第13話 15年前の惨景

「いつの間に、夜になったんだろ。」


 静かな夜だった。


 彩乃は、見下ろした景色の中、電灯に照らされた公園に目が留まった。

 

「それだけでない。違うのよ。さっきとは違うのよ。」

 

「自分もなんか変とは思うけど。彩乃、何が違うの?」

 

「前の公園の遊具、さっきの時は無かった。けど、今あるの、私が遊んだことあるのよ。あのブランコ。でも女の子が怪我して、違うのに変わったの覚えてる。その変わる前のブランコなの。使用禁止って張り紙がある。だから、ここは、15年前の平成15年 2003年なのね。最初は、昭和50年だから、43年前、そこから28年後にタイムスリップしたのね。」

 

「彩乃って、眼もいいけど、計算も早いんだね。西暦と、元号の計算、そんなに早くできないよ。」

 

「えっ、そこ?違うでしょ。」

 

「なんか、彩乃といると、不思議な事が、そんな大それたことに思えなくて。」

 

「あんた、すごい神経してるね。」

 

「いやぁ、そうですかねえ?」

 

「褒めてないわよ。それより、この日…。たぶん、もうすぐ火事が起きると思う。」


 彩乃は、公園のブランコから、その奥の住宅街に、視線を移した。

 

「えっ、大変じゃん。どこで?僕たちなら止めれるかもよ、止めないと。」

 

「行かない。歴史は変えられないでしょ。」

 

「でも…。」


「行きたくないのよ。見たくないの。」

 

「なんで。」

 

「なんでって…。自分の家だからよ!」

 

「だったら、なおの事…。えっ彩乃、大丈夫?顔色が悪いよ。」

 

「ごめん、ほんとに無理なの。」

 

 彩乃はその場で座り込んでしまった。

 

 嵐も、隣でしゃがみ込み、震える彩乃の両肩を擦っていた。

 

「嵐、ありがとう。思い出したくないの。どうかなりそうで。」

 

「わかった。もう、何も言わないで。」

 

 すると、2人の頭上を、白い長い二つの影が流れて行った。

 

 雲?じゃないよな…。

 

 とその瞬間、二人の見ている景色が変わった。

 

「えっ、うそ、なんで、ここに。イヤだ。絶対イヤなのに。」

 

「もしかして…ここが彩乃の家?」

 

 彩乃は頷いた。

 

 彩乃はそこから、逃れようとしたが、見えない何かに囲まれて動けずにいた。

 

「彩乃、見て。誰か、来る。僕らが見えてるはずなのに、気づいてないみたい。」


 背を向けていた彩乃が、嵐の声に、視線を向けた。

 

「あの人、智子さんかも。」


 その女性が家の中を伺っている様子が見えた。

 

 窓が開いており、遠目に中の様子が見える。

 

「彩乃だね、あの子。こんな夜中なのに、お父さんかな。ぶたれてるじゃないか。そばにちっちゃい子抱いてるのはお母さん?見てるだけなの?ひどい。」

 

「もう、見ないで。そうことなのよ。母の再婚相手なの。この日はなんでぶたれたのかは覚えてないけど。ずっとそうだったの。あとに生まれた、弟ばかり可愛がっていたのよ。」

 

「泣いてる。可哀そうだよ。あんまりだよ。」

 

 思わず嵐が、飛び出していった。

 

「嵐、行っちゃだめよ。戻ってきて!」

 

 嵐は、眉間にしわを寄せて、ものの2.3分で戻ってきた。

 

「ぼくらには、どうにもできない。こっちが見えないんだ。声も聞こえないみたい。触ったら、全身に電気が走ったみたいに、ビリッと来たよ。そばに寄るだけで、ジリジリしたから、近づかないほうが良いみたい。でも、お父さんたち2階に帰ってたし、大丈夫かな。でも子供の彩乃が可哀そう、身体のいくつも痣が見えたよ。あそこにずっと立たされてるんだ。ひどい。」

 

「もう、変えられないのよ。変わらない方がいいの。」

 

「あれ、ねっ、なんか、彩乃ちゃんの顔が明るくなったよ。よく見えないな。」

 

「いやぁ~!やめて~!なんで、こんなの見せるのよ!」

 

 彩乃は奇声に近い叫びをあげた。

 

「火だ、火が出てる!どうしよう。」

 

 火は一気に広がり、一階の窓のあちこちから、火の手が見える。

 

「火事だー!」

 

 誰か叫んだ。男性の声だ。その声を聴いたのか、野次馬の声や、消防車のサイレンで周囲は騒々しくなってきた。

 

「あ、智子さん?家の中に入って行ったよ。彩乃ちゃんを救いだしたんだ。良かったあ。えっ、でもなんで…どうして…そのまま彩乃ちゃんを置いていって行っちゃった。どこか、行ってしまったよ。」

 

 その後、助けに入って、手のつけようもなかったのか、青ざめた表情で戻ってきた男性らしき人が二人、子供の彩乃と一緒に、茫然と火を見つめているのがわかった。

 

 彩乃は、耳を塞ぎすべてを拒否したかのように、うずくまり震えていた。

 

 嵐はそんな彩乃の背中や、肩を必死に擦っていた。

 

 その二人の頭上を、あの二つの長い白い影が流れて行った。

 

「あ、また、白い雲だ。」

 

 上を仰いで、ふと彩乃に目を落とすと、彩乃が気を失ったように、ぐったりと崩れ込んでしまった。

 

「どうしたんだよ、彩乃、彩乃、起きて!しっかりして!」

 

 嵐は、必死に彩乃に呼びかけていた。

 

 目の前が真っ暗になり、嵐は、急に身体の重さを感じた。

 

「あれ、ここは…。彩乃は、彩乃がいない。」

 

 見慣れた景色…。

 

「えっ、自分の部屋。夢だったのか?」

 

 半覚醒状態の嵐の頭に、スマホの音が響いた。


「彩乃からだ。」


「嵐、あー良かった。戻ってた。」

 

 数分前に聞いたはずの電話の向こうの声が、懐かしく聞こえた。

 

「あぁ、彩乃の声嬉しい。でも、これ、どういう事なんだろ。夢かと思ったけど、彩乃も、祠からタイムスリップしたんだよね。さっきまで、一緒にいたよね。」

 

「そう、そうだよ。何が起きてるのか、分からないけど。今から会える?蛇夢で待ってる。」

 

「僕も会いたい。彩乃に会いたい。」

 

「わかった。待ってるから。」

 

 嵐は、いつもの棘のある言葉が飛んで来ない彩乃が少し心配になった。

 

 アパートから蛇夢までの距離が近い彩乃の方が、早く着いた。

 

「あら、彩乃、なんか久しぶりのような気がしたけど、どこ行ってたのよ。嵐ちゃんとデートは行ったの?」

 

「ママ、そんなんじゃないって。あ、もうすぐ嵐もここへ来るよ。」


 彩乃は、喉の渇きがひどく、コップの冷たい水を一気に飲み干した。

 

「若いって、いいわね。」

 

 ドアが開いたとたん、嵐が飛び込んできた。


「彩乃、良かった。顔見るまでは、安心できなかったよ。」

 

「あら、やだ、急な展開?」

 

「だから、そんなんじゃないって。嵐、もう少し、言葉選んでよ。」

 

「あ、ごめん。気を付ける。」

 

「そうだ、嵐、スマホの写真、どうなってる。」


「ちゃんと、写ってたよ。」


「ほら、これ。」


「ほんとね。しっかり、写ってる。この白い影は何?」


「この白いの、空飛んでったの2度見たよ。そん時は写してないけど。彩乃見てないの?」

 

「見てない。なんだろ?」

 

「あら、これ蛇ね。」

 

 嵐の背中越しで、画像をみていた、達也ママが話に入ってきた。

 

「ママ、蛇に見えるの?」

 

「白い蛇ね、嵐ちゃんに憑いてたの、これね。」


「これが?だったら、蛭児姫かな。ね、彩乃?」


「だとしても、なんで。」

 

「何か伝えたかったんだよ。きっと。」

 

「私は、見たくないもの見せられたわ。」


「彩乃、苦しんでからね。」


「恐ろしすぎて、あの後のことは、思い出せない。」

 

「思い出せないんじゃなくて、思い出さないように、あなたの脳が閉じ込めてるのよ。防御反応ね。そうなるほどの残酷な体験なんでしょね。でもそれ消化できたら、今のあなたの苦しみから解放されると思うんだけどね。」

 

「ママ、何か言いたそうだけど、今のままでいい。放っておいて。」

 

「無理はしないわよ。で、あなたたち、どこへ行ってたの?」

 

「昭和へタイムスリップ。」

 

 嵐が両手を広げ、飛行機の真似事をして見せた。

 

「あら、楽しかったみたいね。」

 

「ママ、なんで信じるの?」

 

「私も、経験あるから。」


「ほんと?」

 

「冗談よ。でも、信じるわよ。」

 

「ママって面白いね。もっとバカにされるかと思った。」


「そんな、真剣に話ている人の眼くらいわかるわよ。あ、そうだ、メグミさ~ん。ちょっと、こっち来てくれる。」

 

「なあに、ママ。」

 

 メグミは、じゃがれた声が妙に艶っぽい、男性である。


「この人ね、催眠療法ってできるのよ。記憶のないことでも、引き出せるの。彩乃、受けてみる?」

 

「そんなの必要ないわ。このままでいいっていってるでしょ。」

 

「ママ、なんか怪しくない?どっかの占い師?」

 

「フフっ、そう見えるわね、でもね嵐ちゃん、この人、昼間は超お堅い仕事してるのよ。心理学の准教授なんてしてるんだから。女装趣味が高じて、こうなっちゃたけどね。」

 

「ママ。バラさないでよ。」

 

「ギャップありすぎでしょ。それに肩書だけで、信用するのもね。」

 

「嵐ちゃんって、いいわね、この子。」

 

 メグミは嵐の隣にすり寄って行った。

 

「いや、あのちょっと。彩乃助けてよ。」

 

「知らんわ。もう帰る。」

 

「待ってよ!」


「嵐はついてこないで。また連絡するから。」

 

「彩乃ちゃんって子、何があったか知らないけど。苦しそうね。辛そう。」


「子供のころ、酷い眼に会ってるんだ。何とかしてあげたいけど。彩乃はまだ、遠いところにいるみたいで。」

 

 彩乃が、顔を紅潮させて、戻ってきた。すぐ後ろには、男性2人の姿が。

 

「だから、知らないって行ってるでしょ!」

 

「あらあら、なあに。どうしたの。」


「ママ、この人たち追い出して!」

 

「すみません、警察です。」

 

「彩乃ちゃんが何かしたの?」

 

「いえ、お願したい事があるだけなんです。」


「事故のケガで、入院している患者さんの意識が無くて、身元を探しているんです。彩乃さんのお母さんかもしれないというので。」

 

「だから、母は死んだって言ってるでしょ。」

 

「そうだよ、彩乃のお母さん、火事で亡くなってるよ。」


 すかさず、嵐が援護した。

 

「実は、加奈子さんのお姉さんに、確認してもらったんだよ。まだ、ハッキリはしてないんだが、特徴が加奈子さんという可能性があるんだ。だから、DNAで鑑定して、親子関係を証明したい。親子だと分かれば、あとは特徴で、彩乃、君の母親という事になる。だから、今日は鑑識の人も連れてきた。」

 

「だから、母は死んでるの。目の前で見てるんだから。」

 

「刑事さん、特徴って?」


「嵐、そんなもん、かまわないでいいよ。」

 

「足の裏の傷と、手の甲のホクロだ。ホクロは、消された痕があったが。彩乃さん覚えているかい?」

 

「ホクロ?ホクロは、智子さんの方よ。洋子おばさんは違うこと言ってる。あの人も信用できないのよ。」

 

「どういう事なんだ。まあ、智子さんだとしても、能登の火事で亡くなった女性と、今入院している女性のDNAを鑑定法すれば、あの2人が双子だという証明にはなる。今の鑑定法は15年前に比べて、各段に精度が上がっているから、一卵性でも、違いが分かるそうだ。彩乃のDNAも鑑定できれば、親子関係も判明する。そうなれば、その双子が生まれた時から、事件が起きていたことになるな。そして、15年前の火事も何か分かるかもしれない。」

 

「この事故と関係あるの?」

 

 嵐が、彩乃の視線を気にしながらも、橋本に質問した。

 

「そのことと、今回の事故との関連が不明だが、人間関係がハッキリしてくると、事故なのか、事件性があるかのヒントが得られるのではと。入院している女性と火事で死亡した女性が、加奈子さんと智子さんのどっちなのかでも見方が違ってくるからな。だから、彩乃さんにDNA鑑定に協力してほしい。」

 

「いろいろ分かってしまうのが怖いのよ。智子さんは、母より優しくしてくれたけど、放火の疑いもかかってるの知ってる。でも絶対違うのに。もし、その人が母親だったら、私は親子関係を拒否したい。だから、どっちにしても、したくないの。」

 

「彩乃さん、よく聞いてくれ。もし事件性があったら、他の人も亡くなっているんだ。野崎の娘さんも、5年前の事故で。今回と似ているからと、今回の爆発事故も調べている。」


「…。少し、待って。お願い。」

 

「わかった。1週間待つ。いいか。」

 

 彩乃は静かに頷いた。

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