第8話 記憶の無い過去。 -15年前に見たものー

 15年前の火災の事を調べた橋本は、再び、野崎の元を訪れていた。


「なんで、ここなんだよ。そこの茶店でもいいじゃないか。」


「いや、個人情報満載の会話だぞ、どこで誰が聞いているかわからん。」


「こんなオッサンの会話なんて誰が聞くか。」


「良いじゃないか。雅登特製のこだわり珈琲も飲めるんだぞ。タダでな。どうぞ。」


 橋本は、今は珍しいちゃぶ台を前に、胡坐をかいた。ここでは、豆から挽いてサイフォン式で淹れる本格的な珈琲が飲める。

 

「確かに、お前の淹れた珈琲は美味い。それは認める。オヤジ臭さえなければ、もっといけるのに。この珈琲カップもなんだか古めかしいし。」


「自分だってオヤジだろ。俺たちの芳香剤だよ。このザ・昭和的なレトロな珈琲カップもよく似合う年頃なんだ。ちゃぶ台で飲む、本格的な珈琲いいじゃないか。文句を言うなよ。」


「わかった、わかった。ま、そんなことより、野崎、15年前の火事の事だ。」


 橋本は、珈琲を一口含んだあと、手帳のメモを見ながら、話し始めた。


「えっと、平成15年、2003年だな、朝の4時出火。自宅の火事だそうだ。その火事で、櫻井加奈子の他に、夫の光一と4歳だった息子さんが亡くなっている。彩乃にすれば、父親と、弟になるな。いずれも焼死だった。」


「彩乃だけが助かったんだな。そんな過去があったんだ。ああなったのは、その体験もあるのかな。」


「それで、戸籍も調べてみたよ。実は、櫻井加奈子は双子で生まれている。それでだ、」

 

 橋本の話の途中で、野崎は話を入れた。


「それじゃ、母親とそっくりな女性だったなら、身元不明の女性は双子の片割れか?それで、彩乃は驚いた顔をした。」


「最後まで、話を聞けよ。残念ながら、その可能性はない。双子で生まれたが、片方は死産だったそうだ。」


「マジかよ。良い線いってると思たのにな。」


「そう簡単には、結果は出ないな。それで、その火事は放火が疑われたらしい。」


「放火って、誰か疑いのある人物でもいたのか。」


「彩乃の父親の愛人が疑われたらしい。だが、火事のあった時間は、仕事で夜勤をしていた事が証明されている。なんでも、1階の燃え方がひどかったそうで、家族は2階で寝てた。彩乃だけは、ちょうどトイレで一階に降りて、難を逃れたということだ。時間的に見て、1階で火は使っていない。そういう状況から、放火も考えられたが、結局、原因は不明のままになっている。」


「あの彩乃が可哀そうに思えてきたな。それからどうしたんだ。まだ、7歳くらいだと思うが。」


「母親の姉の家に引き取られたそうだ。」


「そうか、大変だったんだな…。そうだ、能登行ってみようかな。」


「おい、なんだ、突然。思った情報でなかったからと言って、能登に行っても、これ以上何か情報が出るようには思えないけどな。15年も前の事だぞ。」


「ダメ元で行ってみたい。母親の姉の住所ってわかるか。」


「ほんとはダメなんだけど。当時の住所しか分からないが、いいか。」


「OK!能登が俺を呼んでいる~♪」



 ―数日後


 野崎は能登に来ていた。


 櫻井加奈子の姉の家は、もう無くなって駐車場になっていた。近所で話を聞くが、昔の事だから、個人情報だからと、なかなか教えてはくれない。


 だろうな…。


 野崎が公園のベンチに座り、缶コーヒーを飲んでいた。どうしたものかと大きな溜め息をついたと同時に、後方から中年の女性が声をかけてきた。


「野崎さん?」


「はい?そうですが…どなたですか?」

 

 野崎は吐いた息を一瞬で吸い込んだ。


「ごめんなさい、ビックリさせちゃったわね。今、そこの神社の前の家、訪ねてたでしょ。ちょうど、あなたが、お辞儀して出てくところを見たのよ。誰が来たのかと聞いたら、野崎っていう人が、昔の事聞きに来たっていうじゃない。えっと思って、見た顔が、知ってる人によく似てたから。」


「あぁ、そうですか。」


「もしかして、あなたのお父さん、野崎聡って言うんじゃ。」


「ええ、そうですが、なんで?うちの父、能登とは縁があったって聞いたことないんですが。」


 野崎は驚いた様子で、隣に座った女性に答えた。


「あら、聡ったら、自分の故郷なのに、息子には何にも言ってなかったのね。というか、あなたもここ、来たことあるじゃない。私、飯野恵子といいます。お父さんとは同級生なの。でも、そうね、15年くらいは会ってないわね。それにしても、あなたがお父さんに、そっくりでびっくりしたわよ。お父さんは、元気でいる?」


「ええ、5年前に脳梗塞で倒れて、今は施設にいます。」


「そうなんだ。来れないわけね。」


「15年前に、父はここにいたんですか?」


「あら、だから、あなたもいたのよ。といっても、数日だけだったけど。お祭りで来たのよ。覚えてないの?中学生くらいだったかな。」


「父は、ここの出身?」


「そうよ。聡のお父さんの転勤で、高校からは東京だったけど、それ以来、お正月と祭りには来てたわよ。でも15年前を最後に来なくなったけど。あんなことがあったから、こっちには足が向かなかったかな。」


「えっ、あんなことって?」


「ほんとに覚えてないの?てっきり、洋子ちゃんの事聞きに来たっていうから、15年前の火事の事で、何か聞きたかったのかなと思って。」


「今、自分は事件記者をしていまして、ある事故で、意識不明になった女性の身元の調査をしているんです。そこの駐車場にあった家に小さい頃に住んでいた女性の母親かもと思ったんですけど、その火事で亡くなっていることが分かったんです。ここに来たら何か分かるかもと思って。」


「あそこに住んでた女性って?もしかして彩乃ちゃん?洋子ちゃん家に預けられていたわね。」


「あ、そうです。そうです。」


「確かに、お母さんの加奈子さんと旦那の光一さん、あと、彩乃ちゃんの弟さんは、あの火事で亡くなったわね。彩乃ちゃんだけは、逃げれたんだけどね。でも、あの火事の時に、あなたと、あなたのお父さん、救助しようと頑張ってたのよ。でも、助けられなかったの。お父さんが言ってたわ、自分も息子さんも、人が燃えるところを見てしまったって。かなりショックだったみたいね。その話した時、すごい顔してたもの。」


「えっ…。」


「大丈夫?ごめんなさいね。」


 火事で燃えてる家の前にいる夢をよく見てた。でも、自分の記憶にはそういう場面はない。今、聞いても思い出せない…。


「ほんとに、私でしたか?」


「他に息子さんっているの?」


「自分一人です。」


「じゃあ、あなたしかいないわね。ショックで、記憶無くしたのかもね。そういうことあるって聞いたことあるわ。言わない方が良かったかしらね。ごめんなさいね。それで…その入院している女性って、どんな女性なの?」


「あ、写真あります。」


 写真を見た飯野恵子は、絶句した。


「えっ、加奈子さんよ、この人。信じられない…。」


「彩乃に見せた時も、びっくりしてたけど、死んでるから違うって。」


「それで、洋子さんを訪ねてきたのね。あの火事も原因が分からないままだったから、何か分かるといいけど。分かったわ。今ね、洋子さん、金沢にいるのよ。連絡先と住んでるとこも知ってるんだけど、この時間は仕事中だし、あとで、野崎さんに連絡するってことでいい?」


「ありがとうございます。すごく助かります。お願いします。じゃ、今日は、金沢で泊まることにします。」

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