乃の父親の愛人だって言ってたよな。でも彩乃は智子さんが疑われたって言ってたけど。」

 

「あれは、公には報道されなかったが、火事のあとに行方が分らなくなったから、そういう噂が流れたんだ。それを彩乃が聞いたんだよ。愛人で、行方が分らないというだけで、疑われても仕方のない状況だったが、なんの確証もないよ。」


「あとは、彩乃が協力してくれれば、双子のどちらかが判明するんだが。もし、入院の女性が加奈子なら、放火は加奈子の疑いも出てくるのか?」

 

 橋本の電話が鳴った。

 

「病院からだ。意識を取り戻したようだ。っというか、意識のないふりを止めたという事かな。行って見るよ。放火はまだ、状況がはっきり分からないから、何とも。意識戻った事、彩乃さんにも連絡しておくよ。それと黒崎洋子さんにもな。」

 

「自分も行くわ。」

 

 橋本と野崎は病院に向かった。

 

 病室には、女性を前に、主治医の朝倉と、心理療法士の三宅が、神妙な顔つきで話をしていた。

 

「あ、橋本さん、せっかく来ていただいたのだけど、何も覚えてないそうよ、自分の名前も。」

 

「自分の名前も、ですか?そうですか。あの、少しお話してみてもいいですか?」

 

「少しでしたら。」

 

 橋本は、ベッドサイドの椅子に座り、そっと声を落として聞いた。

 

「すみません。私は、警察のものです。橋本と言います。あなたが誰なのかを調べています。あなたは、渡辺智子さんですか?それとも櫻井加奈子さんですか?」

 

 女性は、ふと橋本を見たが、すぐ視線を逸らした。

 

「覚えてません。」

 

「火傷をした事は覚えてますか?」

 

「何も…覚えてないです。」

 

「あなたには娘さんはいましたか?」

 

「…。」

 

 女性は首を横に振った。

 

 次の質問をしようとした途端に、女性は布団を頭まで被ってしまった。

 

 

 橋本らは、朝倉に促され、面談室で、話をすることにした。

 

「橋本さん、今言っていた方のどちらかって事ですか?」

 

「そうです。双子なんです。」

 

 橋本は、約50年前からの経緯を話した。

 

「噂の域を出ないこともあるけど、DNAでは双子という事は判明したのね。それで、三宅先生、あの方は記憶喪失だと思います?」

 

「いえ、違うと思います。質問した時に、記憶を失い思い当たることが無いのであれば、あんな反応しないでしょ。覚醒した時点で、自分が誰か分からないことに錯乱状態になると思います。変に落ち着いている。それに、質問によって、視線を逸らしたりしている。視線を質問者の眼に向けているようで、眼の周辺を見ているわね。本当の反応を悟られないようにしている事なんだと思います。」

 

「やっぱり、あの落ち着きは嘘をついているという事だ。嘘がばれないように、まともに相手の眼を見れないんだ。」

 

「橋本さん、逆に視線を離さないのも不自然なのよ。視線を逸らすのも、逸らさないのも自然な感じじゃないのは、真意を疑うべきね。それに、自分に置き換えてみて、もし、意識が戻って気が付いた時に、知らない場所、知らない人、周りが、自分を知らない名前で呼んだり、自分の持ち物も違う名前になってたら、私だったら、自分は誰なんだって不安で、怖くて、半狂乱になるわ、きっと。」

 

 

「なるほどね。あんなに落ち着いてられないかも。じゃあ、意識的なのか。」

 

 目を閉じて、三宅の話に聞き入っていた野崎はそう言った。

 

 

「そうね。自分の存在を知られないように生きてきたのだとしたら、核心に近づくことを恐れるでしょうね。だから、こちらの動きを察知して、あの方の本当の名前が分かりそうになったら、どういう行動に出るのか分からないわね。ただ、逃げようとすれば、これまでも逃げれたと思うので、誰かを待っている気もするけど。」


 三宅はそう見解を話した。

 

 野崎の携帯が鳴った。

 

 加奈子の姉の洋子からだった。

 

 智子と加奈子の事について、近所に聞いて回っていたと。加奈子は左利きで、智子は右利きだったという情報と、明後日、東京の病院に向かうという連絡だった。

 

 病院スタッフは、利き手までは注意して観察していなかったので、確認しておきますとのことであった。

 


 彩乃は、橋本からの女性の意識が戻ったとの連絡で、グラスに入った割れた桜貝を見つめていた。

 

 母親も持っていたはずの桜貝のストラップをどうして、あの女性が持っていたのか。自分の記憶にはないが、小さい頃の母との写真には、二人で、この桜貝を手に持って写っている。この写真もいつ誰からもらったのかも記憶にない。

 

 いつのころからか、桜貝のストラップを母は持っていなかった。弟が生まれてから母が変わったような気がする。

 

 遠い記憶、母の姿が良くわからない。思い出そうとすると、自分の中から何かが沸き起こり、それを阻む。

 

 彩乃は、いつになく、グッタリと何時間も眠った。

 

 夢を見ていた。男の子と遊んでいる。そばには、母?優しく、自分たちを見ている影。

 

 耳を付く音とともに、目が覚めた。

 

 嵐からの電話だった。

 

 能登に、今度の土日に行くと言う事であった。

 

 5日後か。

 

 一昨日、彩乃は、ある女性から、サトコさんの娘さん?と声をかけられた事を思い出していた。

 

「写真の子とよく似ていたもので。」

 

 写真を見せてもらった。

 

 確かに、私だった。

 

 服装から、2、3年前ほどか、遠めに写した写真だった。隣に写っている人にピントにピントが合っている。偶然に私が写ってしまったのを持ってたのか。

 

「違います、母はサトコと言う名前ではありません。」と返した。

 

「どこへ行ったのか、心配してて。」

 

「その人がどうしたんですか?」

 

 彩乃は、残念そうに、溜め息をつく女性を見かねて、そう聞いた。

 

「この大事な写真を、置いてってしまって。あまりにも傷や、しわが目立ってたんで、加工して、きれいにしてあげようと思って預かったのよ。うちの息子が、写真の仕事をしてるので、加工できれいにしてもらったの。返そうとしたら、仕事来なくなちゃって。」

 

「それで、シートが貼られてるのね。確かに私に似てるんだけど、サトコさんていう人は、知り合いにいないの。この方どういう人でしたか?」

 

「ほんとに頑張り屋さんだったわね。何かに取り憑かれたように働き詰めで、心配してるのよ。どこかで倒れてないかって。シワシワになったこの写真いつも持ってて。この子のために、お金貯めてるんだって言ってたわ。」

 

「サトコさんの写真はありますか?」

 

「それがね、写真嫌って、撮らせてくれなかったのよ。一緒に働いてた期間は、短かったんだけどね。自分も、細々と生きてきたから、他人とは思えなくて。」

 

「サトコさんと言う人、私も他の人にも聞いてみます。何かわかりましたら、連絡してもいいですか?」


 入院している女性の事を探しているのか。なんでサトコなんだろう。智子だから?

 でも親子ではないし。私の反応を探ったのか。何かよからぬ考えしか浮かばなかった。


 自分の写真だとは思ったが、素性の分からない女性にあえて否定した。

 

 

 彩乃は、入院している女性が、母なのか、智子さんなのか、わからなくなっていた。

 

 割れた桜貝を見つめていた。彩乃は、今は…心落ち着いていた。

 

 桜貝…あの女性に聞けば良かったかな…。

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