第9話 祠の先へ。

 雨だ。

 

 今日は一日雨との予報だ。

 

 昨夜、早速、彩乃から連絡があった。

 

 こちらの都合も聞かないまま、待ち合わせの時間を決めてくる。

 

 やっぱり苦手だな。得意な奴なんていないだろう。いたとしても、言われるまま、されるがままでも何とも思わない、よっぽど自分を持ってない奴だ。

 

 

 斎藤嵐は、少しの憂鬱と、彩乃が推測した通りに祠が現れるという超常現象を目の当たりにするのか、そんな淡い期待を持って、勝手に決められた時間に駅へ向かった。

 

 駅には、すでに彩乃が来ていた。

 

 

 待ち合わせをした大抵の女性は遅れてくるのが、当たり前に思っていたが、自分より早く来ていたことに、嵐は、早速、彩乃にペースを崩されていた気分になった。

 

「へえ、時間通りに来るじゃん。」

 

「その辺は、ルーズではないつもりです。」

 

「じゃ、行こうか。」

 

 櫻井彩乃は、上から目線でものを言うのは変わらないが、いつになく、柔らかな印象だ。この前みたいに、イラついてない。

 

 嵐は、いちいち気にしてる自分が、小ちゃい男だなと思った。

 

 

「嵐、スマホ持ってるよね。」

 

「持ってるよ。」

 

「もし、祠が現れたら、写真撮ってみようと思って。すぐ消えてしまうかもしれないから、すぐ取れるように準備してて。」

 

 

「わかった。彩乃はどうするの。」

 

「祠が現れたら、一緒に被写体になる。証拠だよ。」

 

「わかった。」

 

 この人、本気で、現われるとか、消えるとか、言ってる…。

 

 けど、キャッチボールが続く。今日の電車は、苦痛に感じなかった。

 

「さあ、着いたよ。スマホ、よろしく。」

 

 電車降りたばかりじゃないか。せっかちだな…。やっぱり、振りまわすよなあ。というか、振り回されている…。

 

 この前よりは、雨のせいか、観光客は少なく感じたが、傘がひしめき歩きにくさはあった。ぶつかりそうになりながらも、時間を確認し、その場所へ、向かった。

 

 やはり、草むらがあるだけで、道は無い。

 

 しばらく待った。

 

 観光客か、中国語らしい声がこえる。一時間ほど待ったが、なんの変化も現れなかった。。

 

「ちょっと、歩いてこよう。」

 

 彩乃に促され、2人は土産屋を見ながら、一周したところでトイレに入った。用を足し出たところで、急に観光客の声が…遠くなってきた。

 

「あれ、どうしたんだろ。耳鳴り?」

 

 嵐は、耳が聞こえづらくなったと、彩乃に訴えた。

 

「これは、現われるかもね。嵐、スマホ!」

 

 彩乃は冷静だ。

 

「あ、そうだった。」

 

「嵐、ほら、道、道ができてる!さあ、上手く撮ってよ。」

 

 二人は、今、現れたばかりの道を進んで行った。

 

 そして、足が止まった…。嵐は身体の震えと動悸を感じた。

 

「すごい、ほんとに現れた。」

 

 まぎれもないあの祠だった。

 

「嵐、写真、写真。」

 

 嵐は震える手で、スマホのカメラを祠と彩乃に向けた。

 

「うそ、カメラには彩乃しか写ってないよ。なんで。」

 

「そんな。何よそれ、もう、なんでもいいから撮って。」

 

 彩乃も、さすがに頬が紅潮し興奮していた。

 

「わかった。あ、出てきた。出てきたよ。段々、祠がはっきりしてきた。」

 

「すごい、劇的瞬間ね。」

 

「彩乃、もう、いい?早くお願いしないと。祠が消えちゃう。」

 

「そうね、参拝しよう。」

 

 ふたりはそれぞれ、心の中でお願い事を唱え、手を合わせた。

 

「もう、これで、大丈夫かな。」

 

「そうね。ん?ねえ、なんか賑やかな音しない?お囃子みたいな。お祭りなんて、やってたっけ?」

 

「いや、そんなのやってなかったよ。」

 

 

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。」

 

 いつの間にか、小さな女の子が彩乃の足元まで来ていた。

 

「あら、この子、どこから来たの?」

 

「あっちでね。綿菓子売ってるよ。お姉ちゃんも食べようよ。」

 

「ん?そっちは神社とは反対方向だよ。神社はこっち…だと。え、どうなってるの。あんなにいた観光客がいない。どこいったの?」

 

「ね、神社も無い!景色が違う!」

 

 嵐が、慌てた様子で、駆けてきた。

 

「え、ウソ、ここ、どこよ。」

 

「お姉ちゃん、お兄ちゃんも行こうよ。」

 

「この子についてって見よう。」

 

「え、でも。」

 

「だって、もう、そっちは何も無いのよ。」

 

 女の子の後をついて、林を抜けると、開けた景色が視界に飛び込んできた。手入れの入っていない古い石段を降りていくと、二人は広めの通りに出た。お祭りらしく、通りには5件ほどの出店が並んでいる。

 

 

「もうすぐ、お神輿が来るよ。」

 

 女の子の言った通り、白装束の男たちが掛け声をあげながら神輿を担ぎ、目の前を通って行った。

 

「こんな近くに、町というか、村かな、あったなんて。」

 

 

「嵐、違うよ。ここは、異世界なのよ。私たちは迷い込んだんだよ。」

 

「何言ってるんですか。そんなわけで無いです!」

 

 

「だって、ほら、考えてみて。最初、カメラにも映らなかったじゃない。おかしいと思わない?」

 

「でも、そんな。ね、祠のところ、戻ろうよ。なんか怖い。」

 

 

「何言ってんのよ。さっき見たでしょ。神社も観光客もいなかったんだから。帰れないわよ。」

 

「じゃ、どうするんですか?」

 

 

 嵐は泣き顔に近い表情になっていた。

 

 

「ちょっと待って。なんか、私、ここ、来たことある気がする。よくわからないけど。確か、さっきの神社じゃなくて、この通りの神輿が行った方向に、田舎に良くあるような、小さな神社があったはず。ちょっと確かめてくる。」

 

 

 彩乃は、足早に動き出した。

 

「あ、ちょっと待って。」

 

「そうだ、嵐、さっきの子は?」

 

「あの子なら、両親かな、一緒に、行ったよ。ほら、あそこ。」

 

 

「ほんとだ。なら、いいか。」

 

 

 通りには、着物を来た家族連れや、法被を来た若者らが行き交っていた。彩乃たちもそんな賑やかに流れる人たちの流れに乗り、神社へ向かった。

 

「ねえ、脇道で停まってる車とか、レトロな感じね。お店の看板とかも、よく昭和時代を復元した街並みに似てるし。」

 

 

 神社の長い石段の下に着き、鳥居を見上げた。

 

 嵐は扁額の神社名を指して聞いた。

 

「あれ、なんて読むのかな。」

 

 

「蛭児神社(ひるこじんしゃ)って読むの。」

 

「彩乃、良くわかるね。」

 

 

「だから、来たことあるって。」

 

「珍しい名前の神社だね。」

 

「蛇の神様ってことだけど。」

 

「確か、血を吸うあの蛭って言う字じゃないのかな。」

 

「まあね、関係があるかどうかは知らないけど、神話にも出てくる名前よ。やっぱり、私、小さい頃、ここにいたことある。でも、ちょっと雰囲気が違うけど。なんだろ、この違和感…。」

 

 

 聞き覚えのある歌が聞こえた来た。

 

『毎日、毎日、ぼくらは鉄板の〜♩』

 

「あの歌聞いたことある。結構、古い曲だよ。あんな小さい子供が知ってるんだ。」

 

 

「嵐…もしかして、もしかして、これって…。私たち、タイムスリップ…したんじゃない?」

 

「まさか、そんな…。」

 

「だって、そうとしか思えない。よし、こういう時は、そうだ、新聞見るんだよね。あとテレビとか。」

 

「彩乃、あそこ、なんかポスターが貼ってある。」

 

 二人はポスターが貼ってある駄菓子屋に走り寄った。

 

「能沢公民館の運動会で10月10日 体育の日。昭和50年…だってよ。」

 

「やっぱり…。私がいたところだ。この『寿や』って駄菓子屋さんも知ってる。昔あったって、私が小さい頃に母に聞いた事あった。ここは能登。内田町能沢。でもなんでだろう、東京の郊外が、なんでここに繋がってるんだろう。」

 

「彩乃、あの子、また来たよ。」

 

「いや似てるけど、親が違う。服も。」

 

「同じ子かと思った。今の子のお母さん、何となく彩乃に似てない?」

 

「そうかな。よく分からないわ。」

 

「彩乃、これからどうする?」

 

「この町、せっかく来たんだし、ちょっと探検したい。」

 

「帰りたいよ。」

 

「何言ってんの。普通、こんな体験、出来ないんだから。」

 

「悪夢を見ているみたいだ。もう、早くこんな夢、醒めてよ。」

 

「嵐!」

 

「はい!」

 

「男なんだから、腹決めてよ!」

 

「はい!」

 

 やっぱり彩乃は、怖い、苦手だ…。

 

 この二人の様子を見て、さっきの女の子の家族が、こちらの様子を伺い、クスクス笑っていた。

 

 彩乃は、母親と目が合い、軽く会釈をした。

 

 

 確かに、私に似ている…。

 

 

 彩乃が、また、急に歩き出し、その家族の元へ向かって行った。

 

「ごめんなさい。笑ってしまって。失礼しました。あまりにも仲が良さそうでしたから。」

 

「お姉ちゃん、お母さんみたい。」

 

「加奈子、失礼よ。お母さんより、ずっと若くてきれいだわ。」

 

「加奈子ちゃんって言うんですか?」

 

「そうだよ。」

 

「そうなんだ。何加奈子って言うの?」

 

「うんとね、みかわ かなこって言うの。」

 

 

 彩乃の表情が変わった。

 

「そうなの…。」

 

 

 彩乃の眼からは、大粒の涙がこぼれた。

 

「すみません、思い出してしまって。」

 

「おねえちゃん、どうしたの?」

 

「大丈夫よ。ありがとうね。」

 

 

 ずっと憎んでいた、母親だった。母親が死んだと分かってからも、恨み続けた。しかし、この子を目の前にして、彩乃は、どうしようもない思いが込み上げてきたのだった。

 

 

「おねえちゃん、もう行くね。バイバイ。」

 

「またね、ばいばい。」

 

「彩乃どうしたの。なんで、泣いてるの。」

 

 嵐は彩乃の涙にドキッとした。

 

「あの子、私の母親よ。もう、亡くなってるけど。」

 

「ほんとに?彩乃のお母さんなんだ。そうなんだ。だから、あのお母さん、彩乃に似てたんだね。」

 

 

「おい、そこの娘、見かけない顔だが、ここで、何してる。」

 

 やだ、酔っ払いだ。

 

 彩乃は、声に背を向けた。

 

「あの家族と知り合いか、文子ふみこのやつ、あんなボロ医者のどこが、いいんだか。お、あんた文子に似てるね。親戚か。あんたでもいいや、ちょっと付き合えよ。」

 

 彩乃は、酔っ払いに腕を強引に掴まれ、とっさに、男の頬を引っぱたいた。

 

「あんたみたいな奴、フラれて当然よ。」

 

「何だと、このあまもう一ぺん、言ってみろ。」

 

「何度でも言ってやる。このクソ野郎!」

 

 男は、彩乃の肩を掴みにかかった。

 

「ちょっと、やめないか。」

 

 嵐は、その男の腕を捕まえた。

 

「なんだ、このもやしみたいな奴は。」

 

 俺の女だ。この女に手出したら、ただじゃ置かないぞ。」

 

「ちぇっ、どいつもこいつも。何なんだよ。」

 

 と言い放ち、男は離れていった。

 

「あの男、酒くさっ。ありがと。嵐、カッコ良かったよ。でも、もう少し、早く出てきてよ。」

 

 彩乃は、掴まれて赤くなった腕をさすりながら言った。

 

「だって、彩乃の方が強いと思ったから。」

 

「はあ、何、それ。褒めて損した。」

 

「でも、あのお母さんの事、文子って言ってた。彩乃のおばあちゃんになるね。」

 

「そう、文子よ。おじいちゃんは、産婦人科の医者だったし。言ってる事、みな合ってる。」

 

「ほんとに昭和なんだ。ここ…。」

 

「神社の方に行ってみる。」

 

「蛭児神社?」

 

「そう、さっき上の方まで、行かなかったし。」

 

「え~あの階段上るの。」

 

「もう、文句ばっかり、じゃ私ひとりで行くよ。」

 

「もう、わかったよ。」

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